佐藤泰介の発言 (本会議)
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○佐藤泰介君 私は、民主党・新緑風会を代表して、ただいま議題となりました地教行法一部改正案、学校教育法一部改正案、社会教育法一部改正案について、総理並びに文部科学大臣に質問をいたします。
まず、質問に入る前に、去る六月八日、池田市の大阪教育大学附属池田小学校での悲惨な事件は、社会、特に子供たちや保護者、教育関係者に強い衝撃を与えたことは言うまでもありません。今後、この事件に遭遇した子供たちはもとより、周辺の小学校、そして全国の小学生に対する早急なケアを考え、実施しなければなりません。特に、岩手県の小学校で実施された、一年生を対象とした、不審者に変装した警察官による避難訓練などによる子供たちの恐怖感を助長することが、どのような結果を生むかは明白なものです。
今後、ケア等の実施に関しても、早急に、そして慎重な取り組みをお願いしたいと思います。
しかし、文部科学大臣がこの問題について何ら触れなかったことは極めて残念だと思います。このことを申し上げておきます。
それでは、質問を行います。
まず、法案の内容に入る前に、今回の改正案が提案に至るまでの疑問点を総理に伺います。
政府三法案の基礎となっているのは、昨年十二月に発表された教育改革国民会議報告であります。教育改革国民会議は森首相の私的諮問機関であり、その報告は私的な報告と言うべきものです。これほど重要な法律案が、私的機関の報告に基づいてつくられていることに大きな疑問を覚えます。
かつて、中曽根内閣当時、中曽根氏は、みずからの私的諮問機関である文化と教育に関する懇談会報告を前面に出すことなく、国会の審議を通じて臨時教育審議会を設置するという手順を踏みました。臨時教育審議会にしろ中央教育審議会にしろ、法的な機関として位置づけられています。
しかし、前総理の私的諮問機関である教育改革国民会議は何ら法的根拠を持たない勉強会にすぎないにもかかわらず、今回の改正は、この私的な報告を首相の指揮監督権によって行うという前代未聞の手法がとられました。それだけでも十分にこの改正法案は問題があると言えますが、法案が国会に提出された後に総理大臣に就任した小泉総理が、この前総理の私的な報告をベースにした法案をそのまま引き継いでいることも大変おかしな話です。
さらに、青少年の奉仕活動、体験活動等を四月十一日に中央教育審議会に諮問されておられますが、その答申すら出ていない段階で、今回議題となっている三改正法案のうち、学校教育法一部改正案、社会教育法一部改正案にこのことが組み込まれていることも本末転倒ではありませんか。
総理は、総理大臣就任後、私が総理になったことは政権交代と同じ意味合いを持っているとおっしゃいました。政権交代が行われたのなら、当然、前政権の形見とも言える三法案は一たん取り下げ、小泉内閣のもとで新たな法案を作成するのが筋ではありませんか。総理のお考えをお聞きします。
また、総理自身もさきの衆議院予算委員会で、今の子供たちはかわいそうだ、私の小学校時代は学校から帰るとほとんど遊んでいた、めんこ、ビー玉、べいごま、セミとり、トンボとり、鬼ごっこ、勉強したことはほとんどないと述べられています。総理が真剣に今の子供たちのことを考え、教育改革に取り組んでいただけるのなら、今の教育体制を支える、学校教育、社会教育、教育行政の基本法であるこれら三法を継ぎはぎ改正するのではなく、根本的に見直す改革が今必要なのではないでしょうか。
これまで、多くの内閣が教育改革を言い、内閣がかわるたびに教育改革と称してこれらの重要な法案が部分改正されてきました。そして、そのたびに教育現場の混乱を招き、改革の実効は上がってきていません。
教育は、自己の人格の完成を実現していく基礎となる能力を身につけさせるために必要不可欠な営みであるとともに、次代の日本と世界を担う子供たちを導く極めて重要な事業です。それだけに、課題を明確にして、部分改正ではなく、国民的な合意を得ながら、着実に教育法体系を総合的に見直し、改革を進めていくことが求められているのです。
総理、今回の改正で、学校が変わる、教育が変わると本当にお考えでしょうか。御所見をお聞かせください。
次に、各法案について質問をいたします。
まず、地教行法改正案です。
同法案では、いわゆる指導が不適切な教員の転職について規定しております。文部科学省のパンフレットの中で、このような教師は「教壇に立たせない」というレッテルを張るような記載がされています。ここまで厳しい表現をとるのであれば、わざわざこのような法改正を行わずとも、地方公務員法第二十八条では、「その職に必要な適格性を欠く場合」は免職などが措置できる規定となっており、なぜこの法律を適用しないのでしょう。地方公務員法では、任命権者の責任性が問われることになりますが、今回の改正法案では、基本的には教員の養成や採用、研修などについて任命権者の責任は問われません。ここには、問題教員はていよく追放し、みずからの責任はうやむやにしたいという行政側の本音が隠されているのではないのですか。
また、改正案では恣意的な運用の懸念も払拭できません。公平で透明性ある客観的な基準や第三者による判定基準などはなぜ法文に明記されていないのでしょうか。さらに、このような処分は地方公務員法の不利益処分に当たり、不服申し立ての対象となると考えますが、念のため確認させていただきます。
今日の学校現場は、社会や子供たちの変化などにより指導の困難性が増し、教員の心身の負担は極限に達しております。このような実態の中で、もし仮に教員の一面的な部分のみをとらえて指導性が不適切との理由で転職させる事態になれば、これまで意欲的に教職に取り組んできた者まで萎縮させる結果にならないとも限りません。これらの点について、文部科学大臣はどのようにお考えでしょうか。
同法案の通学区域にかかわる規定の削除も疑問があります。確かに、地方分権の視点から見ると、通学区域の設定を設置者の自主的な判断にゆだねるというのもよいことだと考えます。しかし、その結果、競争の激化や学区の拡大、全県一学区などによる混乱を招くのではないかという懸念があります。この点について、文部科学大臣はどのように認識されておられますか。
次に、学校教育法改正案について伺います。
同法案では、児童生徒の問題行動への適切な対応として、出席停止に関する規定が定められています。教育改革国民会議では、「問題を起こす子どもへの教育をあいまいにしない」と提言されております。しかし、その原因を掘り下げることなく、出席停止などの措置をとるというのはいかにも対症療法的ではないのでしょうか。
子供たちの問題行動は、社会や家庭教育、子供同士、教員と子供との関係などさまざまな背景に起因していることは明らかです。問題を起こす子供を原因と見るのではなく、結果と見ることが重要なのではないでしょうか。問題行動を起こす子供を排除し、学校への登校を禁止し、家庭に帰すだけで問題の解決にはなり得ません。
また、問題と言われる児童生徒を担当しながら、現場で問題解決に取り組む多くの教員がいることも事実です。このような教員たちの実例をリサーチし、広く共有できるような仕組みを整えることも重要な課題であります。
これらの点について、文部科学大臣はどのようにお考えでしょうか。
同法案では、大学制度の弾力化と称し、飛び入学制度の拡大を予定しています。飛び入学制度は、教育上の特例措置として、現在、千葉大学と名城大学でごくわずかの人数を対象に取り組まれております。これらの大学がまだ同制度による卒業生も出ておらず、同制度に対する評価が定まらないうちに、飛び入学制度を拡大するのはいかにも拙速な制度改正であると言えます。
衆議院における修正は当然であるとはいえ、高校教育の意義などを全く検討しないままこのような制度改正をすることは、六三三四制の学校制度の根幹にもかかわる問題に発展しかねず、慎重な対応が求められると考えますが、文部科学大臣の御所見を伺います。
次に、学校教育法及び社会教育法改正案で明文化されている社会奉仕体験活動について伺います。
奉仕活動とは、一般的に滅私奉公をイメージし、いわゆるボランティア活動とは似て非なるものです。私たちは、子供たちの自主性を尊重したボランティア活動をどのように大人としてバックアップするべきかという視点から政策を考えるべきであり、子供の意思とは関係のない強制の形による奉仕活動は非常に問題が多いと考えます。
この点について、文部科学大臣はどのようにお考えでしょうか。
最後に、総理は、恐れず、ひるまず、とらわれず改革を断行していくと決意を述べられました。今、教育改革に必要なことは、滅私奉公を基調とする森前総理の教育改革にとらわれず、財政面でも厳しい時期ではありますが、教育は未来への先行投資であることは歴代内閣も表明しています。総理が引用された小林虎三郎の逸話によれば、未来への投資は、米百俵だけでなく、米万俵でも、ひるまず、恐れず財政措置を講じ、教育改革を断行することだと私は思います。
総理の真摯な取り組みを切望して、私の質問を終わります。(拍手)
〔内閣総理大臣小泉純一郎君登壇、拍手〕