北川正恭の発言 (国会等の移転に関する特別委員会)
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○北川参考人 おはようございます。
本日は、この特別委員会に参考人として御招致をいただきまして、意見を述べる機会を与えていただいてありがとうございます。
また、七月には三重・畿央の現地調査に、お忙しい中を懇切丁寧に御視察をいただきまして、まことにありがとうございました。
それでは、私のところの意見を申し述べさせていただきたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
首都機能移転につきましては、国会決議が行われてから十年以上が経過いたします。この十年は、経済的、政策的には失われた十年とも称されるわけでございますが、失うことがあったり失速させたりすることがあってはならないのがこの首都機能移転論議であるということをまず申し上げたいと思います。
また、国会を初めとするこれまでの論議は国会等の移転に関する法律をベースに展開されているところであり、法律が要請するところにのっとってその結論を得ることは、法治国家にある者として当然の責務であるということもまた指摘しておきたいと存じます。
法律がうたうところによれば、移転論議の根幹にかかわる東京問題や中央集権構造などの諸情勢に何らの変化はなく、移転の意義や必要性は現在においても全く失われていないばかりか、閉塞感などはむしろ強まる傾向にあります。このような状況を打ち破り、日本が未来に向け明るい展望を開くためにも、今こそ首都機能移転をなし得る国であることを内外に示すべきであると考えます。それは、日本の改革にかける意気込みを世界に印象づけることにもなりますし、また、改革に伴う日本の形をより明示的にメッセージすることにもなり、世界における日本のポジションを一層鮮明にする意味からも有意義であろうと思います。
昨今の構造改革をめぐる議論において、焦点がぼやけがちなのは、改革の到達点とその姿を示すことがないままに議論が展開されているところにあるとの指摘がありますが、首都機能移転は日本再生の象徴としても極めてわかりやすいアジェンダになると考えています。
一方、この問題に関連して、集中と集積は文明の趨勢であり、集積を生かした東京の再生を通じて日本の再生を図るべきだとの意見があります。しかし、文明史的な視点に立てば、歴史上、多くの文明が集中、集積による繁栄の果てに衰退、滅亡しているところであり、栄枯盛衰こそが文明の趨勢であるように思います。また、東京一極集中を言うときに、自然に本社等が東京に集まってきたとの見解も耳にするところですが、これも歴史が教えるところとは明らかに違います。
あえて申し上げる必要もないことですが、日本が近代化に乗り出した明治以降、国の根幹にかかわる税制を初めとするさまざまな制度や仕組みは、中央、すなわち東京に何もかもが集まるようにつくられてきました。国家総動員体制がそれに拍車をかけ、現在の憲法の発足後も、この集権官治の仕組みは壊れることなく現在に至っています。まさに集中せざるを得ない状況が人為的につくり出されてきた、その結果が東京一極集中にほかなりません。
日本がとってきたこの集権官治の仕組みは、資源小国日本が限られたリソースを効率的に配分し、近代化や高度成長をなし遂げる上では極めて有効であったわけですが、今やその弊害が目立つところとなっています。端的に言うなら、集中、集積により効率を追求してきたシステムがとんざし、それにかわるべきシステムを模索しているが、今なお見出せないでいるというのが現在の日本が置かれている状況と考えておりますので、集中、集積の向こうに明るい未来や将来展望を描くことは甚だ困難であると言わざるを得ません。
世界同時不況とも相まって、昨今、悲観的な論議が目立つところですが、日本はGDPが五百兆円の経済規模を持つ国家であるということの積極的な意味合いにもう一度思いをいたし、世界における日本の役割、将来に向けてとるべき針路についての展望を今こそ明らかにすべきであると考えます。その際、考慮すべきは成熟社会日本としてのありよう、形であり、キーワードは分散、自立、多様であろうと考える次第です。
このような思いのもと、本県としても生活者起点の県政を展開すべくさまざまな改革に取り組んでいるところですが、何よりも、地域が自立的に地域の魅力を創造、発揮できる分権自治の国づくりに向け、持てる資源や英知の限りを尽くすことが求められているのであり、首都機能移転とは、まさにこのような文脈で語られるべき命題であります。首都機能移転論議とは、すぐれて日本のあり方論議にほかなりません。どうかこの国の形について大いに議論をしていただきたいと存じます。
政治、経済、文化あるいは交通網、情報通信等すべてが東京に一極集中する現状において、東京経由でしか何もできないというような、発展途上国型、あるいはキャッチアップ型とでもいうべきこの国のシステムや、最も成功した社会主義とされる中央集権型のこの国のありようを抜本的に見直し、分権自治の確立を図り、自己決定、自己責任のもと、本当の意味の自己実現が図られるような地域社会を築くことが求められています。
そのように考えるなら、明治維新や戦後改革にも比肩し得る大議論を通じてぜひ実現を図るべき国家プロジェクトが首都機能移転であると思います。ここにおいて、何よりも日本の構想力が求められているのではないでしょうか。
また、成熟社会を展望する上では、日本が豊かさのグレードを今後一段と高める必要があり、東京再生のみならず、地方の都市再生も大変重要になってくると考えています。とりわけ巨大都市東京は、冒頭申し上げた文明史的視点でいえば、膨張に次ぐ膨張で非常に危ういところにあり、過集積の解消による以外、真の豊かさを実現することは困難でないかとも思われます。
首都機能移転により集権官治の仕組みにメスを入れることは、真の東京再生を図る上でも極めて有効かつ効果的と思っておりますので、比較考量においては、東京再生効果という観点からも論議を深めていただきたいと存じます。
また、財政悪化や財政負担の増大を理由に移転反対を主張される向きがあります。財政状況の悪化は深刻ですが、そうであるからこそ、今国が行うべきは何か、優先すべき事業は何かの徹底した議論が求められているのであり、財政状況の悪化を生んだ構造にメスを入れる意味からも、首都機能移転は、現下の財政状況においてさえ、最優先される国家プロジェクトの一つであると確信する次第であります。
なお、財政負担の問題や事業に伴う費用対効果の検証などは、移転先の決定や移転規模、事業手法の選択など、事業の具体化に合わせ、国において適宜的確に実施されるべきものと考えており、瑣末な各論にとらわれて大局を見失うことのないよう特にお願いしたいと存じます。
いずれにいたしましても、首都機能移転を考える上では、何よりも改革とセットで移転は行われる必要があります。それが担保される限り、どこに移転しようとも移転には賛成ですし、移転先には拘泥いたしません。しかし、我が国が今後とるべき針路にふさわしい国のあり方を追求すれば、歴史、文化が重層する三重・畿央をおいてほかにないと思っておりますので、ぜひとも掘り下げた審議をお願い申し上げます。
以上で私の意見とさせていただきます。ありがとうございました。(拍手)