古賀一成の発言 (地方行政委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○古賀(一)委員 私は、大臣としても、各団体と折々のチャンネルで意見をお聞きになっているということですから、それはそうだと思うのです。
私が申し上げたかったのは、もちろん、縦割り組織が、国から県、場合によっては市町村の課まで、全部ばあっと貫かれているという実態があります。それを結局打ち破るという大問題があるわけでありますけれども、これは容易なことではない。少なくも、自治省そのものも、やはりそれに似通った、自治省、知事会、財政課と、こういうやはり一種の、ある面では縦割り的な、内にこもった、その中で、実は地方自治というのが霞が関の中で押し合いへし合いで進まない。
だから、私は、先ほどの自治体衛星通信機構の話をしましたけれども、これだって、自治省の中で議論したって、いい、おもしろいアイデアは絶対に出てこないと思うのですよ。もっと、一般の国民なり有識者なり、あるいは、地方自治の総括をされる自治省が、もっと広い分野の意見を巻き込むような、そこまでの覚悟と仕掛けを持たないと、実際は、地方財源の移譲であるとか、要するに身内で、知事会と自治省と市町村長でやっているんだろう。やはり、国民的なバックをつけるというところまでやらないと、私は地方分権というのは進まないと思うのですね。
だから、何度も私がこの委員会で御披露した、市町村の合併のときだって、昭和二十八年に、自治庁のころに、ミス・ニュー・シティーコンテストをやって合併を促進したとか、ああいう殻を破った発想でやらないと、私はなかなか容易ではないと思うのです。
だから、さっきの宝くじの使い方というのは何か内にこもっている。だから、それを糧として、もっと外に、国民に訴えていく。国民の心を揺さぶる。あるいは、自治体だけではない、ほかの関係団体も巻き込んで分権しないと国は立ち行かない。私は、そのぐらいの、今までのやり方と違ったやり方というのが求められているのだと思います。これは、私の総括的な意見として申し上げておきたいと思います。
それで、時間は刻々とたちますので、急ぎます。
私はもう何度も聞いたのですが、まだ前向きの納得できる答弁を得られていない問題に、地方分権といいながら、地方の時代が大切だといいながら、現に起こっておること、特に、今度の平成十一年度予算、これ一つ見ても、全部、言葉とは裏腹に、実際は中央従属構造、大蔵省中心主義というか、そういうので現実に動いているのですよね。それについて、このやり方を続ける限り、幾ら言葉で言ったって、しかるべき地方分権の時代は来ない、こう思うのです。
ちょっと私に言わせていただければ、地方財政の四本柱といえば、地方税、地方交付税、補助金、地方債ですよね。
では、地方税は、もちろん三割自治で、三割強しかないので、これは地方分権には弱いという議論もありますけれども、その弱いと言われる地方税そのものが、今度の補正でも何でもそうですね、年末のぎりぎりに、国の方針で、突然、減税だ、地方単独は幾らだ、減税規模はこうだ、いわゆる大蔵と自治省の霞が関の折衝の中で突然決まって、それがだあんと地方自治体に指導されていく。三割という額の小ささだけでなくて、中身についても、そのタイミングについても、そしてそれは、地方自治体の意見も聞く余裕もなく、有無を言わさずというのが実は地方税自主財源の実態だと思うのですね。
それで、地方債、これは言われているように、さっきの新聞じゃありませんけれども、国につき合うと地方債は雪だるまだ、もうつき合えないという声が出るほど、実は、諸般の国の方針に従って、来年度末、百七十六兆。そして地方交付税も、二十兆の総額のうち八兆円穴があいているわけですよ。八兆円あいているのです。地方交付税の不足額も、自治省と大蔵でやりくりして折半しようとか言っておるのですが、全部それは金利つきの、全部借金ですよね、特会借入金にしても。
そうして見たときに、言葉では地方自治が大切だ、分権だ、こう言いながら、刻々起こっておるそういう節目節目の現象というのは、すべて中央に引きずられておる。大臣は所信の中で、国と地方は車の両輪だとおっしゃったのですけれども、まさに今の自動車のように、右の車輪が行けばこっちもいや応なしについていくような構造になっているのですよね。では、ハンドルはだれが持っているかというと、やはり国が持っているのですよ。両輪とは格好よく言われながらも、ハンドルはしっかり持っていて、国の財政という右の車輪が動くと、地方もそれにつれて動かざるを得なくなるという仕組みになっている。
だから、私はこの際、こういった構造、大蔵省中心主義あるいは国中心主義、こういうものを何とか突破口をあけなければならぬと思うのですが、それは何だろうといろいろ考えるのです。
さてそこで、私が持論として思うのは、地方財政について少なくも中期財政試算というものを、やはりこれを突破口にやるしかないと思うのですね。両輪といいながら、大蔵省が国の財政計画を決め、経済成長率についても本当は経企庁が決めるべきなんだけれども、大蔵の意向も強烈に聞いた中で修正をされ、法人税、所得税の収入が描かれて、そして大蔵は五年後、十年後の歳入欠陥はこうなります、どうするのですかということで政治なりマスコミなり国民に訴えているわけです。
地方からは全然そういう試算がないわけです。これはもう全く独立した立場にないと思いますね。おまえは黙っておれ、うちが来年の単年度の収支をやるまでは黙っておけ、まして中期の、向こう五年間にわたる財政計画を立てるなんということは許さないと言われるのが、そういう立場に置かれているのが地方財政そのものだと私は思うのですよ、あるいは地財計画だと思うのですよ。
だから私は、この際大臣に、少なくも突破口はどこか。いろいろあります、分権推進計画とかいろいろあるでしょうけれども、少なくも、地方財政の独立性を、自主性を確保するには、地方財政の中期試算というものを絶対来年からは策定する、素案でもいいから策定する、そういうことに取り組むべきだと私は思いますが、大臣の御所見をお聞かせいただきたいと思います。