志村憲助の発言 (憲法調査会)
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○志村憲助君 志村でございます。
このたびは、憲法調査会の皆様に、二十一世紀の日本のあるべき姿という主題のもとで発言をさせていただく機会を得ましたことを、大変うれしく存じております。
私は、生き物の体の中で起こっている現象を主として科学的な立場から研究してまいった自然科学分野の者です。したがいまして、本日は、生命科学という立場から、環境問題に話題を絞って、私なりの意見を申し上げたいと存じます。多少耳なれない専門的用語が出てくるかもしれませんけれども、お許しいただきたいと存じます。
まず最初に申し上げたいことは、地球資源の限界ということでございます。
地球を構成する物質は、ふえも減りもしない、閉鎖された物質系です。その中で、多種多様の生命体が、三十五億年以上の長い間、生まれては死に、生まれては死にの生活を繰り返してまいりました。新しく生まれた生命体は、先に生を終えて分解されて生じた生命体の物質を材料として生育し、生命体としての活動を繰り返してきたわけでございます。これが生物の生きていく基本的な姿でありまして、生物圏の循環の原則として昔から知られてきたものであります。今日で言うリサイクルの原型と言ってよろしいと思います。
その生物圏の循環の姿は、生体内の、我々の体の中で行われているミクロの世界をのぞいてみますと、一層はっきりと知ることができます。
例えば、生命体にとって大切な構成物質の一つである核酸、これは皆さんも御存じと思いますが、遺伝子を形づくっている物質でありますが、この核酸は、炭酸ガスとアンモニアとグリシンといったような、簡単なアミノ酸から合成されております。これらの材料はいずれも、生命誕生時の地球環境において、多分海水中に豊富に存在していたものと推定される物質ばかりであります。それからまた、グリシンなどのアミノ酸は、原始アミノ酸と呼んでおりますが、生命誕生以前に、空中放電、つまり雷によって化学的に合成されて海水中に多量に存在していたものと推定されております。
このように、生物が炭酸ガスやアンモニアやそれから簡単なアミノ酸を寄せ集めて遺伝子の本体である核酸を合成する反応をしているわけですが、この合成の仕方というのは微生物から人間に至るすべての生物において共通でありまして、長い年月を生きてきたにもかかわらず全く変わっていないということは、この反応様式が生物の生存にとって最も適した様式であるということを我々に教えてくれるものと私は理解しております。
このようにしてできた遺伝子の情報は、さらに次にたんぱく質につくられていくわけですけれども、これもまた、我々の体は、生命を終えると同時に分解をすぐに受け始めます。その分解を触媒する種々の酵素も細胞中に十分用意されておりまして、我々は炭酸ガスやアンモニアやアミノ酸へと戻っていくわけです。生物界のリサイクルの基本の姿でありまして、限られた資源で多くの生物が今後も生き続けていくにはこの方法しかないではないかということを御理解いただければ大変幸いだと存じます。
なお、当然のことですけれども、構成物質のリサイクルには、地球上の微生物、植物、動物すべてが関与しています。これらの生物の共同作業によって物質循環が円滑に進行しているということは、特に強調しておきたいところであります。
日本国憲法にちょっと目を通してみますと、どうも、人間の生活に力点があって、他の生物との共生にはいささか関心が薄いように私には感じられました。しかし、今くどくど申し上げましたように、地球環境その他を考えますと、二十一世紀にはもはやそのような人間中心の考え方というものでは済まされなくなってくるのではないかと私は思っております。
なお、リサイクルですが、リサイクルはバランスのとれたものであることが望ましいことは申すまでもありません。例えば、今問題になっております炭酸ガスの蓄積といいますか地球温暖化の問題と関連しまして、そのバランスが崩れておるわけでして、炭酸ガスの排出を規制して、そうしてその回収をその分だけするという努力をしなければならないわけで、当然の簡単なことでございます。
ところが、このような簡単なことも人間社会ではなかなか話し合いができないということは、まことに厄介な人間社会の存在であるとつくづく思っております。
最近、京都議定書の批准をアメリカが渋っておりますけれども、一体何を考えてこのような態度をしているのか、私にはちょっと理解のできない現実です。心ある世界の人々から反発を買うのではないかと心配しておるわけです。
次の問題として、環境とエネルギーということを申し上げたいと思います。
すべての生物は物質の流れの中で生きております。物質の流れを円滑に作動させるには、エネルギーを必要とすることは申すまでもありません。ところが、一九六〇年ごろから世界人口の増加が顕著になりまして、問題が顕在化されてまいりました。一九六〇年で四十億であった世界人口が、二〇〇〇年では六十億を超えたとされておりまして、二十一世紀の中ごろには百億に近くなるのではないかと言われております。それに伴ってエネルギーの消費も当然増大するわけでして、このままの人間社会の生活様式を続けていくと仮定しますと、石油はあと五十年、天然ガスが六十五年、石炭が二百二十年、ウランが七十四年、ほぼ地球上からなくなってしまいます。
このウランを除いて、今申し上げたエネルギー源というのは全部、植物が光合成の作用によって固定して蓄積したものでありまして、太陽エネルギーが形を変えたものであります。このようなことを考えていきますと、地球上に注ぐ太陽エネルギーの賢明な利用こそ、今後の人間生活の基本的なあり方を示すものではないかということがおのずから理解されてくるのではないかと思います。
いずれにしましても、今世紀半ばに近くなると、エネルギー問題は避けて通ることが許されない大きな問題となると思いますので、この問題について今後十分に論議を重ねていって、地球環境憲章のようなものの制定をお考えになってはいかがかと存じます。
最後に、生命科学の視点から申しまして、私は、日本国憲法は全面的に賛成でありまして、大変貴重な内容を含んでおると思います。特に九条は、今後ますます輝きを増してくる性質のものと考えております。私どもは、覚悟を新たにして、武力のない平和な社会の建設に今後も貢献していきたいと考えておる者の一人でございます。
以上でございます。