篠田弘作の発言 (本会議)
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○篠田弘作君 ただいま、私ども十五名の議員が本院在職二十五年に及びましたことに対し、御丁重なる表彰の御決議を賜わりました。まことに光栄に存じ、感謝にたえません。(拍手)これひとえに先輩、同僚諸賢の絶大なる御指導と、郷里の応援者の皆さま方の多年にわたる御支援の結果でありまして、心から厚く御礼を申し上げます。(拍手)
私ども大部分の者が初めて本院に議席を得ましたのは、敗戦後三年数カ月を経たばかりの昭和二十四年一月、第二十四回衆議院議員総選挙でありました。総選挙の結果は、民主自由党二百六十四名、民主党六十九名、日本社会党四十一名、日本共産党三十五名でありました。すべての分野にわたって文字どおり激動と変革の時代であったとはいえ、占領政策もセクションによって意見を異にし、全く五里霧中の時代でありました。
昭和二十四年一カ年間に国の内外で起きた事件だけを見ましても、まず中華人民共和国の成立、国民政府の首都を台湾に樹立、西ドイツ連邦共和国及びインドネシア共和国の成立、ドッジ・ラインの実施、英国のポンド切り下げ、平事件、下山事件、松川事件等、指を屈することができないほどでした。一方、海外からの引き揚げ者はあとを断たず、国民生活は依然として窮乏のどん底にあり、国民は生きるためのかてを求めて狂奔していました。
政府の政策が八千万国民の渇望にこたえて、まず国民生活の安定、経済の改善、破壊された国土の復興に向けられたことは理の当然であったといわなければなりません。占領政策によって、経済行為以外の分野におけるあらゆる活動の自由を禁止され、追い詰められた日本国民がその存亡を賭して、かりに残されたただ一つの道を走ったとしてもだれかこれを笑うことができましょうか。
かくして、政府の施策は国民のエネルギーと結合し、意外に早く効果をあらわし、国民総生産は世界第三位に達し、国民の生活は豊かとなり、公共事業の実施は国土の破壊を防止する力を持つに至ったことは何びとも否定し得ない事実であります。ただ、シカを追う猟師山を見ずのたぐいに漏れず、その経済成長の速度はあまりにも速く、その振幅はあまりにも大きく、奇跡とまでいわれただけに、反面多くのひずみを生じ、国内においては生活力の弱い、日陰にある国民に多くの迷惑を及ぼし、また、中小企業の倒産、公害の発生等、不慮の災害を引き起こし、外には、わが国に好意をいだく幾多の友邦諸国民にすら、傍若無人、エコノミックアニマルの悪印象を与えたことは、謙虚に反省されなければなりません。私たちは、今後あらゆる施策を通じてその改善に心を用いるとともに、当面する物価、公害、インフレ、福祉等の問題の解決に全力を尽くし、一日も早くバランスのとれた社会をつくらなければならないと信じます。
いまにして思えば、私たちが初めて当選した二十五年前の日本も、今日以上の物価高とインフレに悩まされていました。しかし、国民の英知と努力は、そのいばらの道を切り開いて、それを克服したではありませんか。いまこそ為政者も国民も初心に返り、質素な生活と高遠の理想を忘れず、民主主義の理念に徹し、公共の精神を第一とし、真剣に、誠実に、忍耐強く献身するならば、人間優先の福祉社会や、真の文化国家の建設、ひいては全人類の願望である世界平和への道も遠くはないのではないかと考えられます。(拍手)
ここに、今日の感激を深く胸に刻み、つつしんで感謝の誠をささげ、御礼のことばといたします。(拍手)