弘友和夫の発言 (予算委員会)

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○弘友委員 新進党の弘友和夫でございます。
 今回の五千四百名を超える方々が亡くなられました阪神・淡路大震災、本当に想像を絶する未曾有の大被害を目の当たりにしまして、対応のおくれやなすすべもなかったことに対しまして、これはひとり総理の責任だけではなく、政治も行政も私たち政治家も、事前に国家の危機管理についてもっと力を尽くしておくべきではなかったか、私自身そうした深い反省の思いでいっぱいでありま
すし、また、被害者の皆様や国民の皆様に、本当に申しわけない、そういう気持ちで当たるべきである、このように思います。
 私たちは、そうした思いから、新進党の明日の内閣でも、行政改革の提言の中で、内閣の危機管理のあり方について、今回の阪神・淡路大震災の教訓も含めて検討させていただきました。二月九日には第一次援言として発表させていただいたわけでございます。
 ところが、一月十七日の地震発生後から今日まで、村山総理の国会答弁などを拝見させていただきますと、本当に総理はこうしたことに対して、深い反省の気持ちがおありなのかどうか。また、被災された皆さんや国民の皆さんに申しわけなかったという思いでその後の復旧対策に当たっておられるのかどうか、責任を感じておられるのか、疑問を持たざるを得ないわけでございます。
 そういうことで、この大災害に対しまして、村山総理御自身、また内閣の姿勢、責任についてお伺いをしたい、このように思います。
 総理は、一月二十日の本会議で、我が党の二階議員が内閣の危機管理体制について聞きました質問に対して、こう答えられています。「政府の危機管理体制についての御質問でありますがこと前置きをされまして、「しかし、今から振り返って考えてみますると、何分初めての経験でもございますし、早朝の出来事でもございますから、幾多の混乱があったと思われまするけれどもこと答弁されています。
 この答弁がその後いろんな論議を呼びまして、総理としての資質、責任について問題となりました。私は、議場でこの御答弁を聞いておりまして、総理としては何と無責任な御発言だろう、こう思いましたけれども、一方では、私個人としては、村山総理らしい率直な気持ちをあらわしたもの、そういうふうに理解をしていたわけです。
 ところがその後、その前言を翻されて、これは政府のことを言ったのではない、地元のことなのだという、地元に責任があるような御発言をされております。(発言する者あり)じゃ、それを会議録に忠実に読まさせていただきます。一月二十六日、我が党の東議員に対する答弁でございます、予算委員会の御答弁。
 東議員が、
 ところが総理は、さきの本会議で、この大災害に対して、初めての経験であって、早朝の出来事でもあったので多少の混乱もあったと思うというような、こんなことをおっしゃっている。ここにリーダーシップとして、どこにその責任 があるのかと私は思いますよ。それからまた、
 政府がとった措置は最善の策だった。云々と、このように聞いたことに対して村山総理は――よく聞いてください。
 いい機会ですからお答えしておきたいと思うんですけれども、私が、まあ初めての経験だし、何分早朝のことですから混乱もあったと思いますということは、現場の情勢がつかみ得なかったことの現状というものを申し上げたわけです。
 神戸市では、兵庫県等では、これはやっぱりふだんからの備えというものも余りなかったのではないかと思いまするし、突然あれだけのことが起こりましたら、それは通信網は断たれるし、道路は破壊されるし、市の職員だって、それはもうみずから被災者になって、市役所に出ていけない。こういう状況というものを考えた場合に、それは現地ではやっぱり若干の混乱があったのではないかということは想定できますから、そのことを私は申し上げたのでございまして、何もここですよ。
 何もこちら側の、政府の中に混乱があったという意味で申し上げたわけではないこのように言われております。(発言する者あり)今言われたように、きのうも質問をいたしました。きのうもやりました。また、二月十四日の山崎議員、本会議での二階議員に対する答弁も全く同じような状況でございます。
 いいですか。いい機会ですからお答えしますと、「神戸市では、兵庫県等では、これはやっぱりふだんからの備えというものも余りなかったのではないか」「何もこちら側の、政府の中に混乱があったという意味で申し上げたわけではない」と。(発言する者あり)とんでもないですよ。きのうと同じじゃないですよ。
 いいですか。きのうもですね――兵庫県知事の動き、七時に登庁されて、八時二十分には災害対策本部を設置されています。神戸市長の動き、神戸市長も六時には災害救助法を適用しております。また、伊丹市長、尼崎市長、全部そういう、混乱をしていたと言うけれども、尼崎市長は六時にもう登庁して、すぐ災害指令第一号、災害救助法を適用されているわけです。消防も警察も精いっぱいやっておられるわけです。
 ここに新聞がありますけれども、ある消防団の団長さんは、自分の奥さんが一緒に瓦れきの中に埋められて、そして、奥さんをそのすき間の中に寝かせて、そして奥さんが、早く助けに行ってください、私は大丈夫だ、そういうことで、その奥さんを置いてずっと動き回ってやっていたわけですよ。私は大丈夫だから、消防団の責任者として皆さんを助けてあげてください、そう言って、出て、三日目に奥さんは亡くなったわけです。消防団の、これはある例です。
 また、三日三晩一生懸命救助に当たって、三日目にやっとおふろに入ってそのまま亡くなった、そういう例がたくさんあるわけです。警察も、目の前に、瓦れきの中に埋まっている人、数の報告よりもまず人命を救助するのが先だ、このようにやっているわけです。
 あなたは、総理はきのうもこう答えられておりますよ。あなたが言っているように、通信網は断たれている、道路は破壊されている、みずから被災者でありながら必死になって救援に当たっている。これほどの地震があれば、通信網が断たれるのは当たり前なのです。道路が破壊されるのは当たり前なのです。みんな被災者になるわけでしょう。それが早朝であろうと昼間であろうと夜であろうと、そういう状況に地元はなるわけですよ。そうでしょう。これは初めてのことだと言われた。二回目であろうと三回目であろうと、それはいろいろな防災対策をやっていても、実際にそういう地元の混乱というのはあり得るわけです。だから……(発言する者あり)今から聞きますよ。そうしたら、現場はそれだけ混乱しているわけです。そのときに、政府がどのような手を打つか、そして国としてどうするか、これが危機管理じゃないのですか。
 では総理、あなた自身は、一月十七日五時四十六分地震発生直後、それから十時の閣議が開かれるまで四時間、何をされていたのですか。今までのをまとめてみますと、一番最初に私が知ったのは朝六時過ぎのニュースです、テレビで知ったわけです、これは大変なことになるのじゃないか、こういう気持ちがしました、すぐ秘書官の方に連絡して、情勢を報告してほしいと、こう言われています。六時過ぎのニュースで知った、すぐ連絡をされた、七時半に第一報があった、こう言われております。
 では、それぞれの閣僚の方にお聞きします。小澤長官、お聞きしますけれども、あなたは六時ごろのニュースで知ったと。それから十時の閣議までどういう行動をとられていますか。

発言情報

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発言者: 弘友和夫

speaker_id: 22324

日付: 1995-02-25

院: 衆議院

会議名: 予算委員会