石破茂の発言 (社会労働委員会)

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○石破委員 参考人の先生方、きょうはまことにありがとうございます。厚く御礼を申し上げます。
 私は、この法案というのは全力を尽くして早期に成立させるべきものだ、このように信じておる一人でございます。持論でございますが、福祉というものは御機嫌取りに出してはならない、このように考えております。福祉が御機嫌取りになってしまえば、政治家のためにはなるかもしれませんが、最終的に、制度自体がひっくり返ってしまったときにだれがどのような責任をとるのかということになってくるはずであります。公費の負担がふえる、それをもっとふやせばいいではないか、確かに聞こえのいいお話なのかもしれません。しかし、公費の負担というのは、実は公というのが全然別の世界にあるわけではなくて、結局は現役の人たちが負担をするわけであります。全然別のところから、天からお金が降ってくるような話ならば、公費の負担拡充というのも大変結構なお話でございますが、そういうことには相ならないはずであります。
 そしてまた、四百円が八百円になって大変にけしからぬというお話でございますが、これも適宜見直しておけば倍額なんぞというお話にはならなかったはずであります。激変ということにもならなかったはず。こういうものは本当に適宜見直し、その世代にふさわしいような対策というものを打っていかねばならぬだろうというふうに思っておるところでございます。
 つきましては、五十嵐参考人さん、そしてまた山崎参考人さんにお尋ねをいたしたい。最後の質問は宇野参考人にお願いをいたしたいと思いますが、基本的な認識として、公平な負担とはどのようなものだとお考えでありますか。公平な負担という言葉があちらこちらでひとり歩きしておるように思うのでありますが、一体公平な負担というのは、だれがどのような負担をすることが公平という言葉に合致するのか、公平という認識についての御見解をお教えいただきたいのであります。
 というのは、一九九一年、現在の時点でとってみれば公平ということもあるでしょう。しかしながら、我々三十代の人間が六十、七十、八十になったとき、時系列的に延ばしてみて、そのときにも公平というような概念を今のうちに打ち立てておかないと、これはおかしな話になるんではないかというふうに思うのであります。財政事情がよければ公費の負担がふえる、財政事情が悪ければ保険料の拠出がふえる、そういうような場当たり的なことであってはならぬと思うのです。公平とは一体何だ、だれがどのように負担をするのが公平であるのか、そのことにつきましての御認識をお教えいただきたいと思います。
    〔委員長退席、粟屋委員長代理着席〕
 もう一点は、責任という言葉も何かひとり歩きをしておるのでありますが、国の責任という言葉が出てまいります。国の責任とは一体何ですか。どのようなことに対するどのような行為が、だれに対する責任が、どのようなことに対するどのような責任が国の責任というふうに認識をしておるか、その点をお尋ねをいたしたいと思います。一番大切なのは、老人医療費というのは将来にわたってだれが最終的に負担をするか、その認識を今ここできちんとしておくことだと思いますので、以上二点をお尋ねいたしたいと思います。
 最後の質問は宇野参考人に対していたしたいのでありますが、老人訪問看護、これをどのように評価をしておられるかということであります。地方自治体としてどのように評価をなさり、どのように運営をされ、どのように幸せなお年寄りづくりをやっていかれるおつもりであるか、評価と方針についてお尋ねをいたしたいと思います。
    〔粟屋委員長代理退席、加藤(卓)委員長代理着席〕

発言情報

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発言者: 石破茂

speaker_id: 20757

日付: 1991-04-23

院: 衆議院

会議名: 社会労働委員会