田名部匡省の発言 (本会議)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○田名部匡省君 私は、参議院クラブを代表して、森総理並びに関係大臣に当面する問題について質問いたします。
まず最初に、北海道有珠山は今日なお断続的な火山噴火活動を続けておりますが、いつまで続くかわからない避難生活をされている方々の対応について万全を期していただくようお願いいたしたいと思います。また、小学生の新入児童の子供たちが学校に行かれない様子が報道されておりましたが、これもまた大変な問題だと思います。いずれにいたしましても、被災された方々に心からお見舞いを申し上げる次第であります。
また、森総理には、八十五代、戦後二十六人目の総理就任、心からお祝い申し上げます。福田先生、安倍先生も心から喜んでくれていると思います。心からお祝いを申し上げたいと思います。
小渕前総理には、志半ばにして病に倒れ、その心中をお察し申し上げ、心からお見舞いを申し上げ、一日も回復の早からんことをお祈りいたします。
私は、郵政政務次官、通信部会長、逓信委員長時代に大変お世話になりました。奥様初め、お子様方が今なお看病に当たられておることを思うと、どんなお気持ちでおられるか言葉に言い尽くせない気持ちであり、一日も早い御回復をお祈り申し上げる次第であります。
さて、危機管理の問題を総理並びに官房長官にお伺いいたします。
一昨日以来、各党代表の質問に対し、小渕前総理の病状について官房長官は静かに見守ってほしいとの気持ちを話されております。私もそのように思います。
その中で前総理の病状について発表することによって混乱が生じたり誤解を招くなども考えられるので、御家族、医師団の了解なしに発表できないというその考え方を尊重すべきだと思います。しかし、そのこともわからないわけではありませんが、ごく普通の家庭や我々のような一国会議員と違って、一国の総理となるとどうでしょうか。日本の最高責任者という立場であれば、家族、医師の考えを優先すべきか、公人としての立場を優先すべきか、この質問をするのも実は迷いました。気持ちでは理解できていても、それでいいのかという疑問が残ったのも事実で、病状を発表することによって国民がどのように混乱するのだろうか、どんな誤解が生ずるのだろうかとも考えてみました。それよりも緊急事態が発生していたらどうされたのかなということの方が最高責任者として批判されたのでなかったかと思うので、お考えをお聞かせいただきたいと思います。
次に、行財政改革について質問いたします。
森総理は学生時代ラグビーの選手、私はアイスホッケー、バスケットボールの選手でした。試合で負けたときはどうしました。まず、何が悪かったか反省することから始まり、選手個々の能力を高め、スピードのない者はスピードを高め、パワーのない者はパワートレーニングをし、優勝を目指すでしょう。日本の再生の方向を目指すのも同じだと思うんです。
このことから考えると、私は橋本内閣の財政改革法は間違いではなかったと思います。ただ、時期とかタイミングが悪かったと思う。その第一は、バブル経済の処理の失敗、金融機関の不動産への融資はとめたが住専の方は認めていたことによって、六千八百五十億円の国民の税金から投入、これが金融機関へと国民負担が続いていったのであります。
第二は、消費税の引き上げ等時期のタイミングの悪さです。すなわち、日本経済の六〇%は国民の消費によって保たれていることを考えれば、政策の大失敗だったと思います。しかも、その後、住専や金融機関の処理を見ていると、法的処理も経営責任の追及もなく、破綻した長銀、日債銀の金融処理のツケにより国民一人当たり六万円という多額の税負担をさせ、しかも退職金は頭取が六億円の返済を求められたにもかかわらず返済にも応じていない様子ですが、実態について御報告をしてください。以前の状況では、長銀が二十三人が二十九億円の退職金、うち自主的返還額は五億五千万円、日債銀は十六人で十九億円、うち返還額が一億五千八百十万円でした。
私が橋本内閣の財革法は間違いでなかったと申し上げたのは、この財革法は景気対策に逆行しないと思うからでありました。さきの衆議院選挙で有権者に訴えたのは、今消費税の引き上げは景気の状況から反対であり、引き上げを認めれば政府は行政改革の努力をしなくなる。国に改革の苦しみを味わわせることと、三年の間に、政治家の定数が多いというなら削減をさせ、小さな政府を目指し、特殊法人等の原則民営化を先行させ財源を生み出すべきで、困ったからといって国民に負担を求めることはすべきでない。努力してもなお不足の場合は、国民に説明をして協力を求めるべきだと訴えたのであります。
国鉄民営化によって料金が一度も上がっていないという事実を見れば明らかではありませんか。総理は、財政改革の重要性は認めながらも、景気回復をさせてからと言われているが、いつ回復し、どの程度回復したら取り組むおつもりですか。お答えをいただきたい。
また、堺屋経企庁長官がかつて提言したと言われている百兆円の財源は、国有財産の売却と公団の民営化、すなわち道路公団、空港公団、住宅公団を株式会社にし株式を売ればという考えをお持ちのようでしたが、今でもその考えに変わりはないか、できれば実行をしていただきたい、こう思います。お答えをいただきます。
次に、大蔵大臣にお伺いいたしますが、ゼロ金利政策についてお伺いいたします。
ゼロ金利は経済を前向きに動かすための緊急措置でしたが、いつまで続けるおつもりですか。この超低金利で、企業の借金利払いが助かるという面もあります。一方、大量の国債発行では金利が高くないと銀行は買ってくれない。逆に、利息が高くなると、膨大な借金を抱える企業は利払いが困難になる。一方、都銀の抱える二十五兆円の国債は、価格が下がると不良資産になります。金利が一・四%上がると五兆円程度の含み損となり、いずれにいたしましても大量の国債を保有することは二重の打撃になるわけであります。
専門家の皆さんによれば、日銀が供給するお金をふやしても、実際には融資会社に積み上がるか、金融機関に流れても国債保有につながるだけ。銀行の貸し出しはマイナスのままであり、金融システムの構造改革が先決で、景気が上向いたら金融の構造改革をやるというのは間違いだと指摘しております。かつて、渡辺美智雄先生や橋本元総理はつぶれる銀行があっても仕方がないと、よく私は聞きました。どちらがよかったのか反省してみる必要があると思います。
バブル期には、よくも悪くも土地があり、そこに金が流れてきました。今は何にもないのに投資の話だけでお金が流れる。そもそも銀行の貸し出しが落ちているのに、よりリスクのあるベンチャー企業に対する投資資金が集まる構造もおかしい。インターネットは確実に社会を変えるが、来年そうなるかというと、もっと先の話だとの指摘もあります。それだけに期待しても年数がかかる話であって、それまで国債発行を続けなければならない。
現在、自由金利定期一千万円以上六カ月で金利がたったの一万円であります。一億円で十万円。二〇%の税金を払うと、それぞれ八千円と八万円になる。
三月十七日、平成十二年度の公債発行特例法を国会で承認し、二十三兆四千六百億円、建設国債が九兆一千五百億円、合わせて三十二兆六千百億円の国債発行となりました。前国会でも予算案に反対いたしましたが、その理由は、毎年三十兆もの国債を発行しないと予算編成ができないことをどう思うのか、その責任はだれにあったのか、責任が明確でないことと、返済計画がないこと、政府は景気がよくなればと言い続けておりますが、よくならなかったらどうするのか、お伺いをいたしたい。
大蔵省の財政中期見通し平成十一年から十五年によれば、名目成長率三・五%を前提としても、公債金収入は毎年三十二兆から三十五兆円、公債依存度は最高で四〇%と見通しており、景気が回復しても借金は返せないという状況にあるわけであります。
三十兆円の国債発行をしても、経済成長率二%で税収増が一兆円である、残りの二十九兆円はどうされるのか。よもや成長率六〇%の達成は考えていないでしょうし、政府の目標は、〇・五か〇・六が国の見通しであります。しかも、利払いが三十兆円、借換債を含めて八十兆円と聞いておりますが、税収は五十兆円ぐらいでしょう。一体、今後どうされるのか、あわせて御答弁をいただきたい。
とにかく国も地方も、無責任ぶりには国民もあきれ果てていると思います。これが民間企業や国民なら担保を要求されますが、もし仮に役人や我々政治家が担保を求められたら、恐らくだれも賛成しないだろうと思う。本当に無責任だなと、こう思います。多額の国債発行をした人たちが定年退職し、現在の我々もまた予算編成ができないと言っては国債を発行する。そのツケは六百四十五兆円、国民一人当たり五百四十万円。標準家庭で二千百六十万の借金をしても、人ごとのように思っている国民。国民総無責任時代と言わなければなりません。
三重県の北川知事が大学の先生や専門家にお願いして、三重県が情報公開と評価システムを取り入れ、失敗したときは部長の責任を明確にし、大きな問題で失敗したときはみずから責任をとって退任することを県民に明言いたしました。私は、そのことを先般、北川知事から聞きました。
その専門家の方々がついでに国のバランスシートもやってみたそうでありますけれども、その結果、国の借金が九百兆円になるとのことでした。
先般も宮澤大蔵大臣に、このバランスシートをぜひ我が国でもやっていただきたい、ドイツと日本だけがやっていない国だということでお願いをいたしておきましたが、いつごろ取り入れるお考えか、再度お答えをいただきたいと思います。
次に、特殊法人についてお伺いいたします。
文芸春秋の五月号、堀内光雄元通産大臣告発手記で、「アラビア石油問題は氷山の一角だ 石油公団は解散しろ」という見出しで、「ペーパーカンパニーに赤字を押し付け、関連会社は丸儲け。 天下り役人の楽園・石油公団の存続を許せば、日本のエネルギー政策に未来はない」ということを、きのう私は読みました。
国会議員で事業家は少ないと思います。銀行に手形を持っていって苦労した人は一体今何人ぐらいおるでしょうか。その数少ない事業家としての見識の高さを感じました。
通産大臣時代にも思い切った発言や行動力を見せておりましたが、大臣をおやめになった途端、この問題はだれも問題にしないばかりか、そんなことがあったかなというような感じさえ受けます。まことに不思議な国会で、ここでも、自分のことでないものに対する無関心・無責任さを感じざるを得ません。
国民の負担に対する思いが国会議員にはないことが、国民の目にどのように受けとめられているでしょうか。それは、政治不信以外の何物でもないということを感ずるべきであります。
そもそも郵便貯金、簡易保険など、国民が汗を流したお金が財投資金として資金運用部に預託され、特殊法人に貸し出され、その特殊法人のもとで子会社、孫会社と言われるところが利益を出しているとマスコミでは報じられておりますが、しかも、連結決算もない会計検査院の検査もない、国会議員も国民も全くわからないところに政府の補助金、出資金が五兆円も使われている。
国民から見れば、預金でわずかの利息をもらい、その預金を貸した先の石油公団が一兆三千億、本四架橋が七千億以上の赤字、道路公団、住都公団、東京湾アクアライン等、皆赤字を出して、それに税金を投入してその穴埋めに使われるということを地元で話をすると、全然わからなかった、初めて聞いたという人ばかりで、結局、情報公開がいかに必要かということを理解させ、国民の意識を変えることが今のこの国にとって最も大事なことだと思いますが、総理の御見解を伺いたい。
現在、財投機関の情報公開で、特殊法人情報公開検討委員会でいろいろと対象機関の検討中でありますが、財投残のあるもので十機関が、情報公開の免除可能性があるものとして東京湾横断道路でありますとか空港公団でありますとか、そういう議論がなされておるようでありますが、特に国民の税金を投入した補助金、補給金を受けた特殊法人はすべて情報を私は公開すべきだと思います。どのように考えておるか、御意見を承りたいと思います。
行政監視委員会で参考人の方々の意見として、総務庁の行政監察局や会計検査院が統計を出すが実態の把握ができているわけではない、国がシステム全体を把握できていない点が怖い、議会中心のアメリカでは行政を監視する会計検査院は議会の方に置いている、審議会に関して隠れみのと言われるのももっともだと思う、チェックをどのように機能させるか政治の役割だ、行政に対するチェック機能が果たされるようにしてほしい、こういう意見が多かったのであります。
これに対して総理のお考えをお聞かせいただきたいと思います。
ここで私はいつも思うのですが、我が国は議院内閣制の国であって、すべて国会議員が責任を持って国民の意思を国政に反映させることになっておりますが、現在は、政府は各種審議会を初め国民会議等をつくり、一体、全体どのぐらいあってその報酬はどの程度支払われているか、おわかりでしたらお答えをいただきたい。
昨今の警察の不祥事、学校におけるさまざまな問題が起きていますが、最もよくその原因がわかっているのは当事者であって、その衝に当たる者が反省の上に立って改革案を出すべきであって、最も欠点を理解する人たちが大臣を中心に作業をすべきと思いますが、どうお考えですか。
むしろ、内部調査などは実態解明にほど遠く、外部調査、検査や監査機関をつくるべきであり、議会側に置くべきだと思っております。あるいは、オンブズマンのような民間の活用もあってもよいと思います。
私の方の調べでは、審議会は平成十年度で二百十二、有識者会議及び懇談会は平成十二年で百九十四ありました。
例えば、新官邸の基本設計に関する有識者会議は一時間二万二千二百円の報酬、新公邸の整備に関する懇談会報酬、同じようなものがなぜ二つもあるのかわかりません。しかも、報酬も一回九千円もあれば二万一千円、三万円と各省でみんな違う。参考的な意見は、国会議員がリーダーシップをとって決定するべきだと思います。
総理、私たちのスポーツにはルールがあって、その中では自由にプレーできる。ルール違反にはレフェリーが厳正にペナルティーを課す。選手は全世界共通のルールで試合に挑みます。こんな社会をつくろうではありませんか。
例えば、公平公正の原則を決め、困っている人は無料、それ以外の人は所得に応じて負担することをルール化すれば、医療でも介護でも、地方の市営バス、地方自治体の病院でも所得に応じてそれぞれ負担する人があって私はいいと思う。国において、この世の中でただというのはないんです。補助金等をいただいて、だれかが負担するからただになるのであって、一つの団体が補助金をもらうが、ほかにも補助金を何百と出すことによって、もらったからといって得にはならないことを国民に知らせるべきだし、すなわち、それぞれの団体が頑張って、自己努力によって、自分の税金の中から数百の団体に出さない方が得だということも国民にやっぱり教えるべきだ、そう思います。
時間がありませんので、まことに残念ですが、実はきのうになってから急に二十分の質問をしろと、こう言うので、どのぐらいかかるかわかりませんが、もう少し時間をいただいて、あと幾つもありません。
次に、選挙制度の改革でお伺いをしたいのでありますが、解散は総理の専権事項であるはずが、昨今見ておりますと、いろんな人がいつ解散だいつ解散だと、これは総理のこの権限を無視するものだと私は見ております。
もともと今の選挙制度は、政権交代可能な二大政党のために、いま一つは選挙に金がかかり過ぎるということで始まったのであります。しかるに、小選挙区制はおかしな面もあるが、もう一つの選挙に金がかかる方は全く手つかずになっております。政治家はみんな選挙に金がかかって大変だと金を集めるのに四苦八苦している姿を見ると、自分たちの権限で決めればできることであります。イギリスは二百万以上かければ失格だということを聞いておりますが、三百万か五百万に決めれば、金を集めることもないし、優秀な若い人たちも出られるようになると思うんです。どうぞ思い切って実行してみたらいかがでしょうか。
スポーツに例えれば、選挙の制度というのは、これは皆一緒でなきゃならない。例えば、地方の大会のルールと本番の甲子園の大会がルールが違うなどということはあってはならない、こう思います。
もっとお話をしたいことがありましたが、ただ……