加藤良三の発言 (外務委員会アジア・太平洋に関する小委員会)
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○政府委員(加藤良三君) 外務省アジア局長の加藤でございます。
お手元に「北朝鮮情勢について」という資料を配付させていただきました。これに即しまして、若干敷衍しながら、まず冒頭の御説明を申し上げたいと思います。
「金日成主席死後の動向と金正日書記後継に向けた動き」ということでございますが、九四年の七月八日に金日成主席が死去いたしました。
そして、九五年七月から八月にかけましては豪雨による大規模な洪水が発生いたしまして、北朝鮮は国連諸機関などに幅広く支援を要請するということがございました。
そして、そこの(3)にございますように、九五年十月十日の労働党創建五十周年記念日に、金正日書記出席のもとに、閲兵式と百万人の大衆行進などが行われました。これは、党の記念日であるにもかかわらず閲兵式が行われるということに示されるなど、軍が前面に出る形で実施されました。金正日書記は、マスゲームや夜会を観覧するということで市民の前に姿をあらわしたわけでございます。
(5)の末段のところにございますように、金正日書記は九六年に入りましても前線部隊の訪問など軍関係の活動を主に行っているようでございます。
そして、金正日書記の後継準備は約二十年にわたって進められてきたものだと言われております。金正日書記は、いまだ労働党総書記、主席に就任しておりません。現在、同書記が国政全般を指導しているとの見方が一般的でございます。しかし、これらのポストへの就任時期については、いまだ確たることは不明な状況でございます。
金正日につきましては、党と人民の偉大な領導者であるというふうに呼称されており、また敬愛する将軍というふうにも呼ばれておるようであります。金正日と金日成の一体化のためのイデオロギー作業が進められているというふうに見られています。敬愛する将軍金正日はすなわち偉大な首領金日成であり、我が首領は将軍の姿で永生するというふうにも言われているわけでございます。
金正日の健康問題につきましては、引き続き注目すべきものがあると思いますが、現在のところ、少なくとも内部指導や執務に大きな支障があるとは見られていないというふうに思われます。昨年末、金正日書記に会った外国人の印象では、頭はしっかりしており、健康状態も問題は余りなかった、ただしお酒は一滴も口にしなかったというものがございます。
「最近の動き」というところでございますが、(1)にございますように、北朝鮮は従来から困難な食糧事情が伝えられておりましたが、昨年夏の洪水被害により困難の度が増しているものと見られます。先月、韓国の済州島で開催された朝鮮半島情勢に関する日韓米高級事務レベル協議におきましても、北朝鮮情勢は経済、食糧を中心に一層厳しくなっている、特に食糧不足については今後とも注視していく必要があるとの認識で一致いたしました。
この点についてでございますけれども、北朝鮮は種々の機会に各国に対し食糧支援を求めるようになっております。
情報によりますと、三月の初め、北朝鮮は在外公館に対しまして、接受国と現金決裁でなくて信用供与の方式で食糧を輸入するための交渉を即座に開始するよう大至急訓令を発した模様であります。アジアのある国の政府に対しても、駐在の北朝鮮大使から申し入れがあったことが確認されております。ただし、同国は余裕がなく、否定的な回答を行った由であります。中国は、先月訪中した洪成南副総理との間で二万トンの食糧援助提供の交換公文に署名いたしました。
食糧事情についてのエピソードでございますが、昨年末、ある国の在ピョンヤンの大使館が北朝鮮の政府関係者を招待してレセプションを催したところ、来訪したほとんどの人がテーブルの上に並べてある卵、肉、さらにはリンゴなどをその場では食べずに家に持ち帰ったというふうに言われております。家族に食べさせるつもりだったのではないだろうかとこの人は言っていたようであります。
また、昨年末、北京にある某国の大使館員によりますと、その人のピョンヤン駐在の同僚の話では、先月、大使館のある現地職員が同人に食糧を分けてもらいたいと言ってきたと。こうしたことはこれまでには決してなかったことである。北朝鮮でも、外国の大使館で勤務する者は一般市民よりも社会的地位が高く比較的裕福であり、またプライドも高いと言われているが、そうした人でも食糧が手に入らないようだと。現地職員は大体やせてきていて、食事を余りとっていないように見える。家庭に暖房がないということから、朝出勤してくると、まず暖房の周りに集まって一時間ぐらいはじっとしているということを申していた経緯があります。
他方、最近、北朝鮮を訪問いたしました日本人によりますと、自分たちが見る限りでは食糧不足の深刻さは実感できなかった、しかし停電が頻繁にあり、エネルギー不足であることは間違いなかったということでございます。
また、本年初めに訪朝した外国人によりますと、若干驚いたのは、北朝鮮の一般庶民、例えば運転手や食堂のウエートレスといった人たちに至るまで、最も食糧が必要なタイミングで日本が相当の食糧援助をしてくれていることを知っている、そして感謝しているということを述べていた一ケースがあったようでございます。
このような状況ではございますけれども、これまたある外交団、政府関係者の観測でございますが、現在韓国においては前大統領、元大統領に対する訴追公判の手続が進行中でございますけれども、このような動きというものが、北朝鮮において見ると、例えば統一が起こった暁に、今韓国で起こっているようなことが自分たちに起こる運命であるというような感じを与えまして、そのために一時的に北朝鮮の中の結束を固める方向に作用しているという観測を述べた向きがございます。
次に、亡命者の件でございますけれども、韓国への亡命者は、九〇年以降、年間七名から十名でございましたが、九四年、九五年には四十名程度に増加いたしております。もっとも、九四年に増加した背景には、シベリアで働く北朝鮮伐採工の亡命を韓国が受け入れることにしたという事情もあるように考えられます。本年に入ってからも、在ザンビア大使館の書記官、空軍。パイロット、科学者などが韓国に亡命いたしました。中朝国境、中国と北朝鮮の国境を越えて中国に逃げ込む者もふえていると言われますが、その数など正確な実態は不明でございます。
こういうふうに亡命者が増加していることは事実でありますが、現在のところ、これが散発的なものでないという確証もまたないように思います。すなわち、亡命の背景には、それぞれ個人的な事情も絡んでいるというものがあるように見られるわけであります。亡命者の増加が体制の動揺を示すものか否かについては、まだ慎重にこれを見きわめていく必要があるだろうと思います。
先月二十三日、ミグ19で韓国に亡命いたしました李チョルス大尉が、三十歳の人ですが、記者会見で、一応亡命の動機は、人民が飢えているのに権限を持つ者の不正と横暴が盛んであるなど社会内部の不正腐敗のためである、人民は虐待され飢えつつあるのに金正日は戦争準備に全力を注いでいる、このような社会ではもう生活できなかったなどと述べておりますが、昇進問題での不満もあったというふうに言われております。また、三十一日に韓国に亡命した科学者の場合には、科学者同士のあつれきや研究が正当に評価されない実情に対する不満もあった模様でございます。
九四年には康明道という人が亡命いたしましたが、この人は姜成山総理の娘婿と言われました。北朝鮮の放送は、この人は姜総理とは何の関連もない人間であって、莫大な国家の公金を横領した犯罪者で、姿をくらましたため関係機関の捜査対象となっていた者であるというふうな位置づけを行っております。
いずれにいたしましても、韓国は北朝鮮からの亡命者に対して、従来は越南帰順勇士特別報償法という法律によりまして報償金の支給や住宅の提供など特別待遇を施しておりました。しかし、亡命者がふえてきたことに伴い、九三年十二月から帰順同胞保護法という別の法律を施行いたしました。そして、金銭面での援助を減らし、生活保護対象として扱うというふうに今はなっていると承知いたしております。
次に、お手元の資料の2の「北朝鮮軍事情勢」についてでございますが、ここは防衛庁の方からも御説明があろうと思いますので、私からは簡単に。
(1)にございますように、一九六二年以来、全人民の武装化、全国土の要塞化、全軍の幹部化、全軍の近代化という四大軍事路線に基づいて軍事力を趨勢として増強してきておりまして、現在も、深刻な経済不振にかかわらず、依然としてGNPの約二〇%から二五%を投入していると見られる実態があることを申し述べます。
また、軍事力は陸軍中心の構成で、地上戦力の約三分の二を非武装地帯付近に前方展開しているということもまだ変わっていないというふうに承知いたしております。核兵器開発の疑念につきましても、末尾のところに記してあるとおりでございます。
最近の動きを若干振り返って言いますと、人民武力部第一副部長による談話で、朝鮮半島の休戦状態は限界点に到達している、軍事境界線の非武装地帯の地位をこれ以上維持することが不可能になったという状況に伴う諸措置が盛り込まれた対応策を講究するのだという発表が三月二十九日に行われました。
四月四日には、軍事境界線と非武装地帯の維持管理に関する北朝鮮側の任務を放棄する旨の発表が行われました。そして、四月五日から七日まで三連夜にわたり、一個中隊規模の武装兵力を共同警備区域内に配置した後に二、三時間で撤収するという示威的な行動が繰り返されました。それから四月十一日、北朝鮮軍兵士が軍事境界線南側に侵入後、撤収したというケースもありました。そして、韓国の西海岸において北朝鮮海軍警備艇が北方限界線を越境後、撤収したということが四月十九日、五月二十三日に起こっております。
北朝鮮空軍ミグ19パイロットの韓国への亡命については、先ほど申し上げましたとおりでございます。五月二十三日のことでございました。
3には、「北朝鮮の核兵器開発問題」について若干の記述がございます。
米朝合意の経緯でございます。
(2)にございますように、この問題で北朝鮮は九三年にはNPTからの脱退を決定いたしました。その後、国際社会の粘り強い働きかけや米朝協議が断続的に行われ、北朝鮮は脱退の発効を中断する旨表明いたしました。しかし、九四年三月にはIAEAとの間で事前に合意していた査察活動の重要な一部を拒否、九四年五月から六月にかけて、IAEAとの間で保管方法について合意に達しないまま実験炉から燃料棒の抜き取りを行ったということで事態が緊迫し、国連安保理において協議が行われるに至ったわけであります。
こうした中で、九四年六月中旬、カーター米元大統領と北朝鮮の金日成主席との会談が実現し、これが契機となって米朝協議が再開され、金日成主席の突然の死去による中断はあったものの、九四年十月の米朝合意の成立に至るわけでございます。
その流れとして、KEDOにつきましては九五年三月、これが正式にコンソーシアムとして発足いたしました。これは、北朝鮮における軽水炉プロジェクトの資金手当て及び供与と、第一基の軽水炉建設までの間、北朝鮮の黒鉛減速炉からのエネルギーにかわる暫定的な代替エネルギーの供給などをその目的とするものでございます。
次のページの(2)にございますように、九五年九月以降、軽水炉プロジェクトに関する供給取り決めの交渉が行われ、九五年十二月十五日、ニューヨークにおいて正式署名され、即日発効いたしました。現在、実施細目につき定める議定書交渉、プロトコール交渉がKEDOと北朝鮮の間で行われております。この交渉において、これまでのところ、概して北朝鮮は非常に実務的な対応をしてきたというふうに思われます。
「コメ支援・洪水支援」でございますけれども、4の(1)にございますように、九五年六月には、赤十字を通じて無償十五万トン、延べ払い輸出による十五万トンの計三十万トンの支援が確認されました。十月、二十万トンを追加的に延べ払い輸出することが確認されました。これらの支援、日本からの計五十万トンの輸送は四月に完了いたしております。
北朝鮮に対する経済協力については、日朝国交正常化交渉の妥結が前提になるという政府の方針に変わりはございません。
なお、我が国による支援を一つの契機として韓国からの支援が行われるに至ったわけで、またこのような日韓からの支援が行われた延長線上で、北朝鮮は洪水被害について国際社会に支援を要請するという流れになってきたとも考えられます。このように、日本からの支援は、北朝鮮が国際社会に向けて開かれていくことを慫慂するという観点からも、一定の成果があったと言えるのではないかなというふうに考えております。
北朝鮮の洪水被害に対しては、まず昨九五年九月、日本は諸機関の努力支援のため総額五十万ドルを拠出いたしました。
洪水被害に対する国際社会の支援に関連して、本年初め、北朝鮮側は国連諸機関に対して追加アピールの発出は不要であるとの意向を表明いたしました。どうも軍の方が横やりを入れたと申しますか、外国の人が来て自分の国の中をのぞき回られるというのは余りいいことではないという感じが軍の側にあったようでございます。しかしその後、改めて国際機関の支援を歓迎するという立場を明らかにいたしました。そして、途中を省略いたしますが、本年の六月六日、日本時間七日未明でございますが、国連人道問題局が昨年九月に続く追加支援アピール、四千三百六十万ドル相当のものでございますが、これを発出いたしました。
「日朝国交正常化交渉」については、これまで八回の本会談を実施いたしましたが、九二年十一月の第八回本会談で、北朝鮮側が李恩恵問題に関する実務者協議から一方的に退席し、次回日程も決めずに終了したまま会談が中断されて今日に至っております。
九五年三月、日本の連立三与党代表団がピョンヤンを訪問し、朝鮮労働党との間で日朝会談再開のための合意書が合意され、これが発表されました。
我が国といたしましては、交渉再開の段取りについて話し合うため北朝鮮側と接触を行ってきてはおりますが、再開の具体的時期等については決定されておりません。
経済協力については、先ほど申し上げましたとおりで、日朝国交正常化交渉の妥結が前提になるというのが我が国の一貫した方針でございます。
以上でございます。