小島朋之の発言 (外務委員会アジア・太平洋に関する小委員会)
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○参考人(小島朋之君) 小島でございます。
私に与えられましたのは中国の台湾政策ということであります。
中国に台湾政策があるのかといえばある、ただし極めて選択の幅は狭いというふうに思っております。台湾政策があるとすれば、その基本は一つの中国原則というものであります。
一つの中国原則というのは、台湾は中国の神聖な領土の不可分の一部である。一つの中国、一つの台湾、二つの中国、これは許さない、まして台湾の独立は絶対に許さない、これが一つの中国原則であります。この原則から逸脱できないところから現在の中国の台湾政策と、そしてある種の台湾海峡の緊張というのが生まれているということであろうかと思います。
そこで、私はきょうの意見では、中国の台湾政策の現在のこうした硬直性、この硬直度というのがどれほど硬直しているのかというお話をまずさせていただき、なぜそうした硬直した政策が出てくるのかということについて、中国にとっての台湾問題の本質というのを二つに分けて説明してみたいと思います。そして、そうした中国の台湾政策の硬直性というのがなぜ出てきているのか。その一つの大きな要因として、現在の中国の政権のいわば過渡期的性格、そこにあるのではないかということを最後にお話しさせていただきたい、こういうふうに思っております。
まず第一番目、現在の中国の台湾政策は文攻武嚇、こういうふうに呼ばれておりますように、文攻というのは文章で攻撃する。つまり李登輝総統を個人的に批判する。もう行くところまで行ったと言ってもいいような批判が行われております。そしてそれと同時に武嚇、武力でもって威嚇する。こういった文攻武嚇というまことに強硬な政策が展開されております。先ほど平松先生の方から出されたように、現実に中国には台湾を統一する上で軍事力以外に有効な手だてがない、まさにそういうことであろうと思っております。
しかし、こうした政策がずっと一貫していたかというと、そういうことではないわけであります。昨年の初めに戻ってみますと、中国は台湾に対してかなり柔軟な姿勢、一つの中国原則は逸脱しないけれども、柔軟な政策を展開しようと試みたことがあります。それが昨年一月三十日のいわゆる江沢民八項目提案というものであります。
今も申しましたように、原則は逸脱しないけれども首脳の相互訪問と交渉を呼びかけておりました。あまつさえ五月二十二日、五月二十二日というのはアメリカでは五月二十一日でありますが、五月二十二日には台湾当局とそして李登輝先生に期待する、こういうふうに言っておりました。そして翌日、アメリカ時間では五月二十二日にクリントン政権は李登輝総統の訪米受け入れの決定をしたということであります。そのほか、ここにも書きましたように、両岸の民間機関のトップ級会談というのも昨年の七月に北京で開催するというところまで踏み込んでおりました。しかし、このアメリカのクリントン政権の決定以降、特に李登輝総統のアメリカ訪問からの帰国後、中国の姿勢というのは一転して現在のような硬直した姿勢に変わってくるということであります。
なぜこういった政策、こうした硬直した姿勢が出てくるのか。私はその問題の本質は二つあるというふうに思っております。
第一番目は、それは現実と原則の乖離はもうある意味で行き着くところまで行き着いているかなということが一つであります。二つ目は、台湾問題の本質は、中国は内政問題と繰り返し言っておりますが、まさに内政問題であると繰り返し言わざるを得ないほど既に国際問題になっているというところにあり、特にそれは中国の経済、中国の外交戦略、そういった観点から見てまさに台湾問題の本質のいま一つが米中関係にあるということであろうと思っております。したがって、米中関係であるというところから、ある意味で私自身はその従属変数というふうに考える日中関係でもあるというふうに考えております。
まず第一番目の原則と現実のギャップの拡大ということでありますが、これはもう余り説明する必要もなかろうかと思います。現実とは何かというのは、これから私の後に御意見を述べられる井尻先生のところでそれは詳しくお話があろうと思います。一言で言えば、もはや台湾は中国の一部たり得なくなってきているということであります。一言で言えば、台湾百年の歴史の中で経済と政治の発展を背景にして、いわば台湾の人々の中にある種の台湾アイデンティティー、台湾ナショナリズム、こういうふうに言うのはちょっと言い過ぎかもしれませんが、まさにそうしたものがあるということであります。今回の総統選挙というのは、結局はこの台湾アイデンティティー、台湾ナショナリズム、それを表出させていくものである、これが現実であるということであります。
他方、原則とはこれは中国のものであり、先ほど申し上げたものであります。一つの中国、台湾独立は許さない、こういうことであります。これは今までもそうでありました。その今までもそうであったというのが第一点の「近代失地回復主義」、こう書いてあるところであります。これも多言を要するまでもなかろうと思います。つまり、中国の近代史が西洋の衝撃、日本も含まれますが、西洋、欧米列強による領土の簒奪、権益の簒奪ということであり、まさに中国の近現代史はその奪回を図り、そして威信を回復していくということであります。まさに近代失地回復主義、こういうふうに言えるだろうと思います。
これを最も象徴しているのは、鄧小平さんがサッチャー・イギリス首相と会ったときに、香港問題に関して、私は李鴻章のような売国奴と呼ばれたくない、こう言ったところであります。李鴻章についてはもう説明はする必要もないだろうと思います。こういった言葉がまた台湾問題に関連して何人かの指導者の口から出てきているということであります。
それ以上に、私は当面の中国の台湾政策においては二番目のところが問題なのだろうと思っております。「過渡期の江沢民政権」ということであります。
御案内のとおり、まだ鄧小平さんがいなくなったわけではありませんが、ある意味でポスト鄧小平時代への過渡期が始まっております。私自身は、後ほど少し説明させていただくとおり、依然として江沢民体制が完全に固まっているというふうには思っておりません。だとするならば、江沢民体制は何としても国をまとめ、そしていわば体制の後継としての正統性を確立していかなければいけない。
その手だては何か。一つは言うまでもなく経済発展を持続させていくということであり、いま一つは、それがなかなか難しいとすれば、これは常套手段でありますが愛国主義、ナショナリズムに訴えていくということであります。まさに一つの中国原則はこのナショナリズム、愛国主義とある意味で骨絡みでつながっているということであります。したがって、江沢民体制がこの問題について逸脱する、あるいはこの問題に関連して台湾に妥協するなどというのは、これはできない相談であるということであります。できるのは、これは剛腕を持った、つまり強いリーダーシップを確立した指導者だけであります。
先ほど平松先生の方からお話があった香港問題について、一国両制構想というのを鄧小平が打ち出しました。今現在ではこの一国両制なんというのは大したことがないように見えますが、これが打ち出された八〇年代初め、これは画期的なものであり、まさにそれは鄧小平という権威と権力を集中的に握った指導者であったから可能であったわけであります。今の江沢民体制にそれができるかというと、できない。それをやることは、批判、失脚のきっかけにさえなりかねないということであります。まして来年は香港の返還、そして二十一世紀にまたがる新しい指導体制を公式に承認する十五回党大会があるわけですから、できるだけ慎重に、ある意味では憶病にやっていかなければいけないということであります。これがまず問題の第一であります。
本質のその二というのは米中関係にあるということであります。この米中関係それ自体については、これもまた井尻先生の方からお話がありますが、私自身はここでも過渡期の中国政権の脆弱性とこの米中関係が深く結びついているというふうに考えております。
中国外交は、私の見方でいけばある意味での二面外交であるというふうに思っております。一つは、経済発展を進めていくためには、日米をひっくるめてアジア周辺諸国の経済協力というのを不可欠にしております。二つ目には、経済発展を進めていくために、その経済発展に専念できるための周辺地域における平和な国際環境というのを必要としております。この観点からは、中国はある意味で国際的協調外交というのを進めます。
しかし他方で、御案内のとおり、先ほども平松先生の方からお話があったような軍の近代化を中心とした、かなり強力な物理的強制力を背景にしたある種の国際的威信あるいは国際的なイニシアチブを確保、拡大していこうと、そうした外交も展開されております。最も象徴的なのは、これも御案内のとおり、東南アジア諸国と領有権を争う西沙諸島、南沙諸島、こういったところに見られる一連の動きであろうと思います。
この二つの外交は、ある意味での矛盾でありますが、しかしながらこれは中国の側から見ればそう矛盾ではないわけであります。問題は、そのときその場所に応じてこうした二つの外交を使い分けることができるか否かというところであるわけであります。私は、現在の台湾と中国との関係、ある意味での硬直した、出口が見えない、そうした政策というものは、まさにこの中国外交においては束ね役不在ということが深くかかわっているのではないかというふうに考えているということであります。
こうした台湾問題の本質二つというものを考えてまいりますと、ある意味での硬直した状況、中国側の政策的な硬直状況というのはどこからきているんだろうかと。私は、台湾政策の硬直性は過渡期政権の脆弱性を反映したものであるというふうに考えております。いわば現在の政権が思い切った手だてを打てない、ある意味では総統選挙後の台湾の出方に期待をかけると、そういった状況があるのだろうと思っております。
もちろん現在の中国の政権、江沢民体制というのはかなり固まってはきております。その意味で強靱性を加えつつあると思います。しかしながら、依然として脆弱性というのを多く抱え込んでいる。こうした強靱性と脆弱性の共存状況というふうに言えるのではないかと思っております。
この強靱性というのは、次に書きましたような七年ももった江沢民体制、一九八九年の天安門事件直後に鄧小平によって抜てきされた江沢民さんは七年間とにかく現在の体制というのをつくってきたわけであります。
それを最も象徴しているのは、昨年九月十八日、李鵬総理がフランスのAFPの訪中団との会見のときに使った言葉であります。それがここに書きました江沢民同志を首とした、首というのはこれはトップということでありますが、江沢民同志をトップとした新しい指導中心、指導核心というふうな表現を使ったということであります。ここでこういう表現をしていいのかどうか知りませんが、中国が北朝鮮の指導体制を言うときに、金日成同志をトップとした朝鮮労働党と言う、そして現在では金正日同志をトップとした朝鮮労働党と、こういうことであります。つまり、そこまで江沢民はリーダーシップを固めてきたということであります。
しかしながら、私はそれでもなおある意味での生き残り競争というのが先ほど申し上げた来年の十五回党大会をにらんで激しくなっているのではないかというふうに思っております。
これはあくまでも状況証拠でありますが、一つだけその事例を挙げておきますと、ことしに入って繰り返し語られている政治を重視せよ、思想を統一せよというキャンペーンであります。その中身は、一言で言えば党中央に対する高度な政治的一体化を保持せよということであります。つまり、ありていに言えば、江沢民体制に対する忠誠を尽くせということであります。一月、二月において、ある論評で、これは江沢民さん自身が言ったことでありますが、中国共産党中央政治局委員たちに対しても同じ要求を論文の中でしているということであります。政治局委員というのは江沢民さんをひっくるめて二十七名であります。これが中央であります。その中央に対して政治的な高度な一体化を要求するとは何事ぞということであります。
こういったことにそれが見てとれますし、それから台湾問題に関連して言えば、先ほど申し上げたように、昨年の一月三十日に江沢民さんは八項目のある意味で画期的な提案を行いました。この提案を行った直後に、この提案が期待した状況とは全く異なる状況が五月二十二日以来出てきたということであります。
こういう状況をある意味では踏まえて、解釈はいろいろありますけれども、事実だけを申し上げれば、ことし一月三十日、つまり江沢民八項目提案一周年記念、このときに集会が開かれましたが、江沢民さんは出席いたしませんでした。かわって李鵬総理があいさつ、重要演説を行いました。去年の一月三十日というのは中国の旧正月の大みそかであります。ことしの旧正月の大みそかは二月十八日でありました。この大みそかには新春の祝賀会が毎年行われます。ことしも行われました。江沢民さんは登場しました。登場はしましたが、単に司会を行っただけであります。あいさつ、重要請話はこれも李鵬総理が行いました。
三月初め、バンコクでASEM、ASEANとEUとのサミットが行われました。フランスはミッテラン大統領、ドイツはコール首相、インドネシアはスハルト大統領、皆トップが出席いたしました。中国は、江沢民さんはお休みで、李鵬総理が出席いたしました。
私は、これだけをもって何かを言おうとしているわけではありません。つまり、恐らく来年の秋に開かれる十五回党大会をにらんで、今、中国の政治状況というのはそう簡単なものではないということであります。台湾政策における硬直性とはまさにそれと深くつながっているということであろうかと思います。
確かに江沢民体制にとっては、台湾問題を解決すれば体制を、リーダーシップを固めていく上で非常に大きなきっかけになります。しかしながら、一九八九年五月十六日、鄧小平さんが当時ソ連のゴルバチョフ書記長と会ったときに、私は香港問題も解決した、日中関係もやった、すべての問題をやった、しかしながら台湾問題は残った、私は台湾問題の解決を見ることはできないであろう、こういうふうに言ったわけでありまして、そうした意味での難しさがあるわけであります。だとするならば、一つの中国原則を逸脱、妥協、軽視する、そうした政策はなかなかとれない。
その意味で中国の台湾政策は現在の段階においてはまことに選択の幅が狭い、こういうふうに言えるだろうと思いますし、次の手だては恐らくは総統選挙後の台湾あるいはアメリカの側からある意味での柔軟な提案が出てくる、それ待ちといった状況なのではないかということであります。
以上であります。