東日本大震災復興特別委員会
○阿部参考人 震災直後、よく市役所で常時話したのは、生活再建と産業再生。生活再建は住宅再建、産業再生は雇用の創出と雇用の拡大ということで、多分最初はどうしても、応急仮設ですので、生活再建、住宅再建が主なんですけれども、必ず働く話が出てくるということになります。 そういった中では、農業については、農林水産省の皆さん、復興庁のおかげで一定の見通しが立ちました。しかし、ここも、これから気をつけなきゃいけないことは、販路と経理、この部分が必
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発言数 39件
初発言日: 2015-05-29 / 最新発言日: 2017-05-25 / 1 ページ目 / 全体 2ページ
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○阿部参考人 震災直後、よく市役所で常時話したのは、生活再建と産業再生。生活再建は住宅再建、産業再生は雇用の創出と雇用の拡大ということで、多分最初はどうしても、応急仮設ですので、生活再建、住宅再建が主なんですけれども、必ず働く話が出てくるということになります。 そういった中では、農業については、農林水産省の皆さん、復興庁のおかげで一定の見通しが立ちました。しかし、ここも、これから気をつけなきゃいけないことは、販路と経理、この部分が必
○阿部参考人 皆さん、おはようございます。 きょうは、東日本大震災復興特別委員会に御案内いただきました。 四月の二十八日まで宮城県東松島市長を三期十二年間務めさせていただき、任期満了ということで退任をいたしました。 きょう、こうして皆さんからこうした機会をいただいたことに、まず改めて感謝を申し上げたいというふうに思います。 震災から六年と二カ月余り経過いたしました。復興は道半ばではありますけれども、私として、退いてからも
○阿部参考人 非常に大切な御質問をいただきました。 実は、私は非常に助かったなと思っていることがこの法テラスでございます。 東松島市、石巻市、今は弁護士さんがいらっしゃいますけれども、非常に空白的な土地でございました。そういった中で、東松島市では、被災された皆さんの買い取りする土地、予定が約百八十ヘクタールでございます。今、おかげさまで九八%ぐらいまで買い取りしてきましたけれども、そういった中で、皆さんにそういった元地、被災した
○阿部参考人 まず、東日本大震災の視察に見えられるとき、簡単に、気をつけなくてはいけないことは何ですかという御質問をよくいただきます。 簡単にということになりますと、今の件も含むんですけれども、一つは、まず逃げること、避難することですよね。二つ目は、忘れないこと、要するに風化させないということ。三つ目が、今先生触れられておりますけれども、歴史は繰り返された、要するに災害は繰り返されたということ、貞観だったり、明治三陸だったり、そうい
○阿部参考人 東日本大震災直後、私は職員にこういうお話をしました、まず被災者の立場になって対応しようと。簡単ですよね、自分が何をしていただきたいかということで対応するということなんですけれども。 そういった中では、東松島市は、先ほど言いましたように、二〇〇三年、平成十五年に熊本地震と同じように直下型の北部連続地震に対応しておりますので、モデルになれるのはうちしかないと。法律的には、災害救助法、激甚災害法、そして被災者生活再建支援法、
○阿部参考人 私が旧矢本町の合併をしたのは、当時、町の議長でしたけれども、ちょうど、国の方で地方分権一括法を施行したのが平成十二年四月一日だったというふうに記憶しています。その中で、私も、今でもそうですけれども、地方が地方分権、地方分権というふうに国の方に要望活動をしました。 振り返りますと、自分たちは町民、市民に対してどれだけの分権をやっているのだろうかという自問自答がありました。その際、十二年前ですけれども、私は、先ほどのいじめ
○阿部参考人 非常時、災害時はトップダウン、当然だというふうに思います。船頭が多ければ船は進みませんので、非常時はそうだと思います。 ふだんのまちづくりは住民との合意形成が大切だと思っています。私は議員も長い間務めましたので、悩んだときはいつも、住民から理解が得られるかと自問自答するわけでありますので、原点はそこにあります。 やはり住民の合意形成、住民自治が基本だというふうに思っていますので、これからも東松島はそういったまちづく
○阿部参考人 まず、震災ということからすれば、スピードだというふうに思います。 東松島市では、野蒜というところがあります。ここは高台、岩山で、時間を要しています。この六月、来月、そして八月でやっと百七十戸の災害公営住宅が完成して、四百四十七世帯で終了となります。 私は、今の御質問で、端的に申し上げれば、やはり生活再建。これまでの生活再建を見ますと、皆さんがみずから選んだ場所というのは駅のそばなんです。駅のそばであって、通勤通学、
○参考人(阿部秀保君) 皆さん、おはようございます。宮城県東松島市長の阿部秀保と申します。 震災から間もなく四年と四か月ということで、ここまで歩んでこれたというのは、先生方、皆様のおかげと、そして国内外からたくさんの御支援をいただきました。そういった御支援のおかげでここまで復旧復興を歩んでこれたということで、改めて感謝申し上げたいというふうに思います。 また、今日は参議院の環境委員会に参考人ということで御案内いただきまして、発言
○参考人(阿部秀保君) その経験と申しますか、受け止め方もありますが、私は率直に申しまして、今回の東日本大震災あるいは平成十五年の北部連続地震を体験いたしまして感じたことは、まず、瓦れき等々処理する場合は仮置場を確保できるかどうか、で、地域と都市部では違うと。東松島方式が都市部でいけますよとは私は思っていません。ただ、大体の沿岸部の都市部では東松島方式でいけるのではなかろうかというふうには思っています。 そういった中で、効果的、効率
○参考人(阿部秀保君) 参考になるかどうかですけれども、私の二回の震災の経験ということで申し上げますが、ちょっと生意気なようですけれども、それぞれの市町村、私どももそうですけれども、地域防災計画というのがあります。もう本当に各業界、皆様の参加の中で作った分厚いやつ、概要版で幾らか薄いんですけれども。それを東日本大震災で開くことはほとんどありませんでした。ゼロとは言いませんけれども、ほとんどありませんでした。ですので、そういった地域防災計
○参考人(阿部秀保君) 実は、三月の十四、十五は、国連防災世界会議が仙台市で開催されまして、東松島市で私を含めて十四会場から御案内をいただきました。会場からの御案内の理由というのは二つなんですね。なぜ十四の会場から選ばれたかというのは二つなんです。 一点目は、先ほど御紹介しました瓦れきの処理が、これはやはり今後国際的にも災害に使えるということで、今現在、インドネシアのバンダアチェと一緒に情報発信しようということ。それから、JICAさ
○参考人(阿部秀保君) 以前の、平成十五年の北部連続地震の際の瓦れきの量は僅かなんですけれども、十万トンに満たないんです。それで十二億を超えています。極端ですけれども百倍とか、そういったあれだよなというふうには正直思いました。 ヘドロも含めてなんですけれども、大変なことになったということで、北部連続地震のときは、正直なところ十二億を集めるというか、お支払するのに四苦八苦だったわけですよね。それが、あれだけの量の瓦れきだったら一部負担
○参考人(阿部秀保君) ここがポイントだと思いますが、この部分は、私は広域でいいんだろうなと、地方の場合はですね。当初は、東松島市もガス化溶融炉でということで建設予定がありましたけれども、私は率直に申しまして、全部自分でやるとは言いません。ギブアップしたときは宮城県さんに助けていただきます。ですけれども、やれるところまでは自分たちでやりたいと、やれるところまでは。ですので、最終的にやれない部分というのは、漁網と廃プラとそれから燃やすもの
○参考人(阿部秀保君) 不謹慎な発言になるかもしれませんが、今回の瓦れきの処理で、東松島市内では建設事業者が五十社以上が稼働いたしました。それプラスこういった産廃関係の皆さんも含めてもっと多くなるわけですけれども。そういったことからすれば、たくさんの皆さんの犠牲がありますので、仕事が多くなったという言い方はどうかと思いますけれども、地域の中で、経済も疲弊するわけでありますから、地域でできることが一番いいんだろうなというふうに思います。
○参考人(阿部秀保君) これ、ちょっと話題違うかもしれませんけれどもお許しいただきたいんですけど、九百人の方が家族を亡くしたり罹災者の方でした。震災当初は、私が分かっている方ですので、行くと、自分としては避けているというか見られたくないようなことがございました。非常にショックな方たちが、自分が一番不幸せなんだと思った方が、実は、あそこで働いたら、旦那さんも子供も亡くしたとか、自分はまだいい方なんだというような、そういった、この仕事するこ
○参考人(阿部秀保君) 被災者からの人材的な部分ということで、まず一点目、運が良かったなと思っている部分が実はございます。 と申しますのは、県へのパイプ、災害対策本部にいつも地元の県議さんに入っていただくという話をしましたけれども、職員をちょうど県の方に派遣して、災害対策する方なんですけれども、帰ってきたばかりの職員が一名おりました。それから、随分前なんですけれども、こういった一般廃棄物担当で採用した職員がちょうど管理職時期を迎えて
○参考人(阿部秀保君) まず、これは平成十五年の北部連続地震の際に緊急用の、瓦れきを、実は、できて二年足らずの平成十三年の宮城国体をした場所に、芝生にブルーシートを敷いて瓦れきを置かざるを得ませんでした。非常に断腸の思いというか、私、執行者でありませんでしたけれども、そういう経験しました。今そこは、今回は逆に応急仮設住宅を建設しています。そういったまさに御指摘のとおりです。 ですので、そういった経験がありましたので、まず緊急用という
○参考人(阿部秀保君) ここは聞き上手になっていただきたいんですけど、私が東日本大震災で国から初めて公文書を私自身がいただいたのは厚生労働省からのA4のワンペーパーでございました。それはどういうことかというと、首長の判断で御遺体は土葬にしていいですよという現実的なことなんですけど、そういうことで、国からの初めての公文書というのはそれ受けたんですけれども。 そういったものというのは、先ほど言いました地域防災計画には全くない分野全てです
○参考人(阿部秀保君) 記録に残りますので、この発言というのは余りしてこなかったんですけれども、新聞とか出ましたので。誤解が出ると大変だなと私は思っておりますのを素直に申しますと、やはり二回目と初めてでは全然私は違うと思います。 例えば、お隣、石巻さんなんですけれども、やはり石巻さんは、東松島の四倍も人口多いですから、区画整理すると、都市公園とか大きな公園あるわけですね。そこに、瓦れき、大体普通ですと、大きな広場ですから、取りあえず