大石武一の発言 (農林水産委員会)
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○国務大臣(大石武一君) 私は多少考えが違います。この食管法というのはたしか昭和十六年でありましたか、戦争中にできた法律であります。その法律は農民のことは何も考えないで、ただ日本、国の戦争を遂行するために食糧を確保することがきわめて大事でありますから、そのようなことを根幹としたものがこの食管法だと考えております。その法律が現在までも続いていると思うのです。ただ、その間に、いまから約もう三十五、六年ですか、その長い間にいろんな流れの推移がありました。たとえば終戦になって食糧がほとんどなくなりました。そして食糧の増産をさせるということが最も重大な時期でありましたし、また同時に、全国民に対してできるだけ安い主食を配給して生活を安定させることも重要な時代であったわけでございます。そういう時代を経て、経済の復興が行われ、食糧の増産ができ、世界的にも食糧に余裕ができまして、その後はむしろ食糧の問題については安定してまいりました。その後御承知のような高度経済成長の時代を経て、現在米が日本で余ってい処理に困っている——まあ悪い言葉でありますが、処理にも苦慮しているような時代になっているわけでございます。でありますから、このような時代にありましては、食管制度というのはその出発はそのような国民のための食糧、国のための食糧を確保するというだけが目的でありましたが、それだけではいまやどうにもなりませんので、いろいろな意味がつけ加えられまして、内容的には、精神的には形が変わってきたと思うのです。
そういう時代に入りまして、いまの時代は何が大事かといえば、私は農民の生活を守ることに根幹があると思います。国民のための食糧は確保されております、米やそういうものにつきましては。そして、そこに主眼を置くよりは、農民のために、つまりいまの制度は農民の米の最低価格を保障しているというような点において、私は一番食管制度の根幹があると思うのです。たとえば、二重価格になっておりますが、これは制度でも何でもありません。これは昭和二十三年にできたと思います。先ほど申しましたように、農民には米の増産を強要しなきゃなりませんでしたし、それから国民は全体が貧乏になりましたから、国民に安い主食を安定的に与えなきゃなりませんし、そういう意味でいわゆる二重米価制度が、二重米価のあり方が始まったのでございますが、今日はそのような時代は私は過ぎていると思うのです。ですから、御承知のように、農林省におきましても五十一年度からは米の逆ざや解消ということを目指してその第一歩を踏み出しております。数年後にはこの方針が完了いたしますと、いわゆる二重米価というものはなくなりまして米の価格は一本になると思います。そのようなことでありまして、根幹は農民の命を守ることにあると考えております。