大森礼子の発言 (行財政機構及び行政監察に関する調査会)

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○大森礼子君 評価をめぐって調査会で参考人質疑があったわけですが、私いまだによくわからないのが、評価というのは非常に中身がいろいろありまして、参考人のお話を聞いていても、この方の頭の中にある評価と我々の考えるのとお互い違っているのではないかと、こういうふうに思うことがあるわけです。
 評価といっても、例えば私という人間でも、国会議員としての評価、弁護士としての評価、人間としての評価、いろいろあるんですけれども、何を目的にするものかということが決まらないと後の具体的な論議ができないんじゃないかという気がして仕方がないんです。
 それで、調査室の方の「評価制度関係資料集」というのをいただきまして、この中の三ページにも、これは「政策評価の理論とその展開」という、ここから作成されたもののようなんですけれども、この中でも評価という言葉が「多義的な解釈が存在し、これらの解釈に応じて多くの学問分野が関わっている。したがって統一的な定義がなされないまま理論化が進められ、実務への適用の議論が重ねられていると言ってよい。」と。それでちょっと飛んで、「「評価」の内容の複雑さ、使われる「専門用語」の多様さ、それによって生じる難解さは深まる一方である。」とあるんですが、本当に同じような思いがいたします。
 それで、例えば先ほど来の政策評価、この作業に投じる予算の割合であるとかスタッフの養成とかいろいろあるわけなんですけれども、これを考えるにつきましても、我々がここで考えている評価というものが一体何を目的とするものか、これをまず明確にする必要があるのではないかと思います。
 同じく調査室がつくってくださったこの資料の中で、これは岐阜県地方自治大学校の「政策評価モデル」、この中からの抜粋があります。この項目の七のところで、例えば評価について、評価の結果をだれがどのように活用すべきか、これが大事であるということと、それから次に政策決定者のための評価情報なのか、それとも民衆のための情報なのか、それから次に管理統制のための評価が、自己改善のための評価が、こういうふうな分類がされているわけです。このどちらをまず優先して考えるべきかによりまして、スタッフのあり方とか養成の仕方とかというのはその目的によりまして評価の手法も異なってくると思うからです。ここら辺が違ってくるのではないかと思います。
 それから、参考人質疑のときにも第三者機関ということについて私何回か質問したんですけれども、第三者機関のあり方につきましても、例えば政策決定者のための情報としてこれを重視するのか、あるいは国民への情報提供を重視するのか、あるいは管理統制のための評価か自己改善のための評価かによりまして、第三者機関のあり方というのはおのずから違ってくるだろうと思います。例えば、国民に対する情報提供である、あるいは立法府による行政チェックなんだとすれば、第三者機関というのはおのずから立法府のもとに置かれる、あるいは本当に客観的な第三者機関というものを用意するということになるであろうと思います。
 それで、これからこの評価の取りまとめに入るわけなんですけれども、まず調査会としては、この調査会の提言、意見というものを実務的にどのように実現していくか、これが目的だと思うわけなんです。そういう実務的な観点からしますと、評価の特にどちらをまず優先すべきなのか、それから対象をどうすべきなのか、これらの範囲を少し限定した方が議論が進めやすいのではないかと思うわけですが、委員の方の御意見をまたお聞かせいただければと思います。

発言情報

speech_id: 114214277X00319980511_015

発言者: 大森礼子

speaker_id: 25326

日付: 1998-05-11

院: 参議院

会議名: 行財政機構及び行政監察に関する調査会