岩浅嘉仁の発言 (建設委員会)
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○岩浅委員 新進党の岩浅嘉仁でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
この本四公団の法律案につきましては、本四公団の本社を東京から神戸へ移す、こういうことでございますけれども、この点につきましては、地方分権あるいは首都機能移転という観点からも、私どもは歓迎をいたしたいと思っておりますが、我が党が出しております特殊法人の整理及び合理化に関する法律案どの関連で、昨日も政策会議でいろいろな意見が出たわけでございますが、この本四公団の経営の合理化あるいは組織の形態等につきましては、後段で質問をいたしたいと思っております。
まず最初に、本四の三ルートにつきましては、私も四国徳島の出身でございますから、特に大きな思い入れというものがあるわけでございます。もう既に完成いたしております瀬戸大橋につきましては、明治二十二年に、当時四十歳でございました香川県の県議会議員の大久保諶之丞という方が初めて香川県議会で提唱しておるわけでございます。また、明石-鳴門に関連します大鳴門橋に関しましては、大正三年に徳島県選出の中川虎之助という代議士が衆議院の本会議で初めて、鳴門海峡に橋をかける、そして海峡の潮流を利用して水力発電の施設をつくってはどうか、こういうことを披瀝されましたが、当然のことながら、この構想に耳をかす人はだれもいなかった。しかし、約百年後の今日、もう両方の橋が完成しておりますし、明石の橋ももう目前である、指呼の間であるということで、まさに世紀の大事業である、こういうことが私は言えるのではないかと思います。
本四関連の明石-鳴門ルートにつきましては、今申し上げましたように、国家的プロジェクトでございます。また同時に、四国にとりまして大変大きな発展への足がかりになる、こういう事業になるわけでございまして、徳島県の知事も年頭所感は必ずこの明石海峡大橋の進捗のぐあいを最初にしゃべって年頭の所感をあらわすというふうに、私ども徳島県八十三万県民にとりましても、非常に注目をいたしておる事業でございます。
三千九百十メーターという世界最長の大橋ができるわけでございますけれども、四国で唯一近畿知事会に属しておりますのが徳島県でございまして、近畿と直結をする、本土と直結をする、自分たちの足で本土に渡れる、こういう長年の大きな夢が実現されようとしておる、まさに我々にとっては歴史的壮挙と思っております。地域の経済交流とか観光開発あるいは物的交流、文化の交流と、極めて大きなインパクトを与える事業だと認識をいたしておりますけれども、その供用に向けまして兵庫県も徳島県も、さまざまなイベントあるいはプロジェクト、こういうものを今鋭意計画いたしておるところでございます。その動きというのはすべて、国が言っております平成九年度末の明石海峡大橋開通、供用開始、こういうものを前提として地元の自治体がさまざまな計画を立てておるというのが実態でございます。
この明石大橋を含みます明石-鳴門ルート、これが公式の文書でございますと、完成する、供用開始は、平成九年度末、さらには平成十年春、この二つの言い方をされておるわけですね。平成九年度末となりますと平成十年三月、平成十年春といいますと、春というのは三月、四月、五月が春ですから、これは三カ月と非常に幅があるわけですね。これは短いようですけれども、この幅というのは、例えばそのプロジェクトに合わせて県の行政機構がさまざまな計画を立てる、人的配置もやらなければいけない、その時期によりましては人事異動にも非常に影響する。ですから、今地元では、一体平成九年度末、平成十年の三月でいいのか、あるいは幅を持たされて五月まで延びるのか、こういう素朴な疑問が、心配が実はあるわけでございます。
先般の大震災におきまして、橋の区間、三Pが一・三メーター、四Aが一・一メーター西の方にずれた、こういうことで大変心配いたしておりましたび、やはり日本の橋梁技術は世界最高だと思いますけれども、ほとんど心配がないと。ただ、震災の影響で工事期間が約一カ月中断をした、こういうことは伺っておるわけでございますけれども、震災を経験した明石大橋を含みます明石-鳴門ルートにつきまして、明確な開適時期、供用開始の時期というものをお示しをいただきたいと思うわけでございます。