林義郎の発言 (政治改革に関する調査特別委員会)
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○林(義)委員 まさに先生がおっしゃるとおりに、原則はやはり一対二だろう、こういうことでありますが、それを超えたからといって、最高裁判所が、現実に一対二・九云々ということになっているときに、これについてどうだというときにどういう判断をするかというのは、最高裁判所としてのいろいろな政治的な配慮もあるでしょう、いろいろなものがありますから、そういった判断をしたところでいい。それは最高裁判所が間違った判断を下しているわけじゃないので、最高裁判所が憲法の規定に基づいたところの判決をしたんだ、こういうふうなお考えだと私は受けとめたわけですね。
そこで先生、一対二以内という原則ですが、私は、これは法のもとにおける平等、投票権の平等の原則だろう、こう思うのですね。
この原則というのは、やはり日本だけではない原則だと私は思うのです。日本国憲法にもありますけれども、フランスの人権宣言にもある。ドイツのワイマール憲法でもかつてそういったものがありました。また、アメリカの下院議員のいろいろな定数の問題につきましても、これは非常にシビアな形での運用がされているわけですね。アメリカの場合には裁判所がやる場合もあります、また立法府がいろいろな定数是正をすることもあります。いろいろな形がありますが、やはりここは是正をしていかなければならないのが法のもとにおける平等の選挙制度のあり方ではないだろうか、こういうふうに私は考えておるところでございまして、裁判所がどうだこうだという前に、当委員会として、当国会の立場において、どういうふうな判断を憲法論として考えなければならないか。これはほかの人じゃない、我々自身が考えるべき問題ではないかということを、この前もやりまして言ったのですが、先生のお考えだと、今私が申したことは行き過ぎだから、それは裁判所に任せたらいいとかというようにお考えになるのかどうか。
私は、この国会でそのことは十分に考えていかなければならない話だろうなということを申し上げて、そういったことをやらなくてはならないな、こういうことだと思いますし、実はこの前、六月に東京高裁の判決がありましたね。この判決の中にも傍論として言われておりますのは、まさに、「抜本改正を必要としてきた国会自身の認識」が今までもあったし、これからもやはり国会が抜本是正をやるときにはそのことを考えてやっていかなければならない話だ、最後にそういうふうに結んでいるのですが、私はこの所論はおかしくないと思いますけれども、先生はこの東京高裁の六月の判決はやはりちょっと行き過ぎだというふうにお考えかどうか。その辺、ちょっとお尋ねしたいのですが。