中山正暉の発言 (建設委員会)
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○中山国務大臣 今、突然の御質問でございますけれども、私は、民主主義というのは最大多数の最大幸福ということだと思っております。
行政の及ぶ範囲というのは、技術とそれから潤沢な資金さえあれば、国民のできるだけ多くの人を幸せにするような、行政の中での治山治水、それからあらゆる生活面における、いわゆる介護の問題なんかでも、財政支援によるか保険によるかは別にして、国の機構の中でどういうふうに少子高齢化を徹底して、網の目をだんだん狭くしていって、一人でもそれから漏れる人がないようにするというのが、私は民主主義の極致ではないかと思っております。
その中でまた、いやそんな勝手に、おれがどこへ住もうと勝手だよ、山の上に住もうが、滝が見えるところへ住んで崩れたら、もうそれはおれの運命だと思う、そういう人たちに対して、先生がおっしゃるように、憲法上、どこへ住もうと勝手だということになっておりますから、自分の土地に自分が家を建てて住むのに、それにどうするんだと。
だから、私は、親切を理解してくれる人たちに対する民主主義の徹底といいますか、国が個人に対してどんなに親切にしていくかということを理解してくれる人以外は、もうこれはどうしようもないと思います。縁なき衆生は度しがたしと。
衆議院の衆という字も、余計な字の講釈で恐縮ですが、これは四つの衆、衆というのは、いわゆるお釈迦様が説教をする場所を与える人のことを発起人、これは言葉で残っています、発起衆。それから、お釈迦さんの話を聞いて、わけがわからないけれどもありがたいと思うのは、当たるという字とそれから機械の機、当機衆というそうでございます。それから、お釈迦さんと縁を結ぶけれども人には広めないというと結縁衆、縁を結ぶ人。それからあとは、こうだよと言って広げて歩く人。この人は、お釈迦様はすばらしいことをおっしゃっているよというのは、これが影響衆というんだそうです。その四つの衆を相手にしなさい、そのほかは縁なき衆生だ、こういうことでございます。
その範囲をいかに凝縮していくかというのが、哲学的な話ということでございますから、お許しを得ましたら、そういう人をいかに取り囲んでいって、安全な囲いの中に国家というものが入れるというのが、私は使命のような気がいたします。
私なんかは、戦争が済んだとき中学校一年生でしたから、戦争中、防空ごうへ入れというのに入らなくて死んだ人、それから、戦地に出征していった人には公務扶助料とかそれから遺族年金とかいうので出ていますが、これは、戦地でB29から落とした爆弾で死んだ人には公務扶助料とか遺族年金とかが出るのに、日本の国内にいて、同じようにB29から同じ爆弾で死んだ人には何も出ていません。それはどこが違うかというと、勇躍してというのが入るそうでございます。勇み躍って戦地に行った人には国が責任を持たなきゃならない。
そういう範囲、これをできるだけできるだけ網の目を小さくしていって、そして国民みんな一人一人が幸せになっていただく、私は、これが国家の発展していく、近代化がますます進んでいく、そういう国家の使命なんじゃないかなと。
何かわかったようなわからないような話でございますが、そんなふうな、直観的に、今先生の御質問を受けて、私なんかはもう余命幾ばくもありませんが、先生なんかはこれから本当に広がる人生、広がる国家への責任というのを持っていらっしゃいまして、ぜひ次も御当選されることを今から祈念いたしております。