松田竹千代の発言 (日米安全保障条約等特別委員会)
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○国務大臣(松田竹千代君) 戦後わが国の大学制度の大きな変革があり、また国立学校の数も多数にふえ、国公私立を合わせて五百二十何校というおびただしい数になっておりまして、これらの学校の教官については、いろいろ外国の大学の教官などと比べて、いろいろの点において、はたして十分な大学教育としてその程度等においても劣るところがないかというような話までいろいろする人々もあるのであります。また昔の日本の大学の卒業生から批評させるというと、今日の大学の卒業生は、昔の高等学校の卒業生よりも劣るというような人さえもあるのでありますが、今日のそれらの多数の大学の教官、特に国立大学の教官について、その教官の行動のややもすれば政治的な活動をやる者のあることに対しては、まことに私ども遺憾に存じておるわけでありまして、もちろん国家公務員法並びに教育公務員特例法などにも照らしまして、むろん行き過ぎた違法なものが出て参りますれば、厳正にこれは処置していかなければならぬと思うのでございますが、お話のように、今日の大学全体にわたって今のままで置いてよろしいのかということがしばしば考えられる。大学の方面からもいろいろ意見は出ておるようなわけでありまして、制度そのものの上から、あるいはまた、大学の教官の問題についても、いろいろと考えさせられる問題があるのであります。たとえば日本の大学教官ほど完全にその身分が保障せられ、何でも好きなことがやれる——なるほど教官の給与が低いとかいうような非難もありまするけれども、しかし、その身分が保障せられ、そうして自分の研究室において何でも自由なものを研究してやっていけるという立場において、まことにその身分たるや、三日やればやめられぬというくらいにまで言われておるのであります。ところがアメリカあたりでありますというと、特別の大学における教官の場合には、やはり同じようにそれが容易に動かされません。また少し違った地方の大学においても、特定の期間、やはり教官を勤めてからでなければ、特定の期間を経ればいつでも動かされるということになっておるが、日本の場合は、なかなか大学の教官を一たびやれば容易に動かすこともできないというようなこともあり、またアメリカでは、大学の教官は 一定の年限、契約で、あるコースを講義するというようなことになっているが、日本では大学の教官はいつまでも、停年のくるまではその身分が確保されているというようなことになっているので、この地位に甘んじて、そうしてその教官の立場においてやるべからざる、また教官としてふさわしくないような行動に出ることはまことに困ることであって、行き過ぎた者に対しては厳重に取り扱っていかなければならないと考えているわけでございます。そうして今のところでは、これらの大学の問題について、制度そのもの、またいろいろの角度から大学の問題を検討し、根本的にあらゆる角度から検討を加えて、そうして改善していきたいという考えをもちまして、これらの問題を今審議会にかけているわけでございます。