瀬古由起子の発言 (本会議)
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○瀬古由起子君 私は、日本共産党を代表して、健康保険法等の一部改正案及び医療法等の一部改正案について、反対の討論を行います。(拍手)
まず、討論の前に、本法案に対する野党からの再三の慎重審議の申し入れにもかかわらず、質疑打ち切りによって本法案の委員会採決を強行したことについて、委員会運営の基本的ルールを無視するものとして、この場で厳しく抗議をするものです。(拍手)
政府は、今回の法改正を医療制度抜本改革の第一歩と説明しております。この政府の言う抜本改革とは、これまで出された計画を見れば明らかなように、健康保険の本人の三割負担や大病院の外来五割負担を導入する大改悪を押しつけようとするものです。その第一歩として、本改正案は、コスト意識の高揚、負担の公平などを理由に、高齢者などへの定率負担導入によって負担増大を強引に進めようとしているのです。国民に犠牲を押しつける、国民不在の医療制度抜本改革を決して容認することはできません。
健康保険法等の改正案について反対する第一の理由は、今回の改定が、高齢者への薬剤二重負担の廃止と引きかえに国民負担を増大させ、あわせて国庫負担の削減をねらう無責任なつじつま合わせをしているからです。
今回の制度改定による国庫負担の削減額は、高齢者の薬剤二重負担の廃止などによって満年度で二千六百四十億円になります。ところが、高齢者への一割定率負担の導入や高額療養費制度の見直し、入院食事代の引き上げ、標準報酬の下限引き上げなど、患者負担の合計は約三千億円にもなります。まさに国庫負担の削減を国民負担で補おうとするものです。
そればかりか、介護保険料は来年十月から全額徴収となり、利用料負担と合わせると、来年度は約一兆二千億円の負担増です。今回の医療負担と合わせれば、来年度の国民負担は一兆五千億円にもなります。このような負担増を、国の負担を削減しながら国民に押しつけることは、断じて認めることはできません。
反対の第二の理由は、高齢者への一割定率負担の導入についてです。
この一割定率負担で、入院の場合も外来の場合も、平均すれば約一・五倍の負担を高齢者に押しつけることになります。白内障の手術の場合、これまでは全額自己負担であったものが、保険適用を認められ、世の中が明るくなったなとお年寄りに大変喜ばれていましたけれども、この手術代も、これまでの約四倍の負担増になってしまいます。
高齢者世帯の四割が年収二百万円以下で、月四万円台の年金しかもらえない高齢者が四割以上おり、高齢者の七六%が住民税非課税です。深刻な不況、消費支出の低迷の中、介護保険の負担増も加わり、これに追い打ちをかける今回の一割定率負担増が、政府の言う無理のない範囲での負担とどうして言えるでしょうか。極めて過酷な負担増であることは明らかではありませんか。
定率制のもとでは、医療機関で診療を受けても、どれだけ医療費を払えばいいのか、最後まで予想がつきません。結局、重症の場合や所得の低い患者ほど診療を手控えざるを得ず、受診抑制を強いることになります。医療に対する不安を増大させることは必至ではないでしょうか。老人福祉法第二条の、老人は、多年にわたり社会の進展に寄与してきた者として敬愛され、安らかな生活を保障されるとする精神を、真っ向から否定するものと言わざるを得ないものです。
反対の第三の理由は、高額療養費の見直しによって、これまでどんなに医療費がかかっても六万三千六百円であった上限額に加えて、一定額以上の医療費の一%分を加えて患者負担を引き上げる、さらに上位所得者の分類を設け、上限額そのものを引き上げるという新たな負担増が導入されていることです。
もともと高額療養費の趣旨は、高額な患者負担に一定の歯どめをかけるもので、その限度額がかかった医療費に応じて歯どめなく無制限に上がるというのでは、制度の趣旨に逆行するものです。この負担は教育費のかさむ年代の労働者にとって大きな打撃であること、コスト意識を高めるという厚生省の言い分に対して、心ならずも重病になった患者にコスト意識を持てと言うのかとの怒りの声が参考人陳述でも述べられておりました。コスト意識を強要した負担の押しつけは、社会保障の理念を根本から覆すものと言わざるを得ません。
第四の理由は、健康保険の保険料率の設定についてです。
現在は健康保険料と介護保険料の合計に適用されている上限の適用を健康保険料に限定して、介護保険料は別建てにする問題です。これは、厚生省がこれまで言ってきた介護保険料を加えた保険料を上限の範囲内におさめるとした方針をほごにするもので、結局実質的な保険料の引き上げにつながる便宜主義的な方針転換です。
次に、医療法等の改正案についてです。
一般病床と療養病床との区分が創設されますが、この区分は、厚生省の検討会報告書で述べているように、平均在院日数の短縮化を前提に、療養病床への転換を誘導して病床の削減を意図するものです。一般病床の削減による救急患者の受け入れが困難になるなど、医療サービスの低下をもたらすものです。
看護婦の配置基準や施設基準の見直しが提案されていますが、日本医療労働組合連合会の調査によれば、看護婦さんの四人に三人が慢性疲労を訴え、七割で健康に不安を感じている、月九回以上の夜勤が二割を超えて改善の兆しが見えないなど、看護婦さんの労働条件は依然深刻です。その中で医療事故も起きています。精神科病床の医療従事者は少なくていいとする精神科特例に典型的なように、おくれた療養環境を長期間放置してきた国の責任こそ厳しく問われなければなりません。
医師の卒後研修必修化の問題についても、国民と患者の立場に立った医師の養成を図ってほしいという強い期待がありながら、私立大学の研修医の収入が月額五万円程度しかないという状態が放置されたままです。貧困な研修体制の打開策を明確にすることなく卒後研修の義務化を先行させるのでは、何の問題解決にもなりません。
二十一世紀の国民医療の向上に向けて、国は、国民や高齢者に負担を押しつけるのではなく、国庫負担の拡充などみずからの責任を果たすべきです。医療制度の抜本改革を言うなら、高齢者への定率負担増の押しつけや地域医療の崩壊を招く医療制度の改悪案を撤回して、薬価や医療機器の高価格構造にまずメスを入れることが先決ではありませんか。そうすれば、国民負担増の改悪は必要ないではありませんか。
むだなゼネコン型公共事業を削減し、医療や福祉、介護など社会保障を重視する財政構造への転換こそこの問題解決のかぎであることを強調して、反対討論を終わります。(拍手)