猪熊重二の発言 (行財政機構及び行政監察に関する調査会)
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○猪熊重二君 二度もしゃべらせてもらって申しわけないです。
今、志苫先生おられませんけれども、先ほど志苫先生がおっしゃったことは非常に重要なことでして、私も行政を一〇〇%信用するわけにいかぬという意味で政策評価ということは非常に重要なことだと。
要するに行政の効率性、有効性というふうな観点から、それをあえて政策評価という言葉で言えば政策評価ということは重要なことだ。志苫先生がおっしゃったように国会が決めた法律のその当否をだれが判断できるんだと。これは非常に重要なことで、私が申し上げたことと違うことを言っておられるように外見的に、一見。
ただ、私は、一つの行政執行と全く無関係に政策評価するということじゃなくて、ある行政を執行する場合には、例えば法律でいえば、この法律はこうこうこういう目的のために、これを実現したいためにこの法律をつくっこういう処置をするんだということが書いてあるわけです。あるいは予算なら予算でも、こうこうこういう目的のためにこうじゃああじゃ、こういうことになっている。その掲げている目的を達成するためにこの政策、この行政執行が適切であったか、あるいは不適切であったか、他に方法があったんじゃなかろうかという具体的、個別的な問題に関して政策評価するということは国会の政策決定権、要するに立法権、これと直ちに矛盾するわけでもないし、それを補完するものとして適切じゃなかろうか。
こういう意味で申し上げたつもりなんですが、志苫先生から、国会の政策決定を言えるのは国民だけじゃないかと。これはまことにそのとおりで、ちょっとその辺は一言だけ、個別的、具体的な政策評価。だから、政策評価政策評価と調査室で書いたのに書いてありますけれども、これを言葉どおり言うと政策評価なんて、国会のことをだれが評価するんだと、こういう言葉になるんです。
だから、行政評価ということと政策評価ということの区分けをやっぱりきちんとしておいていかないと論議がこんがらがるんじゃなかろうかと思います。