土井たか子の発言 (本会議)

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○土井たか子君 私は、社会民主党・市民連合を代表いたしまして、森内閣総理大臣の所信表明演説に対して質問をいたします。
 森総理大臣の所信表明演説を聞いておりまして、私は、ここに森内閣の姿が正直に示されていると感じました。内容も具体性もないうつろな言葉の連続。その上あきれたことに、今最も議論すべき金融再生法見直しについての具体的言及もなければ、元建設大臣の逮捕についてもわずか一言触れておられるだけでございます。新生という言葉がちりばめられていますが、一体どこに、どんな新味があるというのでしょうか。ここに示されているのは、森内閣の自信のなさであり、未来への展望を切り開く構想力の欠如と無気力以外の何物でもありません。(拍手)
 森総理は、今度の総選挙で自民、公明、保守三党は絶対安定多数を得た、だから国民から連立政権への信任を得たのだと胸を張って言われました。驚きであります。自民党だけで三十四、連立三党全体では六十五議席も減らし、しかも、四割そこそこの得票率で六割の議席を得るという小選挙区制度のゆがみを通してなお、この数字なのです。どこをどう見たら国民の信任を得たなどと言えるのでしょうか。国民はこの連立政権を、また森政権を拒否したと考えるのが自然ではないでしょうか。
 選挙前の森政権は、小渕居抜き政権と言われました。選挙を経て、今回の内閣は、自民党の派閥均衡、順送り内閣、滞貨一掃内閣、このようにさえ言われております。森総理は、選挙による国民の審判に対して何の反省もなく、何の決断もせずに組閣されたのではありませんか。国民は大いに失望しております。
 私たち社会民主党は、少数党にとってより不利な比例区定数二十議席削減という暴挙の後の選挙において、平和と福祉を高く掲げ、女性と若者たちを前面に押し立てて議席を伸ばしました。
 森総理、与党は確かに今は数が多いでしょう。しかし、少数党を侮ってはなりません。なぜなら、あなた方があらわしているのは、既得権にしがみつく立場の停滞と衰退にすぎないからです。私たちがあらわしているのは、変革と可能性です。あなたたちは過去であり、私たちは未来であります。
 それが証拠に、私たちの周辺の動きをごらんなさい。半世紀にわたって厳しく対峙し続けてきた国に首脳みずから足を運び、相手側首脳としっかり握手と抱擁を交わした韓国。また、半世紀ぶりに平和裏に政権を交代させた台湾。勇気と変革の若々しいエネルギーが東アジアに満ちあふれております。変革を担ったのは、かつていずれの地域においても少数派として抑圧されていた人々でありました。
 南北朝鮮首脳会談の実施以後、ASEAN地域フォーラムなどに朝鮮民主主義人民共和国は積極的にかかわってきています。そして、日朝外相会談が初めて行われたことを積極的に評価したいと思います。南北朝鮮が対話し、交渉を進めている今、残るのは日朝国交の正常化が重要であります。韓国もアメリカもそれを望んでおります。
 平和と協力へ向かう東アジアのこのとうとうたる流れをともにつくっていけるのか、それとも旧来の冷戦の思考に凝り固まってこの流れにさお差すのか。日本が問われているのは、まさにこの選択であります。森総理は、朝鮮民主主義人民共和国にこれからどう対処されるおつもりですか。お伺いいたします。
 さて、森総理大臣は冒頭、九州・沖縄サミットで成果を上げたと報告されております。確かに、世界の首脳をお客として華やかに迎え、期間中何事もなく終了したという意味では成功であったかもしれません。しかし、既に諸外国のメディアからは、日本は議論の場としてのサミットを余りにお祭りやイベントにし過ぎたという強い批判が出ています。開催費用の巨額さを取り上げて反道徳的と非難する声さえあるのは、先ほどもここで問題になっておりました。
 中でも、森総理が事前に協議してみずから高い評価を受けたと述べておられた世界のNGOは、どう評価しているでしょうか。沖縄サミットの主要テーマでもございました重債務国の救済を目指す世界的なNGOジュビリー二〇〇〇、このジュビリー二〇〇〇は、サミット終了後記者会見をして、債務救済の約束が実行されなかったとして、史上最低のサミットだった、開催はむだだったとまで酷評しています。
 このような批判を、森総理はどう受けとめておられるでしょうか。なぜ債務救済について議長森総理はイニシアチブをとれなかったのか、伺いたいと思います。
 今回のサミットで最も見事にみずからの意思を発信したのは、開催地沖縄の人々でした。サミット直前には、二万七千人もの人々が嘉手納基地を取り囲み、米軍基地ノーの意思をはっきりと表明しました。海外のメディアからの関心も高く、基地の重圧からくる苦しみやそれに抗議する沖縄の姿を世界じゅうに訴え、アジアに今なぜこれだけの基地が必要なのか疑問視する声も上がり始めました。
 しかし、日本の森総理は、そんな中で、例えば普天間基地移転について、沖縄の保守層を含めた最低限の要求である十五年使用期限問題すら日米首脳会談で持ち出されませんでした。森総理は、沖縄サミットで一体何を発信しようとされていたのか、その意図と意欲を疑う声が現地沖縄で上がっております。
 総理、なぜ普天間移設の問題について一言も触れられなかったのでしょうか。お聞かせください。
 私は、この際、何のためにこの臨時国会が開かれたのかに関連し、緊急の課題として、政治家のあっせん利得行為にかかわる問題について伺います。
 中尾元建設大臣が在任中の受託収賄容疑で逮捕されたのに引き続いて、久世金融再生委員長に対する三菱信託銀行からの利益供与問題が明らかになりました。久世委員長は昨日辞任されましたが、それで問題は終わりません。
 ロッキード事件からリクルート事件、金丸事件など、現在に至るまで、地位、権限を利用した政治家のお金をめぐる腐敗事件は後を絶ちません。
 九〇年代の政治改革も、もとはといえば、この政治腐敗根絶の課題こそが出発であったわけです。しかし、事件の対象となった政治家は、受け取ったお金は政治献金であってわいろではないと抗弁するのが常でした。そして、既にあるあっせん収賄罪も、成立の要件が難しく、ほとんど立件されないままでした。こうした法のすき間をどう埋めて、政治家と金の不透明な関係をどう断ち切るかが、一貫して国民から求められてきたのです。
 社民党は、九七年、佐藤孝行議員の入閣問題をきっかけにして、自民党、さきがけとの閣外協力の条件に、あっせん利得罪を提起しました。これは、政治家がその地位を利用して役所、役人に口をきき、見返りに献金を受け取ること自体を禁じた、いわば法のすき間を埋めようとするものでした。
 ところが、自民党は、形だけは法制定に賛成するふりをしながら、政治資金規正法に従って届け出れば処罰しないといった、法に抜け穴をつくることに血眼になり、ついに社民党はこの問題をきっかけに閣外協力からも離脱したのであります。
 そのときの自民党の総務会長が、森総理、あなたでした。自民党内の取りまとめの責任者であった森総理は、最後までこの問題に積極姿勢をとられませんでした。
 当時、自民党の有力者から、あっせん行為は政治そのものという声が出て、唖然とさせられたものでありますが、今回も、同じ自民党有力者が、あっせん収賄罪があるではないかと言われ、話を十年も前に引き戻すようなことを平然と述べておられます。森総理、このまま政治倫理の問題を軽視し、法のすき間をいつまでも放置しておくおつもりでしょうか。
 あっせん利得罪について、野党は共同して既に法案を提出しておりますし、与党においても、公明党は積極姿勢です。
 問題は、自民党です。総理の決断です。自民党総務会長時代と同じように、次の国会、次の国会と法案の提出を延ばしていけば、そのうち国民の皆さんは忘れてしまってくださるだろうとたかをくくっておられるんでしょうか。トカゲのしっぽ切りのように、大臣をかえれば問題が解決するわけではないんです。この構造的な腐敗を根絶せずして、何が政治改革でしょうか。今がチャンスです。私たち社民党は、会期を延長してもこの法案を成立させるべきだと強く要求します。
 「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」憲法十五条が決めています。少しでも国民の不信を取り除こうと考えるなら、政治家みずからがみずからを律する法制定にもう少しまじめに、積極的になってしかるべきではないんでしょうか。総理のお考えをお聞きします。
 続いて、一兆九千億円の負債を抱え、民事再生法の申請を行ったそごう問題について伺います。
 総理は所信表明の中で、この問題をめぐって、経営責任の明確化や意思決定過程の透明性、あるいは国民の理解を求めることの重要性を述べられています。つまり、瑕疵担保責任条項や今回の金融再生委員会の処理の仕方には何ら問題はなかった、しかし、公的資金で私企業救済と見た世論が大反発して、話がひっくり返ってしまった、問題は国民の理解だと言われているようであります。
 事実、宮澤大蔵大臣も、七月十七日の大蔵委員会で、社民党議員の質問に答えられて、システムをシステムどおりに動かそうとしたのに、思わない反応が国民に出たと答弁されております。
 しかし、九七年の時点で、そごうは既に四千五百億円以上の債務超過であったことがわかっています。にもかかわらず金融監督庁が適格債権と判断されたことは、今でもなぞ中のなぞであります。そごうはそれから三年も、ワンマン経営者の指揮下、方向転換もせずに突き進み、今日の破綻を迎えたのです。また、旧長銀である新生銀行の債権をなぜ国が、つまりは国民が引き受けなければならないのか、国民は理解できず、割り切れない思いを抱いたのだと思います。
 ここで、話は先ほどのあっせん利得罪にもかかわってきます。こうした痛みを伴う処理を行うには、それを行う機関、人間に対する国民の信頼が絶対に必要だということです。もし、この過程に特定個人や団体、企業がその利益を図って介入しているのではないかと国民に一たび疑われたならば、そのとき、処理はできない、ひっくり返ってしまうということです。政治家を含む公務員の公正さ、透明性がいかに大切か、それが今回の教訓ではないでしょうか。
 そして、この処理に至るプロセスのわかりにくさはどうでしょうか。問題の所在をきちんと明示し、正確な情報を開示することの必要性を痛感します。
 そごうが民事再生法の適用を申請した後、一斉に株価が下がりました。巨額の債務を抱え処理を待つばかりのゼネコンの名が幾つも取りざたされております。真実を隠し一たび国民の信頼を失えばいかに破局的な事態に至ってしまうか、政治はこの教訓を厳しく自覚すべきだと思います。
 総理に伺います。
 今回のそごうの処理はどこが誤っていたんでしょうか。金融再生法の仕組みでしょうか。仕組みは正しかったが、適用の仕方を誤ったのでしょうか。それとも、国民の理解が誤っていたのでしょうか。国民に対する迅速で的確な情報の開示と説明はなぜなされなかったのでしょうか。
 さらに総理に伺います。
 特定の銀行から長年にわたって便宜を供与されていた人物が、金融再生委員長という最も厳しく公正さの問われる職務に昨日まで携わっておられました。国民の金融再生委員会への信頼が損なわれること甚だしいものがあります。
 しかも、総理は、組閣の前からその事実を知っておられたという。なぜ軽々しくこのような人事を行われたのか。内閣の任命権者としての資格を疑わせるに十分であります。
 さらに、辞任が行われるまで、総理は、報道を通じて、問題はないと言い続けられていたのが伝えられております。問題がないならなぜ辞任されたのか。
 総理、あなたの識見と指導力が問われていると言わざるを得ません。内閣を率いているのは総理ですか、それとも自民党の各派閥の長なんですか。
 次に、総理が最も力こぶを入れておられると言われている教育について伺います。
 今、教育、学校、子供の問題について心配をしていない人々はいないと思います。まさに全国民的な課題と言ってよいでしょう。
 しかし、教育基本法の抜本的な改正がいきなり飛び出してくることには首をかしげざるを得ません。むしろ、教育基本法改正や少年法改正の論議に深く踏み込むことによって問題は放置されてしまうと思えてなりません。上から命の大切さを説くよりも、子供たちの生き、学ぶ環境を整える方がよほど問題の解決につながるでしょう。法を変えて、どうして学級崩壊がとまるのでしょうか。
 子供たちの荒れるのも、クラスの崩壊も、暴力も、子供たちが人間として尊重されていないところから始まっているように私には思えます。自分自身の命と人生を何よりも尊重され、大切に思える子供は、他人の命と人生も尊重し、大切にするものです。町が子供を愛せば、子供たちは町を自然に愛します。国が子供たちを大切にすれば、子供たちは何を言わなくとも国を大切にするでしょう。(拍手)
 奉仕活動を学校で強制するなど、無意味どころか反発を呼んで逆効果であろうと私は思います。ボランティアとは、まず自発性を基本とするものです。ボランティアの強制など、言葉の矛盾であるばかりでなく、ようやく日本にも育ちつつある若者たちの本来のボランティア精神をも押し殺してしまうことになるでしょう。今さら滅私奉公など、お断りであります。
 総理、あなたは所信表明で、教育基本法を抜本的に見直す必要を言われました。教育基本法の何をどのようになさろうと考えておられるのですか。
 教育基本法の改正を提起しようとしている教育改革国民会議についてもお尋ねいたします。
 この会議は、小渕前総理の私的諮問機関として発足したはずです。小渕前首相が人選をされたと聞きますが、私たちには、一体だれが、どんな資格で、どんな権限を持って参加しておられるのか、皆目わかりません。恣意的に選ばれた人々の思いつきによって、最も公的な問題である教育がさらに混乱させられるなどということは許されるべきではありません。
 今の教育論議のどこに子供たち自身の声は反映しますか。日本も批准した子どもの権利条約には、子供の意見表明権が明記されています。現場の教師たち、父母たちの意見はどこに代表されているのでしょう。
 教育の問題は、次の世代をどう私たちが育てていくかという問題であります。きめ細かく、人手もかけ、お金も愛情もかけてこそ子供は育つ。基本は、単純なことをいかに誠実に行うかだと私は思います。
 そうして、最大の問題は、自分自身を律する法すら満足につくれない政治家や国会に、果たして教育を云々する資格があるのか、国民の納得を得ることができるのかということではないかと考えますが、総理、いかがでしょうか。
 時あたかも二〇〇一年度予算の概算要求の始まるときであり、この二十一世紀最初の予算の内容や予算編成のあり方を大胆に改革すべき千載一遇のときでもあります。
 森政権が政治主導を強調されるのであれば、生活再建予算を組んで、財政再建元年として国債依存度引き下げの展望を示されるべきでありましょう。その第一歩として、国債発行額はことし以下の水準とすることを私の方から提唱して、総理の明確な御判断を求めて、質問を終わります。
 ありがとうございました。(拍手)
    〔内閣総理大臣森喜朗君登壇〕

発言情報

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発言者: 土井たか子

speaker_id: 16322

日付: 2000-07-31

院: 衆議院

会議名: 本会議