江尻進の発言 (逓信委員会)
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○参考人(江尻進君) 私は新聞協会を代表いたしまして、利用者、特に第三種郵便物の利用者というような立場から、若干意見を述べさしていただきたいと思います。
第三種郵便物は御承知のように、発足以来非常に安い値段で実施されてきているものでございますが、その理由は、新聞、雑誌というようなものが、社会公共性が非常に高いという立場からそういう政策がとられてきているわけでありまして、これは世界的に同じ取り扱いを受けているわけであります。それでまあこの新聞、雑誌というようなものが公共性が高いというようなことは、今さらここにくどくどと申し上げる必要はないわけでありますが、要するに民主政治を維持する上に欠くことができないところの社会的な機関であり、そういう社会的な使命を果たしているということに由来するというように考えているわけであります。これがかりに普及しないで、流通しないというようなことになりますと、この民主政治自身が実施不可能になるというような非常に大きな社会的な機能を果たしているというようなところでありまして、ある意味において、これは社会的な政治機能を果たしている機関である、こういうふうに考えていいだろうと思うんであります。そういう立場から公共性というものを特に考えて、郵便政策というようなことも考慮願いたいというわけであります。
それで、まあ前提としまして、新聞事業というものは公共的であり、かつ、利益のあがらない事業であるということをお考え願いたい。これは外部からごらんになりますと、いかにも景気がよさそうに見えるんでありますが、事業の収支計算、経営状態を分析いたして見ますと、一般の事業よりはるかに悪い、もうからない事業であるということでございます。売上率と利益率あるいは投下資本に対する利益率、こういうようなことを見ましても、非常に一般の事業よりも格段の差がある、景気の悪い事業なんであります。これは単に日本だけの現象でありませんで、世界的な共通した現象でございます。しかも歴年この状態が悪化しているという傾向を世界的にたどっております。最近の例でいいますと、ニューヨーク・タイムスというようなりっぱな新聞でも、その利益率は一%に満たない、〇・三%というような利益率、日本におきましても、有力な新聞社においても、その借入金というものが数十億から百億というような金額にまで有力な社においても上っているというような状態になってきているわけでございます。
ところで、この第三種の問題でございますが、新聞がなぜ第三種の郵便制度にたよっているかということでございます。この点については、まず新聞の配達の問題にちょっと触れなければならないわけでありますが、新聞社は全国的に約二万の販売店を持ちまして、これを通じて読者に一々配達するというのが原則になっているわけであります。二万と申しますと、ちょうど一・六平方キロに一つの配達所が設けられているというわけでありまして、ここを通じて大半の新聞は朝と晩、二回にわたって各家庭に送られている。まあ余談にわたりますが、ある政治家が近日申しておりましたけれども、新聞を配達するというようなことを考えずに、何か物を朝と晩一回ずつどっかから自宅に持ってきてもらうというサービスを頼んだ場合に、やはり配達するということは相当の仕事である。三百九十円というような中でそれをやるということが、相当な負担であるということはだれでも理解できるだろう、こういうことを言っておりましたが、まあそういうふうな制度をもって配達しているわけでありますが、しかし辺僻な土地、山村、漁村というようなところになりますと、必ずしもこの平均率によって販売店が配置されていない。人口が密でないから経営上成り立たないということで販売店がないわけであります。で、特に北海道というような地域におきましては、今の平均の約四十倍の広い地域に一つの店があるというような状態、すなわち六十平方キロから七十平方キロに一つの店というような状況で配達をしているわけでございます。そういう地域の人々はラジオとかテレビというものもないとか、あるいは非常に聞こえにくいというような、文化に非常に恵まれない地域の人々でありまして、その数がわれわれの計算によりますと、七十万前後というほどたくさんの人がいるわけであります。これが七十万前後というのは部数で言っているわけでありますから、一つの部数を何人が読みますか、普通の平均家族五人というふうにしましても、三百万から三百五十万というような恵まれない人が、その郵送される新聞によって恩恵を受けているわけであります。しかし単にそういう地域では平均よりもずっと多く回覧して読むという人が多いわけでありますから、われわれの推定によりますと、もっと多くの五百万とか六百万というような人がこれを通じて恩恵を受けておるというふうになるんじゃないか、そういう地域に対しては、新聞の販売店を設置できないという理由で、第三種の郵便物という形で郵政当局の施設を利用しまして配達をお願いしているわけでございまして、でありますから、特に文化におくれた恵まれない人人に対する社会公共的な施設というふうにわれわれは考えて、との第三種を利用しているわけなんであります。
ところで、それなら一体普通の町では、販売店が配って、そうしてその中に配達料金は入っているんじゃないかというふうに……。であるから山村においてもそういう負担を読者にかけないで、新聞社が負担したらいいじゃないかというような御議論も出るかと思うのでありますが、今度の改正によりまして二円ということになりますと、一カ月の郵税は六十円ということでありますが、二円で送られる範囲は百グラムということになっております。で、現在十六ページの新聞が出ているわけでありますが、一日平均十六ページずつ、それに少し重い帯封をつけ、かつ天気が悪くて湿気が多いというようなときになりますと、新聞紙が水気を含むというようなことで目方も重くなる。百グラムがすれすれ、あるいはこえるというようなことになります。そうなりますと、必ずしも常に二円で送られるかどうかという心配もございまして、六十円以上の月に負担になるわけでありまして、場合によってはもっと高い値段になるわけであります。ところが販売店が新聞社からもらう配達その他の経費というものは、平均してみますと月に八十円程度になっている。その八十円の中から六十円以上の郵便料を販売側が負担するということになりますと、とうていこれは経営として成り立たないから、そういう地域に対しては新聞を送ることはやめてしまうというようなことになるわけであります。また、読者が郵税を負担するという制度は、ずっと以前から新聞の慣習としてやっておるわけでありまして、また最近では、公正取引委員会の出しておる命令によりまして、特定の地域では配達料を新聞側が負担し、特定のところでは読者に負担をさせるというようなことは不公正な取引方法であるということで、法令的にも禁じられているわけでありますから、これを一律に全国的に読者負担という形にしているのが実情であります。こういうわけでありますから、文化におくれた人々に対するコミュニケーションの機関というような方法として、この郵送される新聞というものが非常に大きな役割を果たしているということが言えるわけであります。それでありますから、われわれといたしましては、基本的に、できるだけ安い料金をこの第三種というものについては設定していただきたいということであります。原則としては独立採算ということが郵便制度にとられておるということは十分に承知しているわけでありますが、独立採算に、特にまた受益者負担というようなことを強く言われるわけであります。しからば、こういう恵まれない人々に受益者負担をさせるということになりますと、新聞というものはほとんど購読不可能というような状況になり、それでよろしいのかという問題があるわけでありまして、いろいろと公共的な目的から、そういう意味で御考慮を願いたいということがわれわれの立場でありまして、これは単に技術的な問題じゃなくて、国の政治の問題であり、政策の問題であるというようにお考え願いたいということなんであります。
それからもう一つお願いしたいことは、目方の基準の重量の問題でございます。基準の重量は百グラムということが今回の案になっておりますが、これを制度的に見てみますと、その当時の一日分の新聞を送り得る重量ということが大体重量の基準になっているのが伝統なんであります。明治三十三年の法律改正の際に、それまで基準重量が十六匁ということになっておりましたが、その改正の際に、当時の新聞のページ数がふえて参りまして、これが二十匁というふうに引き上げられております。現在の百グラムの基準というのは昭和十九年、戦争当時に、末期にきめられた重量基準だと理解しておりますが、その当時は新聞のページ数が極度に減っておりまして、夕刊は廃止されております。朝刊が二−四ページというのが平均したページであったわけであります。でありますから、百グラムという重星基準がありますと、十分に一日分の新聞が送れたわけでありますが、その後御承知のような新聞の用紙統制が撤廃されまして、現在では複雑な社会生活、政治生活というものを十分に国民に伝達するためには、もっと多くの紙幅を使いまして、われわれに課せられておる社会的機能を果たさなければいけないというわけで、ページが漸次ふえておりまして、先ほど申しましたように、平均いたしますと二十ページ前後というふうになってきておるわけであります。でありますから、百グラムの基準というものは、一日分の新聞を送るということには実情には沿わないような状態になってきておるわけであります。もしもこれを厳重に実施いたしますと、二十ページの新聞は、今までの一円から一挙に四円の負担を課せられるというようなことになりますので、これはまことに実情に沿わないことになってくるわけであります。そういう点についてもこの際十分御検討願いたいということを申し上げておきたいと思います。
以上で私の口述を終わります。