谷中輝雄の発言 (国民福祉委員会)
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○参考人(谷中輝雄君) 今回の法改正に当たりまして、意見を述べる機会を与えてくださいまして感謝いたします。
私は、全国にあります社会復帰施設、これを束ねている会長として、それからもう一つの立場は埼玉県大宮市にありますやどかりの里、創設してことしで三十年目になります、現在も精神保健領域におけるソーシャル・サポート・ネットワーク、地域の中に在宅される方々を支え続けている活動を続けていますが、その立場から、すなわち社会復帰促進の面から意見を述べさせていただこうと思っております。
三十年目になりましたやどかりの里のことについて少し触れさせていただきますと、活動を開始した年は一九七〇年、昭和四十五年のことであります。まだ精神衛生法の時代でありまして、専ら精神障害者を入院させるという法律のもとに、社会復帰促進すなわち社会復帰活動が十分になされていなかった時代のことです。ですから、私は今振り返ってみますと、昭和の時代は、我々並びに精神障害者の社会復帰促進に関しましてはもう冬の時代であった。やどかりのことで申すならば、十八年間、無認可施設、補助金なしで社会復帰促進を続けてまいりました。
平成になりましてから、すなわち精神保健法の時代になりましてから、社会復帰施設が認可され、グループホーム、生活支援センター等、少しずつではありますが地域で活動の基盤をつくることができるようになりました。私は、平成の時代は春が来たと。とはいうものの、現実に社会復帰施設をつくるのは容易でございませんでした。何といっても地域住民の協力と理解を得ることが大変困難だったからです。加えて、施設を建設する際の財源の問題が私たちの法人を大変圧迫いたしました。思ったようになかなか社会復帰施設が進まない。少し焦りました。
しかし、平成七年に障害者プラン、平成十四年までにこれだけの施設の数の目標を達成しようと。既に資料がお手元にあるかと思いますが、これが立てられたとき、私の率直な感想を申し上げますと、いや、こんなにできるのかなと。例えば、援護寮が三百カ所、さらには授産施設が四百カ所。その当時は、この数を達成するなんというのはもう本当に夢のまた夢と思いました。しかし現在、私たちの仲間たちが各地で施設建設をしまして、ひょっとするといい線いくのではないかなという希望が持ててまいりました。相変わらず地域住民の方々の協力、理解を取りつけるのは困難でありますし、財源も十分ではございませんが、現在、精神病院に入院している方々を何とか地域社会に迎えようという努力が少しずつ実を結んできたのではないかというふうに考えております。
加えて、精神保健福祉士が誕生いたしました。私はここに期待をかけております。精神病院の中で長いこと入院している方々を地域に出すべく努力をする傍ら、地域の中に、精神保健福祉士が彼らをサポートする人としてその役割を期待しております。
振り返って考えてみますと、私は自分が社会復帰活動を推進してきた身でありますから、お金のないこと、地域住民の理解のないこと、なかなか医療との連携が図れなかったこと、いっぱい問題を抱えて、もうとても諸外国と比べますと日本の精神保健は絶望だ、こんなふうに長いこと思っていましたが、少し時間を置いて考えますと、この十年間の社会復帰促進はすばらしいものがあると。こんなふうに立ちどまってみますと、これは結構いい線いけるぞというふうな気もしてまいりました。
そこで、今回の法改正の重要なポイントは、その点から考えてみますと私はこんなふうに考えております。従来、精神病院から社会復帰施設へという流れをつけて、さらに社会復帰施設から地域の中へという流れをつけていきましょう、これが公衆衛生審議会における大方の御意見でした。今回の法改正は、この地域ケア並びに在宅ケアを可能にするための第一歩だというふうに評価しております。
これはどういう点から評価したかと申しますと、まず地域生活支援センターを社会復帰施設の体系の中に位置づけてくれたことです。私は、これから在宅ケアを進める際の中枢の働きはこの生活支援センターが重要な役割を担っているというふうに思っております。
そして、精神障害者居宅生活支援事業が始まります。ホームヘルプ制度やホームヘルパーの導入やショートステイ、これらを市町村で取り組むということが一つの方向として出てまいりました。さらに、これらのサービス利用のための相談、助言が生活支援センターに委託できる。となりますと、今後、市町村に、サービスの利用に関する相談、助言、したがって市町村の中にケアマネジャーのような役割を持った方の配置が必然的に必要になってくるのではないかというふうに思われます。
さらには、精神障害者保健福祉手帳並びに通院医療公費負担の窓口を市町村にし、徐々に市町村を中心にしたケアシステムを目指していこうという、そういう基礎を今回の法律がつくられたというふうに私の目からは見えてまいります。
しかし、課題も多くあります。各委員会の中で一つの問題になったのは、今、市町村は、母子に始まって老人のことで大変だ、とても精神保健を受け入れる余地はありません、さらには精神保健のスペシャリストを養成するのには十年、二十年かかる、なかなかその体制づくりができません、こういう意見がかなり中心を占めました。私はもっともだろうなというふうに思いました。
しかし、ここで重要なことは、この地域生活支援センターを市町村は第三セクター、すなわち民間あるいは社会福祉法人格を持ったところに委託しながら、すなわち民間の力を活用しながらこの支援システムをつくっていくということが可能になってきたということであります。そして、今後これは、既に先行しておる老人の施策、さらには他の障害、身体障害や知的な障害者と精神障害者が統合した施策を目指して、市町村単位にこの支援システムをつくっていくべきであろうというふうに考えます。先ほども申しましたように、このことで市町村にケアマネジャーの導入を図る必要があろうかと思います。
私は、小さな市町村ではこれらの障害並びに老人も視野に入れて一本化した方がよろしいと思いますが、大都市におけるケアマネジメントを考えますと、それぞれ、老人、身体、知的、精神、これらを専門とした方々のネットワークをつくり、相談の窓口を一本化する、こういう努力が今後必要ではなかろうかと思います。
さらに、社会復帰施設のことでありますが、なかなか建設が思うように進まなかったのは、民間の手にこれをゆだねてあったからだと思います。むしろ市町村の役割を明確にして、社会復帰施設の設置、運営、査察、これらも市町村の役割、こういうふうに明記することによって中核の施設としての役割を担うことができるのではないかというふうに思います。
私は、各国と日本の施策とを比較しますと、いろいろとまだおくれている部分は十分あるのですが、一番貧弱なのは住宅政策だと思います。
いろいろなメニュー、すなわちいろんな居住プログラムが用意されております。例えばグループホームにつきましても、ケアつきであるとか、仲間だけで生活をするとか、幾通りもの多様なメニューが用意されていて在宅ケアを可能にしております。
私どものメニューは随分そろったんですが、この住宅、すなわち公営住宅に優先入居する、あるいはさまざまな住宅に住むことができるようなサポーターを用意する、こういったマンパワーの配置がまだ地域の中に十分でないような気がしてなりません。
そこで、私は第二次障害者プランとも言われるべきものを平成十四年度以降に用意する必要があるのではないかと思っております。すなわち、これは社会復帰施設を中心にした施設の整備に加えて、マンパワーの配置だと思います。地域の中に精神障害者のもろもろの生活を支援する方々をもっと配置することが在宅ケアを真に可能にさせることだと思っておりますので、今後の計画の中に第二次障害者プランなるものをつくり、十万人の方々を精神病院から地域に迎えるべく準備に入る必要があるのではないかと思います。
私は、社会復帰施設をつくるだけでは、なかなか社会復帰促進が進むとは思いません。ここは、精神病院のベッドをカットして、その分で地域の中にきちっとサポートシステムをつくる、こういう思い切った政策がない限り、現行の精神病院のベッド数は今のままずっと行くのではないかと思います。
しかし、現実には、何らかのケアがあれば、精神病院の中でなくて地域の中で暮らすことが可能な方々が八万とか十万とか精神病院の中にいるということであるとするならば、早急にこれらの方々が町で住めるような施策を具体的に立てるべきときが来ているのではないかと思います。
この最後のお願いを申し上げまして、私の意見を終わります。