豊瀬禎一の発言 (本会議)
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○豊瀬禎一君 私は日本社会党を代表いたしまして、ただいま趣旨説明がありました公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律及び市町村立学校職員給与負担法の一部を改正する法律案につきまして、総理、文部、大蔵それぞれの大臣に対しまして、質問をいたしたいと思います。
公立義務教育諸学校における学級編制及び教職員定数の改善につきましては、義務教育水準の向上という観点から、過去、長い間の重要懸案事項でありましたが、ただいまの説明にもありましたとおり、今後数カ年間にわたりまして児童・生徒が漸減していくという見通しに立った今日、これに着手されるということは、時宜に適した処置とはいいながら、むしろおそきに失した施策というべきでありましょう。以下、その改正の内容について、漸次ただしていきたいと存じます。
その第一は、重大な教育制度の問題として、今日の改正が現行法の性格とは全く質的に異なった変革を企図しているところでございます。本来わが国の学校教育制度においては、義務教育の責任と権限は、地方公共団体にあるものとされております。すなわち、小・中学校設置の責任は市町村にあり、そこに働く教職員の給与は、都道府県が支払い責任者となっておるのでございます。ただ、国は、義務教育費国庫負担法の定めによりまして、その水準の維持向上をはかるために、形式的には現行の標準法を目安としながら、実質的には負担法をささえとして、都道府県教職員給与の実際支出額の二分の一を自動的に負担するという財政援助を行なっているのであります。この仕組みの意味するものは、教育においては、地方の自主性、独自性をあくまで尊重するということが、教育の振興上不可欠の条件であるからにほかなりません。これは、いわゆる実員実額制と呼ばれるものであります。したがって、各都道府県間の人口、産業、県民所得の格差に基づいて、教員定数や給与水準に格差があったことも当然であり、また一方、教育に熱意のある都道府県においては、この定数標準を上回ってきたことも、まことにうなずけるものであります。また、このことは、将来においても同様で、産業構造の変革に基づく急激な社会の変化や、膨大な数の労働者の移動が当然予想されるのであります。それゆえに、今回の提案のごとき、教育的見地から見れば、いまだ理想にほど遠い標準を、従来なかったような強い中央の規制力で全国一律に押しつけることは、地方教育に対する中央の統制強化ともなり、さらにはこれを破壊に導くおそれなしとしないのであります。すなわち、文部省の机上の計算を、激動する社会における生きた教育に押しつけることは、まことに望ましくないやり方であり、スピーディーな社会変革に十分対応できるところの地方の自主性、独自性を認めた弾力ある措置をとることこそが、教育政策の基本のあるべき姿と思うが、総理の所信を承りたいのであります。
その第二は、学級編制の標準についてであります。本改正案は、学級編制標準を一学級四十五人としているが、これはいかなる根拠に基づくものか、承りたいのであります。すでに欧米諸国におきましては、三十五人ないし四十人という少数編制で教育を行なっており、三十ないし三十五人程度の編制が最も望ましい体制であることは、世界の教育学者の完全に一致した所見であることは、皆さんの御承知のところであります。しかしてなおかつ、四十数都道府県中、工業地帯、農山村、僻地、離島等、それぞれ、風土、条件の相異なる立地条件に即応し、あるいは学校教師の教育的識見を尊重した自主的な学級編制を容認していくことこそが、教育振興上きわめて必要な措置と言うべきでありましょう。「真に自由な土壌のもとにおいてのみ新しい生命がつちかわれる」とは、先哲の指摘した教育の要諦でありますが、無限の生命力を持つ青少年の教育こそが国の命運を左右することに思いをいたすならば、総理は、今日、生徒児童が減少していくこの機会をとらえて、四十五人などという時代おくれの編制ではなくて、少なくとも四十人以下の編制に踏み切るべき英断をなすべき絶好の機会と言うべきでありましょう。総理の提唱する人づくり政策を真に地についたものとするための捷径としても、この実施が必要であると思いますが、その所信を承りたいのであります。
第三には、教員配当についてであります。文部大臣は、教育課程の改訂につきまして、相当の自信と期待を持っておられるようでありますが、しかし、この問題は、これに基づいて教育をする教員の確保が十分に行なわれるということが肝要であります。たとえば、小学校におきましては、理科、図画、工作、音楽、家庭、体育等、専科教員が相当数必要であることは、今後もはや論を待たないところであり、戦前においてすら、これら教員は配置されていたのであります。しかるに、現状におきましては、小学校におきましては、これら専科教員はほとんど配置されず、また、教科担任制である中学校においてすら、莫大な数の教師が免許状を持たない教科を担当し、いわゆる無免許運転が当然のごとく放置されているのであります。これは、教育効果の面からして、早急に解決すべき禍根とも言うべきでありましょう。
伝えられるところによりますと、今回の改正により、このような教科充実のための教員を二万数千人増員するようですが、かりに小学校のみに専科教員を配当するとしても、十数万の教員の増員が必要であります。今回の改正は、まことに九牛の一毛とも言うべきものと称すべきでありましょう。しこうして今回の標準の数値が、この五カ年間の生徒、児童の減少に伴って、現行の方式でいけば、先ほどの説明どおり七万数千の首切りとなり、この混乱を回避しようとするところから生まれた逆算的な数値であって、本来、学級編制、教職員定数がいかにあることが教育効果上正しいかという、理論的根拠を何一つ持たないのであります。真の教員配当基準とは、このような、こそくなものではなくして、配置すべき専科の指定教員の適正な授業時間数は幾らがよろしいか、授業の準備、整備等のために必要な時数は一日何時間程度か、こうした合理的科学的な積み上げのものでなければならないと思います。このような科学性、論理性があるかどうか、根拠を示していただきたいと同時に、専科教員の全面的配置に対する意図があるかどうか、大臣の見解を承りたいのであります。
第四にただしたいのは、文部大臣に報告、勧告の権限を持たせることによって各都道府県の監視を厳重に行ない、各都道府県は、教職員定数はこの方式の計算どおり定めろ、もし、それ以上越えるときは一切援助しないという建前をとろうとしている点についてであります。これは明らかに、教育条件の向上に対する地方自治体の熱意に水をかける逆統制であるというべきではないでしょうか。また、都道府県が教育振興の体系に立って、この標準以上の好条件を実施した場合、その前進への努力を高く評価して、当然、国としては財政の裏づけ措置をなすべきだと思うが、大蔵大臣の所信を承りたい。
最後に、本改正成立後、義務教育国庫負担法の政令を改めることによって、つまり負担法の精神とは相反する政令を作ることによって、一定以上の財政援助の打ち切りを予定しているかのごとき風聞がありますが、その真意を明らかにしていただきたいのであります。
なお、この点に関連して、政令において標準法を段階的に実施すること、特別の府県においてはさらに二カ年の暫定期間を延長することの規定を行なうと説明しましたが、それだけの内容では、はなはだばく然といたしております。むしろこの部分は法律に盛らるべき重要事項であるにもかかわらず、これを政令委任の形をとっているのは、立法府軽視の態度であると思うのでありますが、その内容の大綱を示していただくとともに、今後委員会等の審議の段階では、この政令案を提示する用意があるかどうか、明らかにしてもらいたいのであります。
以上、これを要しまするに、改訂標準は、教育向上の立場から見ましても、きわめて不十分な策であること、また、わが国教育行政の原則的あり方、すなわち地方の独自性、自主性を尊重し、中央はサポートはするけれどもコントロールを行なわないという基本的立場からすれば、この定員実額方式は、むしろこれに逆行する性格を持っておることを強く指摘したいのであります。今後の社会変革に即応する教育のあり方からして、今回のごとき、地方自治に対する——地方教育に対する中央の規制強化は、まことに時代に逆行するもはなはだしいことを、最後に強く指摘いたしまして、政府がこのような地方教育に対する統制を行なわず、真に教育振興の立場から、地方教育の自由なる、弾力性、永続性ある施策ができるような措置をすることを強く要望いたしまして、質問を終わります。(拍手)
〔国務大臣池田勇人君登壇、拍手〕