江田五月の発言 (憲法調査会)
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○江田五月君 お忙しいところをありがとうございます。
内閣法制局の皆さんが七十六人という体制で大変な仕事をしておられるということに感謝をまず申し上げます。
さまざまな論点についてこれまでの政府の答弁の紹介、その解説、これをいただきました。それぞれにつき、なお議論を深めなきゃならぬところもたくさんあるし、またいろんな別の角度からあるいは反論、これもいろいろあるかと思いますが、そういうものを文献などを見てわかるものをここでいろいろ述べても仕方がないんで、もっと違った角度の問題を提供してみたいと思うんです。
まず、この間五十四年間ですか、日本国憲法体制を振り返ってみますと、内閣法制局の存在意義あるいは果たしてきた役割、これが本来の設置目的からすれば随分過大な責任、あるいは過大な役割を果たしたのではないかと、こう多くの人が指摘もしておりますし、私もそう思う点もございます。憲法解釈、これは憲法によれば、最高裁判所が、八十一条でしたね、「決定する権限を有する終審裁判所である。」と、こういう言い方になっておりますが、しかし今も御説明あったとおり、具体的な事件、争訟でなければ判断をしない、さらにまた、ほかの論点で勝負をつけることができるならあえて憲法にまで踏み込まないとか、あるいは統治行為論、政治問題論、そういうようなことで憲法解釈を回避する、そういう傾向から最高裁にこの判断をお願いすることができない。
そこで、かわってといいますか、法制局がこの憲法解釈を示して立法の際に意見を述べられる、それがもう現実には最終的な憲法解釈、有権的な憲法解釈となってしまっておって、皆さんからすると、そうせざるを得ないからしているのであって、決して望んでやっているんじゃないんだということかもしれませんが、随分大きな役割を果たされて、これでいいのかな、そういう声があるんですが、当の法制局自身はどういうふうにとらえておられますか。