津島壽一の発言 (オリンピック準備促進特別委員会)

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○参考人(津島壽一君) 今の第一点の、選手村の現在の米軍住宅の移転の問題は、これは昨年の十月二十四日か六日でありましたか、閣議において決定したところでございまして、政府においてこの移築を実行するということにはっきりきまっております。それに沿うて一部の経費等も、御承知のように一部はこの間の三十六年度の補正で八億何がしがすでに国会の承認を得まして、なお三十七年度においては六十数億円、また二年にわたる負担行為七十数億円が出ており、また三十八年度においてこれをさらに計上して、約百億といいますか、そういった金であの一部の予算措置が講ぜられる、こういうことに相なっております。また同時にこの移転先が閣議で決定し、また米軍側から申し出たところによりまして、日米合同委員会等において水耕農園のあの地域にこれを移築するということに相なっております。したがいまして、組織委員会としましては、この閣議決定、また予算の計上等によって、時期的にはまず三万坪の地点に競技場、すなわち水泳あるいは柔道をやる屋内総合体育館、並びにバスケットを行なう小体育館、これらを建築する、これも予算がついておりまして、まず競技場を作る地点の分は、至急これを移築する、あとはその次になるという予定に計画ができております。この移築先の水耕農園、これまた移築の事務は、政府側でおのおの所管のところにおいてこの予算を取り、実行に入る段取りということでございます。この地元におけるいろんな条件の問題については、組織委員会直接の折衝をいたしておりません。これは、ここにお見えになる総理府総務長官のところで、地元代表の方々と、これは朝霞から代々木に選手村を移す決定の前から、いろいろお話し合いをいたして下さった点でございまして、私どもといたしましては、予定どおりいろんなこういう問題が処理されて、順序よく運ぶことをお願いをしておる。こういうわけでございまして、この経緯は、総理府の総務長官からお答えをしていただくことと思っております。
 それから次の戸田の問題の経緯をまず申し上げます。戸田は御承知のように二六〇〇年というか、四〇年のオリンピックを日本に招致しました当時から、ボートの競技は戸田でやるということで、あれが作られたわけです。自来いろんな競技にこれが使用され、国際競技もボート・レースはあそこでやるという一つの優位を持ったところでございます。
 もう一つは、都心から近くて、ことに朝霞に選手村を置く場合は、すぐそばに競技場があるという利便も考慮されていろいろ慎重に研究された結果が、招致のわれわれの申し出のいろんな計画、これにもボートは戸田ということに書いてありまして、これが招致が決定して、組織委員会がこの問題を取り上げて後も、いろいろ検討を加え、非常に時はかかりましたが、やはり戸田がけっこうであるということに決定したわけでございます。その最終決定は、朝霞からワシントン・ハイツに選手村を移転するということにかかわらず、戸田をもってボート競技場にするということに再確認いたしまして、これが閣議で承認を受けたわけでございます。ほかにも候補の地点は、当時は二、三カ所あったようでございますが、組織委員会としてはそれらの候補地について検討を加えることはございませんで、単純に戸田ということで押してきて、そうして今度の予算におきましても、拡幅、つまり幅を拡張する予算が認められたということの経過をたどっておるわけでございまして、ほかの候補地点もあるかとは存じまするが、組織委員会といたしましては、それらの地点について正式の検討を加えたことがなくて、戸田ということに決定しておるわけでございます。終了後においても、各種のボート競技においてはこれを利用する上において、最も利便で効果的であろうという観点もあわせこれに加えてこういった決定をして参った、こういう事情でございます。
 それから第三の点についての予算の関係についてということでございます。今日お配りいたしました資料、お手元にございますが、いろいろ文章を横書きにして書いたのが大体四十年度までの組織委員会としてのする仕事のおもなもの、計画、これはお読みいただければわかるのでございますから、省略いたします。そこで経費の部面でございます。経費の部面はさしあたり三十七年度の予算というのがこの一枚の表に載っております。これは政府の予算——三十七年度の予算にも計上された国庫補助金、また東京都か今予算の審議を始めておるわけですが、同額を計上し、その他の金額を合わせて、これは財団からくる約一億八千万、それで四億二千七百万円という収入に対して、それに見合った各種の事業に必要な経費を織り込んで四億二千七百万円というのが三十七年度の案でございます。なお将来、また従来を含めて、組織委員会発足後、昭和四十年に至るまでの全期間についての予算、すでに実行したものは、実行の過程にあるものは三十六年度まででございます。三十七年度以降、四十年度までの計画、三十七年度はこれはもう予算が計上されておる金額を除いたもの、その全体が年度別に見まして、三十八年度においては三十八億七千万円と若干の予備を入れまして、急に増加するわけでございます。これがほんとうの本格的な準備が始まるということでございます。三十九年度はオリンピック大会の年でございまして、これまた最高の四十五億円ぐらいかかるということで、四十年度はあとの始末というようなことでございます。そうしてこの表に現われた計数が九十二億六千八百万円、その収入は上の欄に掲げてあるとおりでございます。これが全貌でございます。ところがただいま田畑事務総長からの追加的の補足した説明もございましたが、何分にもこれはいろいろ将来のことについての大体の見通しは立てて非常にこまかく積算して出したものでございまするが、いろいろやる仕事が、またあとにこれをやらなければならぬということも起こり得るわけでございまして、この計数が確定した計数だとは申し上げませんが、三十七年度までについては確定計数と、こういうふうになっております。したがいまして、三十八年度はとにかく非常な大きな金額でございまして、資金財団としても、十三億ばかりを調達し、かりにそれに政府、都が十億を補助するといたしましても、大きな資金の調達を必要とするという状況でございます。この内容のこまかい計数は、もし何か特別の問題についてございますれば、詳細なる積算の基礎が出ておりますから、御要求によって提出したいと思いますが、大体これは予算計画というものでございます。それ以外には御質問の点は、戸田の分はいずれ文部省のほうで、これは予算要求をするのでございますので、ここに計上もされているようでございますが、文部省のほうから御説明願いたいと思います。以上でございます。

発言情報

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発言者: 津島壽一

speaker_id: 723

日付: 1962-02-28

院: 参議院

会議名: オリンピック準備促進特別委員会