「飯村泉」の過去の国会発言

発言数 34件

初発言日: 1947-06-30  /  最新発言日: 1947-12-03  /  1 ページ目 / 全体 2ページ

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1947-12-03 衆議院

厚生委員会

○飯村委員長代理 日程第一〇、傷痍物の保護に關する請願、文書表第五六〇號、紹介議員竹田儀一君。

1947-12-03 衆議院

厚生委員会

○飯村委員長代理 日程第五、引揚者生存權保彰竝びに戰争犠牲の公平なる負擔に關する請願、文書表第二七四號、紹介議員庄司彦男君。

1947-12-03 衆議院

厚生委員会

○飯村委員長代理 日程第八、國民健康保險組合に關する請願外一件、文書表第三六三號、紹介議員小野孝君。

1947-12-03 衆議院

厚生委員会

○飯村委員長代理 日程第一一、戰歿者及びその遺族竝びに傷痍者等の待遇に關する請願、受田新吉君紹介、文書表第五七七號、日程第一四、戰歿者及びその遺族竝びに傷痍者の待遇に關する請願、受田新吉君紹介、第八五八號。日程第一五、戰歿者及びその遺族竝びに傷痍者の待遇に關する請願外三件、受田新吉君紹介、第八七一號。これは同一趣旨のものでありますから、一括議題に供したいと思います。

1947-12-03 衆議院

厚生委員会

○飯村委員長代理 日程第一二、青森縣の引揚者に生業資金貸出増額の請願、工藤鐵男君紹介、第五七八號。

1947-12-03 衆議院

厚生委員会

○飯村委員長代理 日程第一六、引揚者の職業補導共同作業特別施設費増加の請願、川合彰武君紹介、第一〇四四號。

1947-12-03 衆議院

厚生委員会

○飯村委員長代理 以上をもちまして請願は終りましたが、政府の意見を一括御説明願いたいと思います。

1947-10-31 衆議院

通信委員会

○飯村泉君 西郷村は茨城縣東茨城郡にありまして、本縣の西北部に位する山間の村でありまして、縣内でも屈指の大村でありますが、未だに郵便局が設置されておりません。五百戸三千人の農民が非常な熱意をもつて昨年請願を出しまして、次年度に考慮するという囘答があつたのでありますが、そのままになつております。この村の状態は隣接の郵便局との最短距離が一里ありまして、他は二里以上でございます。この最短距離一里の郵便局に達しますのには一泊しなければならないよ

1947-10-30 衆議院

厚生委員会

○飯村委員 ただいまの制限の問題でありますが、その制限というのはどういうふうになつておるのでありますか。

1947-10-30 衆議院

厚生委員会

○飯村委員 現在勞務者の基礎俸給というものが相當變つておることを年金の方では認めておるのではないのですか。その當時よりはずつと上つておるということを年金法では認めているのではないですか。

1947-10-30 衆議院

厚生委員会

○飯村委員 その一般の場合の補償の最低ですが、最低は現在の傷痍軍人が受けていないと思います。一般の勞働者の最低を補償されている最低限度までは、傷痍軍人の方は恩給を受けていないと思います。そのレートの問題はただいまおつしやいましたが、日本人として少くとも片方の勞働者が最低限度が百圓だという場合に、傷痍軍人を五十圓にする必要はない。やはり百圓まで受けさせる必要があるのじやないかと思いますが、いかがでしようか。

1947-10-30 衆議院

厚生委員会

○飯村委員 一般の恩給の増額については、いろいろ他の面とのことがありますので、その御趣旨はよくわかるのですが、ただそのうち傷痍軍人の恩給の問題については、これは一般の問題と切離して考えていただきたい點が多々あると思うのであります。それは現在の傷痍軍人の受けておる恩給の基礎というものが、いかに零細なものであるか。あの基礎が他の俸給者の現在における俸給の基準と比較しますときに、何十分に一に當つておるかという問題も私は考えておるのであります。

1947-10-30 衆議院

厚生委員会

○飯村委員 そうすると厚生年金保險法によるところの片方の傷痍者の基準というものは現在相當上つておるのじやないでしようか。

1947-10-30 衆議院

厚生委員会

○飯村委員 そうしますと、軍人に對する恩給に基準であるところの基礎俸給は、永久に上ることはできないというふうなお考えですか。片方の勞働者はどんどん俸給が上つていくにかかわらず、この傷痍軍人の場合の基礎俸給というものは上ることはできないというふうなお考えですか。

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