下村博文の発言 (憲法調査会)
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○下村委員 自由民主党の下村博文です。五分ほどのお時間をいただきたいと思います。
九月十一日のアメリカの多発テロによって、世界じゅうの人々の意識が大きく変わる大きなターニングポイントになってきたというふうに思います。二十一世紀は国連の時代であるということは、二十世紀から言われてきたことでありますが、そして、これから国連の果たす役割は大変大きなものがあると思います。しかし、少なくとも、二十一世紀、国連軍がこれから活動するにしても、日本あるいはアメリカ、ドイツ、イギリス等、それぞれの国が国連に対して派遣をする、それが国連軍であったり多国籍軍であったりする。本籍はそれぞれ国家というものがあると思いますし、少なくとも二十一世紀中に国家がなくなるというふうな状況はあり得ないと思います。
そういう中で、中曽根元総理が、我が国は自然発生的国家である、人工国家ではないという御発言をよくされておられますが、この国が、国家ビジョンとして、日本国民に対して日本という国のあるべき国家像、あるいは理想像を示すということは当然のことであり、それを基本法である憲法の中で明らかにするということは当然のことであると思います。そういう意味で、日本国憲法ができて半世紀以上たった今、戦後の呪縛から我々日本人は解放され、これからの未来に対して、明確な日本の方向性に対するビジョンをあらゆる部分でタブー視しないで議論するということは、これは当然のことであります。
中西輝政京大教授が、国家が目指すものということで、三つ挙げておられます。一つは、国家が目指すものとして、個体の安全保障をすべきである。二つ目には、豊かさを求める努力をすべきである。三番目には、その豊かさを支える国としての価値観、理想、よりどころ、国家としてのアイデンティティー、これは教育であったり、社会規範であったり、まさに憲法そのものでもあるわけでありますが、これを国家の中できちっとつくれるかどうかということが、大きくその国の存亡にかかわる大変重要なことであります。
そういう意味で、憲法の制定過程という発想からも脱却して、これからあるべき我が国における憲法を議論する、そして、各党各会派あるいは各層からあるべき方向性としての新たな憲法提案をするということは、その国の健全性として当然のことであると思います。
その中の一つとして、先ごろ、教育基本法の改正論議もこれからされるということになっておりますが、この教育基本法は、極めて日本国憲法との関係の中でつくられたものであり、教育基本法の改正議論だけでなく、教育の中における例えば宗教との問題あるいは家庭という、家庭教育というものが教育基本法には明らかにされておりませんが、憲法の中での教育の位置づけ、当然、憲法九条の中における集団的自衛権の位置づけあるいは首相公選制の位置づけ等、それぞれ一つ一つ議論をする中で、この国のあるべき方向性、形づくりをする。
そして、それはいつまでも小田原評定的な議論をすることではなく、ある一定期間の中で、これからの三年間なら三年間の中で、国家ビジョンづくりとしての日本国憲法の原案をそれぞれの党が持ち寄り、そして、今の日本国憲法がベストであるということであれば、それはそれで持ち寄ることによって、国民的な議論をすることによって、この国の国家像をつくる。そして、もう一度この国を再生するということが憲法改正の中で必然的な、歴史的な我が国における位置づけであるというふうに思っております。