吹田愰の発言 (予算委員会)

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○吹田委員 このことにつきましては余り明らかな文献がないんですよ。どういうわけで四月一日に始まって三月三十一日に終わったかというのはないんですよ。どうも地租であろうか、地租の関係でそういうふうに決めたんではないかというふうに言われておるのですよ、言われておる。
 しかし、私は私なりに調査をしておりますが、それはまた後ほど申し上げるとして、長い歴史の中で、我が国の歴史の中で、明治以来会計年度の改正がたびたび行われているんですよ。それは、まず慶応三年の十二月に旧制の暦年制をとっておるんですよ、暦年制。暦年制というのは一月一日に始まって十二月三十一日に終わる話ですから。ところが、明治二年の九月には、十月から九月制をとっているんですね。それから、明治五年の十一月には再び六年度から暦年制にまた戻しているんですね。戻しているんですよ、暦年制に。そして、明治七年の十月には、七月から六月制をとっております。七月に始まって六月に終わるというのをとっていますね。そして明治十九年に、今の、四月に始まり、翌年の三月三十一日、こうなっているんですよ。
 時あたかも、その初代の内閣総理大臣は我が長州の伊藤公であります、伊藤博文公であります。この方がその当時に決定をしておるのでありますけれども、私は先ほど申し上げたように、地租だけでそうなったのかどうかということでいろいろと国会図書館その他も探しておりますが、なかなかないんですが、私の先輩なんかから伺っておるところからいたしますと、調査の内容とその伺った内容等から見ますと、どうも長州の気候風土に合わせておる、その四月は。そういったことが言われておるんですよ。
 ここに長州出身の、内閣におる高村国務大臣おられますが、亡くなられたけれども、高村さんのお父さんなんかというのは、これはちゃんと知っているんですよ、これは。古い、内務省に勤めた役人の方々は、知っているんですよ。ですから、私はこういったことがもしも現実の問題であるとすれば、これは私は大変なことだと思うのですね。
 そういったことを踏まえまして、今までに第八十回国会、五十二年に川合君がこれを質問しております。改正したらどうですかということをやっている。さらに六十一年の、私が第百七国会でもやっております。その後、北海道の中川昭一君がさらに平成五年にこのことについても言っております。そうして、平成六年の五月には第百二十九国会で田名部君もこれを質問しておるんですね。ながながしかし、政府がそれに対して、検討します、検討しますの答えなんですよ、今までは。
 なぜ私がこういったことを申し上げるかといいますと、この会計年度の改革については、過去の暦年制を改めるという主張について、御承知のように、我が国の日本列島というもの、非常に南北に長いですね、これは。二千八百キロもありますね。そういった点からいたしますと、その気候、風土、そういった気象条件が非常に大きく違うわけですよ。こういった地理的条件とか気象条件のもとで、現在の四月一日に始まって三月三十一日に終わるという会計年度については、村山総理が国策上から非常に不合理があるなというような感じを持たれたことかあるのかどうか。
 公共事業というものが国内における景気対策にも大きく今日は影響しております。もちろん、インフラ整備の問題でありますけれども、国内の景気対策あるいは雇用問題、こういったことにすべて影響しておるのでありますが、この影響しておる問題につきまして、総理は非常に暖かいところに、あなたは私どもと同じように、九州の大分ですからね、今まで感じ取っておられたであろうかどうであろうかということについて、まずその感じとしてお答えいただけますか。

発言情報

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発言者: 吹田愰

speaker_id: 34698

日付: 1995-02-01

院: 衆議院

会議名: 予算委員会