中平常太郎の発言 (厚生委員会社会事業振興に関する小委員会)

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○中平常太郎君 私も二、三御質問申上げて見たいのでありますが、司法省はこの度解體の機運に遭遇しておるように傳えられておりますのでありますが、この場合における少年保護に關しては歸屬するところどういうお考えを現在持つておられますか。我々はこれを厚生省の少年保護と一緒にして、今日兒童院の問題を研究いたしておる場合でございますので、司法省のお考えは將來少年保護に對してどういうふうにどの省に持つて行かれるというお考えか、その點をお伺いいたしたい。もう一つはこれは意見に屬しますから、もう少し先でお話申上げたが宜いかと存じますが、どうも司法省で扱うところの少年保護は、ややもするとやはり罪人という方に、いわゆる刑罰主義に墮する虞れが私は多分にあるように思うのであります。いつか岩國の少年審判所、又それの留置しておられるところの保護状態を見に行つたのでありますが、誠に遺憾の點が多かつたのでありまして、ああいうふうに全國やつておられたのであつたならば、私はこれは少年保護は失敗だという断案を下して宜いという工合に思つたのでありますが、あの所では道路面がありまして、道路では子供がゆつくりと遊んでおります。その道路と、保護しておる少年の仕事をしておる所、その時の仕事は菜ツ葉についておる虫を取つておりましたが、坐つて皆取りよる。誠に非能率的な、ごよごよと一つの菜ツ葉に十分も二十分も坐つて仕事をしておるか、仕事をしておらんか分らん程度で、やはり監督者がついて世話して大勢さしておりましたが、それを見ておるところの道路の子供からというものは、ただ極めて粗末な眞竹垣であつて中は明かに皆見えるのであります。外には嬉々として自轉動で遊び、繩飛びで遊び、誠に解放された子供たちが愉快に外では遊んでおる。中では監督者がついて菜ツ葉の虫を取らしておる。取らしておるのにも、何かものを言うたら叱られるというような恰好が、銘々が誠に陰氣な顔をして畑の仕事をやつておる。そうして外の方からは見られる。又外を見る。そういう状態で少年を保護してどうして少年の保護の完璧を期することができましようか。一つの外からは或る意味に侮辱的な状態で見よる。往來の人も見ておる。それから内からは羨やましそうにその外を見ておる。それから今度室内に入りましたところ、室内はどうかというと、獨房に入りましたところが、可哀相に殆んど書物もない。きちんと坐つておりましたが、きちんと坐つておれという命令でありましようと思うのでありますが、誠に血の湧く青年は問無しに身體を動かす自由がなければいけないはずであるのに、獨房で坐わらして、どれ程の重罪であつたか知りませんが、ああいう状態で、子供の性質が直るということは絶對に期待できないと思います。ややもすると司法省の側は少年審判、少年を取扱うことにつきましては、どうしても罪という側を重く視られる傾向が一般にあるように思うのでありまして、少年はあらゆる社會の環境からそういうものができて來るのでありますから、少年自體は性善なものでありまして、要するにそういうふうになるのは社會の罪でございますからして、少年に對しては批判力も、自分で制裁力もないのでありますから、どうしてもこういう問題が起るということは、社會の罰ということの觀念から出て、これを愛するという出發點からこれを補導するという立場に立たなければいかん。即ち厚生省のやるところの少年福祉法でもつて行くと同じ性質の氣持を以て、これは未成年者などは全部取扱うべきものである。どういうことをしたところで、これは悉く社會の罪だという觀念に立つて少年を保護すべきであつて、ああいうふうに獨房に入れたり、又見たい本も見せず、きちんと坐らしておるということは、少年を惡化させようが、善導にはならない。私は非常に失望して出たのでありますが、その他二三見ましたところも、やつぱりそういう状態でございまして、それに、そこの係の官吏の方々はやはり整頓しておるというようなことを見せるというようなふうなお考えらしかつたのでありますが、我々は整頓するところを見るつもりはない。我々の見るところは整頓でなくして、その氣持が少年にぴつたり應ずるかどうか、少年が本當にここを嬉々として喜んで、改過遷善の途に赴きつつある状態であるか、その少年の顔に生氣が漲つておるかというところが見たかつたのでありますけれども、失望して出たのであります。どうも私は、ああいうふうなことをしておいて、それにいろいろな上層下層の官吏を置いて、そうして子供をむしろ惡化の方へ導きつつあると思うと、情なく感じたのであります。これは一ケ所だけぢやない。全體、今日審判所が十八ケ所あるそうでありますが、大體子供を見る眼において、根本においてまあ愛が缺けておる。規律が尊ばれるという意味は、とにかく取扱い方というものが、罪本位な取扱い方になつて情本位でない。彼等に對してはもう社會の罪が彼等に被ぶさつているのである、という觀點からその子供を見ていないというところに缺くるところがある。つまり要するに少年保護という問題は、厚生で扱わるべきものである、あくまでもこれは司法的なものでないというような氣持が、私はいつもしておつたのでありまして、今度兒童院の問題が起きておるのでありまして、私は全幅の賛成をする一人でありますが、とにかくこれは司法省におきまして、司法の眼を以て兒童を教導しようというお考えが、私は無理なんぢやないかというようなことさえも思うのであります。これは意見に關することでありますから、ここで申上げたところでしようがない。將來我々立法府において、これは考えるべき問題であると思うのでありますが、とにかくあの審判所あたり、或いは留置所などの取扱ひに對して、子供が直りそうにない程私は冷やかな感じを持つたのでありますが、ああいう方の改良や何かについてどういうお考えでおられますか、その點を一應お伺いいたします。

発言情報

speech_id: 100114249X00319471009_026

発言者: 中平常太郎

speaker_id: 29198

日付: 1947-10-09

院: 参議院

会議名: 厚生委員会社会事業振興に関する小委員会