永末英一の発言 (本会議)

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○永末英一君 ただいま院議をもって永年在職議員の表彰をいただきました。まことに光栄の至り、感激にたえません。これひとえに先輩、同僚各位の御指導並びに選挙区京都の皆様の普通選挙第一回以来、水谷長三郎先輩に引き続き、連綿として変わらぬ民主社会主義への御支持と、多年の同志諸君の労苦のたまものでございまして、厚く御礼を申し上げますとともに、今日の栄誉を分かち合いたいと存じます。(拍手)
 私は、昭和三十四年六月、日本社会党所属議員として参議院に議席を与えられましたが、いわゆる六〇年安保の激動の中で民社党結党に参加し、昭和三十八年十一月、本院に議席を得て以来、八回連続当選、本日に至りました。
 この間、参議院におきましては大蔵委員長を務め、衆議院におきましては三矢研究事件、日韓基本条約、沖縄祖国復帰、ロッキード事件など、そのときの政治の焦点であった問題審議の衝に当たり、また、最近六年間は、国会対策委員長といたしまして伯仲時代の国会運営に身を挺し得たことは、議会政治家としての本分をいささかでも尽くし得たかとも存ぜられ、各位に対し深く感謝を申し上げる次第であります。(拍手)
 我々の世代は、戦争とともに始まりました。私は、大学卒業後、直ちに海軍主計科士官として、ソロモン海域、ラバウル航空隊で戦い、さらにマリアナ海戦、レイテ海戦を戦いました。重巡洋艦「摩耶」、戦艦「武蔵」での撃沈、戦艦「大和」での戦闘は、私に戦争をなくすための政治の重大さを強く教えました。復員後、世論調査を業として世論の実体に触れ、議会制民主主義こそ依拠すべき唯一の政治形態だと痛感させられました。また、戦争直後の経済荒廃のさなかで、民族生存のためには社会主義的手法が必要だと考えました。
 戦後四十年、今や我が国の経済力は躍進し、国際的地位も大きく変わりました。この四半世紀の社会の大変動に対し自分のなし得たことを振り返りますと、その小ささにじくじたるを禁じ得ません。しかし、今日の栄誉を受け、初心に返り、平和の永続、国民生活の安定、議会政治の確立に一層の精進をいたす決意であります。
 国民各位の変わらぬ御支持、御教導をお願い申し上げ、謝辞といたします。(拍手)
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発言情報

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発言者: 永末英一

speaker_id: 33587

日付: 1985-12-03

院: 衆議院

会議名: 本会議