堀昌雄の発言 (本会議)

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○堀昌雄君 ただいま議題となりました所得税法関係の法案について、日本社会党・護憲共同を代表して、中曽根総理、宮澤大蔵大臣にお尋ねをいたします。
 まず見初に、許された時間は十五分でありますので、皆さんのお手元に、昨日「マル優制度について〔堀・武藤レポート〕」というのを全議員の皆さんにお配りをいたしてございますので、後でゆっくりお目通しをいただければありがたいと考えております。
 本日は、私は、この議院に席を占められておる議会の皆さんに対して、少なくとも行政主導でなくて、国会が国権の最高機関として国民の負託にこたえる道はいかにあるべきかという問題を中心に論議を進めさせていただきたいと思います。(拍手)
 最初に、第百八通常国会に政府が提出いたしました売上税を含む税制改革法案は、一切の法案審議が行われることなく、すべて廃案となりました。明治に国会が開設をされて百年、このようなことは初めてであります。
 私は、昭和三十三年五月、衆議院に議席を占めることになりまして、昭和三十五年一月から大蔵委員会におりまして、途中、予算委員、商工委員等を歴任いたしましたが、今日も大蔵常任委員であります。この間、税制の問題というのは、国政の中でもすぐれて国民生活に密着した事案であります。英国においても民主的な議会制度の発足の要因であると言われておりますし、米国の独立も、一七七三年のあのボストン・ティー・パーティー事件を契機に実はアメリカの独立戦争が起きているのであります。
 当時、アメリカ植民地は英国の議会に対して代表を送っておりません。にもかかわらず、代表のないところで英国議会は一方的に紅茶の関税を決めたわけであります。これが御承知のボストン・ティー・パーティー事件として発展し、アメリカ独立戦争の契機になっているのでありますから、まさに税制というものは我々国会にとって最も重要な課題でありますし、同時に、国民の理解と納得が得られないで、政党間の争いで処理をされる性格のものではない、私はこう確信をいたしているのでございます。(拍手)
 今国会においても、七月六日、第百九臨時国会が召集をされ、本日ようやく本会議の議題となりましたけれども、会期は余すところわずかであります。この重要な法案を衆参両院で十分な審議も経ずして成立を図るということは、これは私が今申し上げておる考え方と反すると考えているのであります。(発言する者あり)ちょっと静かに聞いてください。
 そこで、中曽根さんは、七月十四日、予算委員会における米沢民社党政審会長の、中曽根税制改革は結局挫折をいたしました、その挫折の理由を総理はどう考えておられるか、挫折の反省をどのように生かしていかれるかとの質問に対して、「やはり税制の問題は、時間をかけて国民の皆さんに御理解を願う、そういう手順が非常に必要であると思いました。これからどうするかといえば、所信表明でも申し上げましたように、周到なる配慮をもってこの問題に対処する、そう申し上げたとおりです。」と答えておられます。
 同じ十四日に、坂口公明党政審会長の質問に、「我々としては、情勢によっては新型マル優という新しいマル優を考えてもいいのであります、」「昔の案に必ずしも固執するものじゃありません、議会のことですから、与野党で話し合って、そしてこういう形がよりよいといういい知恵が出てくれば、我々は十分そういうお考えを考える、そういう余地があるのです、」こう答えておられるのであります。
 私は、この総理の予算委員会における答弁を高く評価するものであります。現在のお考えもこのとおりなのか、国民の前にもう一度明らかにしていただきたいと思うのであります。
 次に、マル優の問題につきましては、昭和三十六年二月二十八日、今から二十六年前に大蔵委員会で、当時乱用が目に余る状態にあった利子非課税制度であります国民貯蓄組合の問題を取り上げました。大蔵大臣は今は亡き水田三喜男さんでありました。主税局長はそこにおられる村山達雄さんでありました。銀行局長は現在の太陽神戸銀行相談役の石野信一さんでありました。当時の自民党の理事の中で現存しておられるのは山中貞則さんただ一人であります。私は武藤議員その他どこの委員会において、非課税貯蓄であるところの今の国民貯蓄組合——当時の人口は九千四百万でありましたけれども、この利用者が五千二百万口あったのであります。これらのことについてはこのレポートの後ろに会議録を添えておりますので、御関心のある方はぜひ一回お読みをいただきたい。
 二十六年前に私は大蔵委員会で、この不公正な、乱用されておる国民貯蓄組合を改めるように水田大蔵大臣に求めました。政府は今いろいろと、昭和三十二年に通達を出してやっているから、しばらく待ってくれということでありますから、一年お待ちいたしましょう、一年待って十分でなかったら法律の改正をしてくださいと申し上げて、昭和三十八年に御承知の少額貯蓄非課税制度が実行されることになったのであります。山中議員の大変な努力によってそのときにつくられた非課税制度は、一金融、一種類、一店舗、五十万円の限度額でありました。これならば皆さん限度管理も名寄せも必要ないのでありまして、完全な、公平な、公正な非課税制度を私どもは与党の皆さんの御協力のもとに法律にすることができたのであります。
 ところが、昭和四十二年になりますと、各種の金融機関の要請にこたえて自由民主党は、ここでまたもや一種類、一店舗から多種類、多店舗に改めてしまいました。これが今日の乱用のもとなのであります。
 私は、これらの経緯にかんがみて、何回も大蔵委員会でこの乱用について問題を提起し、そうしてグリーンカードの考え方を提示し、大蔵省も協力をして、実はグリーンカードの制度が法律となったのでありますけれども、残念ながら施行を見ずして、この問題は廃案となりました。私は、少なくともこれらの経緯にかんがみて、今、税制の中で一番大切なのは何か、公正、公平でなければならない、これが税制の基本だと思うのであります。
 そこで、まず、議会の審議のあり方について申し上げたいのでありますけれども、アメリカは、御承知のように、一九八四年一月二十五日、レーガン大統領が教書で、新しい、公正、公平、簡素な税制案をつくるように財務省に求めました。リーガン・プロポーザルというのができましたのが一九八四年十一月であります。これを受けてレーガン政府はいろいろと検討の結果、一九八五年五月二十八日に、公正、成長、簡素を旨とするところの議会に対する大統領提案が行われたわけであります。
 一九八五年の六月から七月にかけて、下院歳入委員会は三十回にわたる公聴会を開いて、国民各層の意見を聴取し、その後で下院の法案審議に入ったわけであります。この下院の法案審議は、九月十八日に下院の歳入委員会が審議を開始し、十二月十七日に下院の本会議が採決をし、一九八六年一月、上院の財政委員会が公聴会を行い、審議の後、最終的に、一九八六年十月二十二日に、レーガン大統領の署名によってこの税制改革が成立をしています。
 レーガン大統領が一九八四年一月に財務省にボールを投げて、政府の案ができるのに一年半かかっています。国会に付議をされて、そうして法律になるまでにあと一年半かかっているのであります。三年の経過を通じて、これらの税制について国民の理解と納得の得られる、要するに議会の与野党全部が合意のできる法案が、アメリカの税制として現在成立をしているのであります。
 これに比べて、皆さん、今のこれらの税法の取り扱いはいかがであったでございましょうか。私は、時間がありませんから多くを申しませんけれども、少なくとも私は、これらの税制改正については慎重な審議が必要である、こう考えているわけであります。(発言する者あり)静かに聞いてください。

発言情報

speech_id: 110905254X00919870818_014

発言者: 堀昌雄

speaker_id: 13201

日付: 1987-08-18

院: 衆議院

会議名: 本会議