加藤紘一の発言 (本会議)

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○加藤紘一君 私は、自由民主党を代表して、昨日の小渕恵三議員に続き、日本社会党・護憲民主連合及び公明党・国民会議から上程された政治改革関連法案に関する質問を行います。
 選挙制度については小渕議員が質問いたしましたので、私は、主として政治資金についてお伺いしたいと思いますが、それに先立って、昨日行われました本会議における野党の質疑と答弁に関して若干の質問を補足させていただきます。
 昨日の討論は、さすがに我が党及び社会党、公明党がエースを繰り出しただけあって、聞きごたえのあるものでございました。同じ問題に関して議員提案された法案をめぐり、交互に質疑、答弁を行うというこの方式は、問題の所在を明らかにする上で極めて効果的でありました。さらに、テレビ放送と相まって、国民の政治に対する関心を著しく高めるに違いありません。
 率直な感想を申し上げれば、我が党の塩川さん以下の弁論は、論旨明快、つばを押さえた見事なできばえでした。(拍手)これに対して、社会党、公明党の提案者の弁論は、それぞれ個性的な魅力はありましたけれども、よく聞くと、あいまいで矛盾した点が多く、これではまだ政権をお任せできないと感じました。野球に例えれば、攻めはまずまずでも、守りはいまいちだなと感じました。とはいえ、この国会は、国民が税金を支払って鑑賞するに足るゲームを展開する場となりつつあります。今後、特別委員会で一層活発な審議が行われることを期待してやみません。
 さて、昨日、社会党、公明党の連立政権に関する弁論を聞かせていただきましたが、私には大きな疑問が残りました。それは、野党があくまで自民党の補完政党になることを考えているのか、それとも、野党諸党が連立して自民党と政権交代を行うことを考えているかということでございます。この点があいまいでございました。一体、野党は今回の政治改革法案で、どの程度政治のダイナミズムを期待しておられるのか、ぜひともこの点をお伺いしたいと存じます。(拍手)
 社会党、公明党の提案者は、連立政権を組む場合には、勇断を持って政策の提携を求めるとの決意を表明されました。しかし、それは言うはやすく行うは極めて難しいと思います。最大の障害は、野党第一党の社会党が、過去の遺物となった社会主義理念にいまだに固執しているという事実だと思います。(拍手)
 争点の少ない政策については、どの党も他党と妥協し得るものであります。しかし、連立政権を組むには、対外政策、自衛隊、原発、PKOなど、重要な国家の基本政策についてすべて一致していなければなりません。そのためには、党の理念において相通じていることが必要であります。
 振り返ってみますと、左右両社会党は、昭和三十年、社会主義平和革命を旗印として統一いたしました。その後の社会党は、かなり複雑な道を歩んできましたが、いずれにせよ、社会党は社会主義を捨てることはなかったのであります。
 しかし、冷戦の終えんとソ連邦の崩壊は、イデオロギーとしての社会主義に終止符を打ちました。私は、内外情勢の激変の中で、社会党が党理念の修正に苦慮してこられていることをよく存じております。しかし、昭和六十一年採択の「新宣言」では、「人間解放を目標とする社会主義は、人類普遍の原理」と述べ、その後、これを否定してはおりません。しかも、冷戦後の今、社会主義が人権を踏みにじり、自由民主主義が人権を守ってきたことは、だれの目にも明らかであります。(拍手)にもかかわらず、社会党が社会主義に固執するのは、党内にまだ社会主義を信奉する隠然たる勢力が存在しているためだと思えてなりません。
 社会党は、党理念としての社会主義を明確に否定されたのでしょうか。もしそうなら、いつどこでどのように総括されたのでしょうか、お知らせいただきたいと思います。質問いたします。また、公明党はこの問題についてどう考えておられるのか、御意見をお聞かせいただきたいと思います。
 では次に、政治資金に関する問題の質問に入ります。
 「政治と金」は、今日、国民の最大の関心事であります。国会の外においても、さまざまな議論が行われております。しかし、建前でなく本音の議論こそ真の解決への出発点です。何よりも、当事者自身が率直にこの問題に関する実態を明らかにしなければなりません。
 第一に、現在の金にまつわる政治腐敗をどう考えるかという問題であります。
 我が党は、自由民主主義と市場経済の大義という旗のもとに、志を同じくする人々や団体から、政治活動や選挙に必要な資金の提供を受けてまいりました。その過程で、我が党は何度か重大な行き過ぎゃ過ちを犯してまいりましたが、ほかに政権担当能力を有する政党がないことから、国民は、その都度結局我が党を許し、支持を続けてこられたのであります。このような状況の中で生まれた甘えとおごりこそ、最近の金丸前副総裁にかかわる弁明の余地のない事件の根本原因であります。今我々は、国民各位に対して申しわけない気持ちでいっぱいであります。
 我々は、公私の混交を含むこうした政治腐敗の重要な原因の一つが、選挙や政治活動が個人中心に傾き過ぎていたことにあると考え、政治資金の問題についても、政治家個人が政治資金を扱うことを禁じました。法案の成立に先立って、これを我が党に適用するため、一昨日、党内に公私の峻別委員会を設置して、具体的な検討に入ったところであります。法案では、また、政治家同士が資金調達団体間を通じて資金のやりとりをすることも禁止しました。私は、これによって、かねてから我が党の弊風とされてきた金による派閥支配、例えば派閥の領袖のもち代配りなどが一切できなくなり、党運営の民主化が画期的に推進されるようになるものと確信いたします。
 他方、野党においても、大義を口実に、正当と言えない献金を受け入れるという誘惑に負けたことがあったように思われます。最近のロシアにおける秘密文書の公開や、旧ソ連の要人たちの談話などから、社会党が当時の友党だった旧ソ連共産党から献金を受けたという話が取りざたされるようになりました。もしそれが事実ならば、それは悪質な政治腐敗であり、国民に対する重大な裏切り行為であります。政治資金規正法が外国人及び外国法人から政治献金を受け取ることを全面的に禁じているのは、それが日本の独立や主権を脅かすからにほかなりません。(拍手)
 旧ソ連にまつわるスキャンダルは、共産党の野坂元議長の例もあります。疑惑が生じている以上、社会党は徹底的に調査した上、みずから事実関係を明らかにすべきであります。たとえ献金が日本国籍の団体や企業を経由した合法の装いをしていようとも、それが外国の意図に基づくものであった場合には、政治的にも道義的にも決して許されるものではありません。この点に対する社会党の見解をお聞きしたいと思います。(拍手)
 第二は、金の入り、つまり政治資金の寄附に関する問題であります。
 社会党、公明党は、企業献金こそ政治腐敗の元凶であるとの主張に立って、このたびの法案に企業や団体からの献金の禁止を盛り込みました。それは、政治献金は個人からのものに限るということでありましょう。しかし、我が国では、個人による政治献金の前に厚い壁が立ちはだかっているのが現実です。個人献金だけで資金を賄おうという理想に燃えた政治集団が、目標のごく一部しか達することができず、この壁の前で立ち往生じています。せっかく所得控除の制度がありながら、個人献金をして、その申請をした人の数は、平成三年に有権者九千万人中一万六千人、つまり、一万人につき二人もいませんでした。
 その原因は、子供のころから献金をするならわしのない我が国の風土にあるのかもしれません。累進率の高い我が国の所得税制によって、献金する余裕のある人が少ないからかもしれません。さらに、政党や政治家は自分たちより金持ちだという国民の通念のせいかもしれません。恐らくいずれも真実でしょう。私は、国民各界各層の大勢の人々からの個人献金が政治活動を支えるようになることを望ましいと考えますが、個人献金システムを育成するためには、まだまだ時間と努力とそして工夫が必要だと考え、政治改革特別委員会の場でじっくりと話し合っていくべきだと思います。野党の諸兄の意見をお伺いしたいと思います。
 本来、政治活動や選挙の自由は政治に活力を生むエンジンであり、政治資金はそのエンジンを動かすエネルギーであります。エネルギーの供給を余りに規制して、政治家の意欲を萎縮させ、手足を動かなくしてしまえば、角を矯めて牛を殺すたぐいの結果になりかねません。
 我が党は、企業も一つの社会的存在であって、政治活動の自由を持つものと考えています。企業や団体がその支持する政党や政治家に献金したいと思うのは自然の流れと言えましょう。先進諸国のほとんどにおいてこの種の寄附が認められておりますが、それは、企業からの節度ある寄附が政治活動を支える望ましい方法の一つだという考えによるものだと思います。
 アメリカは、確かに連邦段階では企業献金を禁止していますが、PAC、ポリティカル・アクション・コミッティーと呼ばれる組織を生みました。これは個人献金の受け皿ですが、実態としては、企業がその幹部の給料をかさ上げしてPACに供出させ、その分を政党や政治家に寄附しているため、企業献金の抜け穴となっていると聞きます。我が国の場合にも、もし企業献金の全面禁止によってこのPACのようなものができてしまえば、政治資金の透明度は、その意図とは逆に低下することでしょう。今最も重要なのが政治資金の透明度の確保であることを考えれば、政治改革の本旨と相反すること甚だしいと言わなければなりません。これらの理由から、我が党は、企業・団体献金の全面禁止には賛成しかねます。野党諸兄の見解をお聞かせください。
 第三は、いわゆる金の出、すなわち支出の問題であります。
 金のかかるものの一つとして、後援会などが催す三千人集会、五千人集会などの大集会があります。私は、政治家と有権者が触れ合うことができるこのような集まりは、一種の祭りであり、頭から否定してはならないと思います。しかし、問題は、これに対する金のかけ方です。例えば、人集めのポスター張りにかかる経費が一枚当たり二百円とすると、一万枚張れば二百万円になります。会場費が最低数十万円、音響設備のいいところを借りればぐっとはね上がります。バス代が一台十万円とすると、六十人乗りとして三千人動員すれば五百万円です。そして、昼食のお弁当代が、一人当たり八百円ならば、三千人分で二百四十万であります。そのほか、人件費、印刷代などがあり、一回の集会で優に一千万を超えてしまいます。参加費は徴収しても、往々にしてそれで賄えるのは一部にしかすぎません。残りの費用はずっしりと主催者の肩にかかってきます。このほか、自分の名前を有権者に知ってもらうために広い地域にポスターを張りめぐらせれば、それだけで一千万円以上かかるなど、金は本当に湯水のように出ていきます。これでは、どんな金にでも飛びつきたくなる病的心理状態に落ち込むのは当然であります。
 我が党及び社会党、公明党の両政治改革法案のいずれにも、政党に対する公的資金の助成案が盛り込まれていますが、その資金の源は国民の貴重な税金であって、このような病気の治療費ではないはずです。我々は、単純小選挙区制の実現がこの病状を軽くするものと考えておりますが、それを完全に直すには、政治家の健康回復への強い意志が必要であることは申すまでもありません。
 対策はただ一つ、それは、政治家の理念や見識、政党の政策や活動に賛成して手弁当で活動するボランティアの組織化だと私は思います。先進諸国のほとんどにおいては、このようなボランティア組織が政治活動や選挙の母体であり、民主主義を国民の側から担保する力となっています。我が国が他国に対して真に民主主義を誇れるのは、このボランティア組織が草の根レベルで生き生きと活躍するようになってからのことのような気がしてなりません。
 社会党など組織政党の場合は、政治活動や選挙に労働組合という形のボランティア組織が働いているように見えますが、事実は、動員されている労働組合員に対して、組合から何らかの形の手当が支給されているケースがあると聞きます。労働組合の経理が公開されない限り、我々はそうした事実の有無を確認することができません。社会党には関係労働組合経理の一般公開を促進する意思があるかどうか、お伺いしたいと存じます。
 私は、恥を忍んで、金のかかる具体例について申し上げました。野党の諸君とこのような支出の現実について話し合いたいと存じますが、いかがでしょうか。
 私が国会に籍を置くようになってから二十年余がたちました。この間、まだ子供が小さいころには、毎年、学校から家庭調書というものが回ってきましたが、私は、その中の「父親の職業」という欄に何と書くのかいつも戸惑いを覚えつつ、「衆議院議員」と書いてきたことを思い出します。今から考えれば、本当は、議員とは職業ではなくて身分ですから、その欄には「政治家」と書くべきところでありました。にもかかわらず、「衆議院議員」と書いたのは、議員という身分にいささかの誇りがあったせいかもしれません。しかし、最近のように毎日マスコミから茶化され、国民から疎まれている現在の国会議員は、自分の仕事に対する誇りはおろか、自分が何であるかのアイデンティティーすら次第に失いつつあるように感じられます。国会議員の使命は、行政では吸収できない人々の声を敏感にキャッチしてそれを政治に反映すること、国民各界各層間の利害調整をスムーズに行うこと、そして、その上に立って国の基本的な指針を決定することにあります。国民の信を得てこの重大な任務を遂行するには、政治家自身がみずからを変革し、誇りを持てる人間に生まれ変わることが何より必要だと思います。
 政党もまた、似たような状態にあります。東西対立を背景とした保守対革新の時代は終わりつつあります。我々は、首相官邸に赤旗を立てさせるなというようなかってのスローガンを過去のものにしたいと思っています。野党にも脱ぎ捨てるべき古い衣があるのではないでしょうか。政党にも、みずからが何であり、いかにあるべきかを闘い直すべきときが来ておると思います。
 今日我々が進めようとしている政治改革は、単に法律や制度の改革だけではありません。政治家と政党の改革をも含めた新しい時代への全面的な改革です。また、我が国の風土への問いかけでもあるかもしれません。そのような時代に国会に籍を置いていることを考えるとき、私は、言い知れぬおそれと一種の震えのようなものが体の中を走るのを感じるのであります。
 ぜひとも、野党の皆さんからも本音の話を、生の言葉でお聞かせいただきたい。最後に、政治改革にかける野党各党の決意のほどをお尋ねして、私の質問といたします。(拍手)
    〔佐藤観樹君登壇〕

発言情報

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発言者: 加藤紘一

speaker_id: 20151

日付: 1993-04-14

院: 衆議院

会議名: 本会議