中山正暉の発言 (災害対策特別委員会)

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○中山国務大臣 御指摘は、御意見を伺わせていただきまして、参考にいたしたいと存じますが、災害対策基本法は、防災計画の作成等の災害予防から災害応急対策、それからまた災害復旧、復興までの一連の災害対策の基本を定めておりまして、総合的かつ計画的な防災行政の整備及び推進を図るものと、それからまた災害対策基本法のもとには、災害予防、それから災害応急対策、災害復旧、復興のそれぞれの分野で、例えば耐震改修法とかそれから災害救助法、激甚法といった各種の個別法が整合性を持って長い日本の経験で定められているところでございますが、現実の災害応急対策については、災害対策基本法に基づく国や地方公共団体の防災計画の定めておりますところによりまして、災害救助、それから消防、水防、自衛隊の災害派遣等各種の応急対策が一体的に行われているところであります。
 政府といたしましては、今般の豪雨災害に際し、災害対策関係省庁連絡会議を開催しまして、災害救助を含め、災害応急対策について連絡調整を行うなど、関係省庁が連携し、一体となって必要な対応をいたしていくことということでございます。
 私どもも、あの阪神・淡路大震災のときには、朝テレビで見たときには煙が二、三本上がっているような、そのときは何の動きもなかったわけでございます。あんな、六千四百三十名の犠牲者が出る災害が起こっていることは、テレビの画面で見ておりましても実感がありませんでした。
 それから、私がうわさで聞いたのでは、八尾飛行場には、自衛隊が朝早く飛んで、上空から撮影したビデオが六時間ぐらい八尾飛行場で停滞をしていたとか、それから、地方自治体の関係でも、自衛隊の出動を知事さんが逡巡したために、係長が、知事さん、もうぼつぼつ自衛隊に電話をした方がいいんじゃないですかということで動き出したとか、何か初動に大変な問題があるような印象を私も持っております。
 安政の大地震、新島と式根島が切れた、ロシアのプーチャチンの船が大変な大風で沈没してしまったとか、それからちょっと先を見ましても、一五九六年ですか、伏見城が大崩落をしまして、これは歌舞伎の題材にもなっておりますが、「地震加藤」、加藤清正が駆けつけて豊臣秀吉に大変お褒めをいただいたというような、そんな地震から、大正十二年九月一日の関東大震災、そしてまた先般の淡路大震災、こうして繰り返される災害にどんなふうに一体化していく、先生がお話しでございましたように、省庁再編が二〇〇一年の一月から行われるわけでございますので、すっきりした省庁再編に合わせて、こういう防災体制に対する国土庁としての責任も、私どもは先生の御意見を体していろいろと政府の中においても検討をされていかれるものだろうと思いますので、またいろいろ御指摘をいただきたいと思います。
 ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 中山正暉

speaker_id: 32328

日付: 1999-10-21

院: 衆議院

会議名: 災害対策特別委員会