脇雅史の発言 (国土・環境委員会)
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○脇雅史君 自民党の脇雅史でございます。
環境庁長官の所信表明に関しまして、幾つかお尋ねをさせていただきます。
環境庁発足以来、約三十年ほど経過をいたしました。来年の一月から新たに環境省として発足される。非常に我が国の環境行政にとって大事な時期に現在あるというふうに認識をするわけであります。
そんな中で、これから環境行政というのはどんな方向へ進んでいくんだろうかということなんですが、長官の過日の所信の中で、基盤となる環境を守って子孫に引き継いでいくということを言われております。
従来の環境行政、これは、今ある良好な望ましい自然環境をできるだけそのまま子孫に引き継いでいく、残していくということ、そして我々人間にとって害のあるものはできるだけなくしていこう、どちらかというとその辺だったのではないかなと、スタンスが。
ところが、これからはそれだけではだめだと思うんです。守るということではなくて、環境というものをもう少し大きくとらえていただきたい。環境即自然環境ではなくて、我々の身の回りはすべて環境であります。生活環境、住環境、いろんな環境があります。そのすべての環境を網羅した環境省であるべきではないか、私はそう思うわけであります。
去年、環境省設置法が通りましたけれども、設置法の記述が必ずしもそういう解釈であるかどうかは若干分かれるかもしれませんが、読んでみますと、「環境省は、地球環境保全、公害の防止、自然環境の保護及び整備その他の環境の保全(良好な環境の創出を含む。以下単に「環境の保全」という。)を図ることを任務とする。」。つまり、これをそのまま素直に読みますと、良好な環境をつくっていく。それは自然環境だけではなくて、例えば道路をつくれば何かは失われますが何かが得られる、得られるものと失われるものとを比較して、一体その道路をつくることが環境としていいことか悪いことかを判断しなければいけない。これは、口で言うのは簡単なんですが、極めて難しいことがあります。国民の間でも必ずしも意見が一致するわけではない。
例えば、原子力発電所をつくる。これは、電気が皆さんのところへ行き渡るようにして快適な生活環境を保障するものであるかもしれないが、そのつくられる地域ではさまざまな不安を引き起こす、それをどう判断するか。それを環境省という役所はあわせてこれからは判断をしていただきたい、国民に、こういう理由で今回はつくった方がいいと思う、今回はやめた方がいいと思うと。それをやるには、それぞれの行政についてのプロ、エキスパートでなければいけないのであって、エネルギー政策にも精通している、あるいは公共事業のさまざまな分野についても精通している、そしてそれらを総括的に広く考えて、環境ととらえて判断をする。
この判断は、一朝一夕にできるものではもちろんありませんし、先ほども申し上げましたが、国民の間でもきちっと決まっていくものではなくて、さまざまな議論を常に積み重ねていく、そしてその議論を公開しながら、これから我が国が二十一世紀に向かっていくときに、こういうことで今回はこれをやるということを明確に示していかなければいけない。その意味で、環境省の職員になられる方々は非常に大きな責任を負わされることになるというふうに思うわけであります。その責任をいかに果たしていくのか。
今私が申し上げたようなことについて、長官としてどのようにお考えなのか。これは、長官お一人の意見というよりも、長官の後ろには我が国の環境の皆さんがずっとついておられて、長官がどの山に登れと言うのかを見ていられるわけです。あの山に登るんだ、非常に高い険しい山だけれどもみんなで苦労してでも登ろうというような意欲があるのか、もう山に登るのは大変だから今までどおりぐらいでいいや、この平地でちょこちょこしていましょうと言うのか、やっぱり指揮官としてその辺の意思を明確にするということが、今できるできないは別にして、極めて大事だと思うわけで、少し前向きに、その辺の所信をもう一回お聞きしたいと思います。