砂田圭佑の発言 (災害対策特別委員会)

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○砂田委員 私の地震の体験によりますと、私のマンションでは、二階の部分が押しつぶされて高さが半分ぐらいに、天井が半分ぐらい下まで下がってくるという状況でありました。
 その日の朝は、マンションの人たちがたくさん、着のみ着のまま、寝巻きのままで出てきて、そしてその中から生き埋めになった人たちが助けを呼ぶ声を聞きながら、何とかしょうと。しかし、コンクリートの中に閉じ込められた人たちを助けるということは容易なことではございませんでした。
 そこで、一番最初は、消防署に頼もうということになって、バイクを持っている人が消防署へ走っていきました。そして警察へも行きました。しかし、もうそこはそれぞれ、大震災の中でありますから、もぬけの殻で人っ子一人いない。肩を落として帰ってこられたが、依然として生き埋めになった人たちからの助けを呼ぶ声が、本当に何とも言えない思いで聞いておりました。
 それじゃしょうがないから、男手でみんなで何とか掘り出して助けようということになりましたけれども、周りは十五センチからのコンクリートに固められている中では、全く手を打つすべがありませんでした。我々は災害に対して全く無知である、災害が起こった後どうやったらいいのかということについては全く無知であったことを本当に強く思い知らされたわけでございます。
 例えば、大地震が来たときに、海岸の近くに住んでいる人は、あるいは津波が来るかもわからないということを前もって知識としてあれば、高台に避難をするというようなことだけでも人命は救われますし、そしてまた、災害が起こったときの心構えというものを小さいときからいろいろな形で教育として受けていれば、それなりに避難をするすべ、そういうものもわかってくるのじゃないか。
 私は戦争中に小学生で、空襲警報が鳴って爆弾が落ちたら目と耳を押さえて伏せろ、こういうふうに教えられておりました。それが有効であったかどうかわかりませんが、やはり爆弾で亡くなる人は目が飛び出し、耳が聞こえなくなるのが一番多いことでありましたから、そういうことも一つの危機に対する教育ではないかという気がいたします。
 そこで、そういう知識の普及あるいは子供たちへの災害教育ということがどこかで行われているか、あるいは国土庁でもそういうことをお考えになっているかどうか、お伺いをしたいと思います。

発言情報

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発言者: 砂田圭佑

speaker_id: 21639

日付: 1998-04-09

院: 衆議院

会議名: 災害対策特別委員会