内藤功の発言 (社会労働委員会)
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○内藤功君 いまの御見解の中で、ストライキに対する遺憾の意を表された。しかし、私はずうっと経過を見ていて、今度の春闘がやはり労働組合の幹部の方、それから当局の方、あるいはその他関係者の方、政府の大臣という人たちの考えている以上に、職場における、国鉄を初めとする公労協の労働者の方々が、この九・二%の消費者物価の上昇率以下の賃上げでは、これで果たしてわれわれの生活は守れるかという、この生活の危機感というものが裏づけになって、やはりやむにやまれずこのストライキ体制をとり、ストライキに突入せざるを得なかったと、こういう状況だと私は思います。特に、今度のストライキではストライキ権、特にこの公共企業体のストライキ権というものは、国民生活というもの、それから国民感情というもの、こういうものとの関係で無神経でやってはならぬという点からの配慮、これは私どももストライキ権の不可侵性、ストライキ権の重要性を説きながら、なおかつこういう配慮を行いながら、ストライキ権というのは行使すべきだという考え方でありますが、これが今度のストライキでは、これほどやはり出てきたときはないと思うんですね。たとえば、国電では出改札ストというのを初めて実施をした。出札、改札のストライキ、これも新たな一つの試みであります。それからして、子供たちの修学旅行列車だとか、それから一部の生鮮食料品の列車というものはちゃんと通しておる。それから、いわゆるストライキの設定ですね、ストライキの拠点の設定。これは国鉄について言いますと、いわば相撲で言うと低く腰を構えて寄っていくという工夫が、私はまあ第三者として見て、外部からこの国鉄労組の戦術設定をずっと見て、非常にこれが配慮してやっているなということが見られると思うんです。
世の中には、国鉄労働組合などにスト権を与えるというと、むやみやたらに乱暴なストライキをやるというのは逆だと思うんです。やっぱり、ストライキ権に対する理解、承認というものをすれば、逆に戦後三十年の歴史を持っている組合でありますから、自覚し、節度をもって戦術を組むということに私はなると思うんです。もうそれは法律でもって認められているから、勝手なことをやれるという、そういう世の中じゃないことは、労働組合の指導者諸君、労働組合の組合員や活動家の諸君は、やっぱり身にしみて感じておることだと思うんですね。私はそこは信用していくしかないだろうと、こういうふうに思うんであります。まあ、これについての今度のストライキをずっと見られての大臣のお考えを承りたいことと、もう一つ関連をしますのであわせて聞いておきますが、賃金決定方式、これはやはり私鉄の交渉見ましても、自主交渉というものを基本にしていく、これは原則であり、憲法に書かれた原則だというだけではなくて、だんだんとやはり日本の労使関係でこれが定着していくべきものだし、いかせなきゃならぬのじゃないか。背後にストライキ権をもちろん持った自主交渉、しかし、そのストライキ権の行使については国民の良識、労働者の良識によるおのずからなる抑制が働くという形ですね。そのほかに、労調法並みの数日前、二週間なり二週間、十日なら十日前の予告制度、これは入れてもいいだろうと私は個人としては思うんですね。そういうような形でもって自主交渉への動きというのが、これはもう公労法十七条などがあっても動かすべからざるやはり流れとして動きつつあるというのが、今度の春闘の中からくみ取れるのじゃないかと私は思うのです。したがって、そういういまのストライキ権、自主交渉というものについては、いろんな困難はあるだろうし、自民党内にもいろんな意見があるし、閣内にもいろんな意見があるが、まあ私は、石田さんは一番この点では理解があり経験のある閣僚だと思うから、そこらあたりをですね、自民党のこういう党内のことを言うわけではないですが、おくれた古い考え方を閣内、党内で変えていくのは大変だと思うけれども、どういうふうに一体これを前向きに変えていくのか、あるべき姿はどういうふうにしていったらいいか、中間総括の段階で難問をぶつけるようでお気の毒ですが、重大問題でありますし、あんまり機会ありませんからね、いまぼくの言った考えに対しての御所見をひとつ率直に承りたいと思う。