2002-07-04
衆議院
奥野誠亮
憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会
奥野誠亮の発言 (憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会)
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○奥野小委員 私には往復で十分の時間を与えられているわけでございまして、なかなか上手に使えませんので、お尋ねしたい点、あるいは私なりの考え方、先に全部しゃべらせていただきまして、あとの時間で、大変無礼かもしれませんけれども、お話をいただくということにさせていただきたいと思います。
まず第一に、国柄に関する論議が憲法に関する論議でなければならないというお話、大変感銘深く聞かせていただきました。
日本国憲法が生まれる過程では、占領軍の総司令部総司令官であったマッカーサー元帥がスタッフに三原則を示して書かせた。その三原則の一つには、天皇は元首と書かれておった。それを元首と書いたんじゃ明治憲法と同じように受け取られかねない、そんなことから第一条の言葉が生まれてきたと私は承知しているわけでございまして、あるいはケーディスの話だったかなと思ったりしているわけでございますが、昔のことでありますから確かなことは忘れてしまいました。
そして、この象徴というのは、仰ぎ見る存在、こういう解釈が当時日本側の政府から答えられておったように思います。それならむしろ、本来の日本の天皇制のあり方、この方が似ているんじゃないかな、こう私は受けとめたわけでございます。
天皇が、太政官でありますとか神祇官でありますとか征夷大将軍でありますとか、いろいろな官職をつくってこられて、専ら任命権者におなりになった。みずからは専ら神事を担当してこられたように思います。だから、あの戦国の時代におきましても、武将が京都へ京都へと向かっていって、征夷大将軍の職にある足利家を通じて天皇からお墨つきをいただこうとした。だから、命のとり合いをしているにかかわらず社会は安泰だった。
やはりその上に天皇家があるということだったからだと考えておるわけでございまして、そういう意味で、天皇は、日本国の象徴、日本国民統合の象徴、新しい憲法でもこれはそのまま使える言葉じゃないだろうかなと私なりに思っているわけでございます。
ただ、見ていきますと、例えば第八条には、皇室に財産を譲り渡す、あるいは皇室が財産を賜与される、国会の議決を経なければならないと書いてあるわけでございまして、天皇家の財産をみんな国に取り上げちゃったわけでございまして、その後を恐れた余りに占領政策がこういう言葉を残したんじゃないかなと私は思うわけでございます。天皇の尊厳にかかわるようなことは、皇室会議というものがあるわけでございますから、こういうものは任せておけばいいんじゃないかな、私なりにそういう考え方を持っているわけでございます。
それから、明治憲法につきまして、いろいろお話を伺って、理解が深まったように思うんでございますが、私は、今まで、明治憲法は天皇親政に走り過ぎた、その欠陥を私なりに指摘しておったわけでございます。過ちがあれば御指摘いただきたいと思うんでございますが、例えば、いろいろなことを大権事項に取り込み過ぎた。その欠陥が、例えば行政組織は大権事項でありました。内閣におきまして、陸海軍大臣は現役武官でなければならないというような閣議了解もやった。こういう行政組織というものについては国会は関与できなかった。そういうことも原因が若干あっているんじゃないかな、私はこう思っているわけであります。
あるいは、統帥権につきましては、国会だけじゃありませんで、内閣も関与できなかった。だから、昭和十二年七月七日の盧溝橋事件が始まったときに、参謀本部が三個師団の増派をやっちゃった。これが、私は、戦争不拡大を唱え続けておったにかかわらず、拡大に火がついたんじゃないかなという心配をしているわけでございまして、こういう統帥権の独立も明治憲法の落とし穴だったんじゃないかな、こう思っておるわけでございます。
お話、よくわかるわけであります。わかるわけでありますが、私は、明治憲法が天皇親政に走り過ぎた、こういうところからああいう事態に陥ったな、こう考えているわけでございます。
第三に、国柄の大事なことをいろいろお教えいただきながら、日本の現状を考えますと、昨年来、韓国や中国との間でいろいろなことがございます。
私は、内閣の姿勢に危惧の念を抱いている一人でございます。例えて申し上げますと、扶桑社の歴史教科書、私たちが内容を知らないうちから、ああいうものを検定で認めるべきではないという申し入れが韓国や中共からございました。どうも検定委員会の委員の一人がだれかに渡しておったのが流れていっているんじゃないかなと思うんでございます。また、靖国神社に小泉総理が参りますと、参るべきじゃないという申し入れが韓国や中国からなされておるわけでございます。
歴史の見方は国によっていろいろございます。宗教についての考え方もまたいろいろでございます。まさに私は内政干渉だと思うんです。内政干渉に対して、日本の政府の姿勢が何ということか。けんかはしちゃいけないけれども、日本の考え方というものは、私はじゅんじゅんと説き伏せていく努力をもっと明らかにしていかなきゃいけないんじゃないかな。私は、日本がアメリカに大変な恩を受けていると思います。しかし、また、アメリカが嫌がるからというて、嫌がることを日本があえて言わないような姿勢は避けていった方がいいと思いますし、中共との間におきましても親密な、ことしは国交樹立三十年であります、大事な年だと思っております。
三十年前に、田中角栄さんと大平外務大臣、国交樹立の話し合いをしますときに、周恩来首相との間で、侵略戦争をやったやらないで大問題になったわけでありました。周恩来首相は、日本は侵略戦争をやったと言う、田中角栄さんは、日本には侵略の意図は毛頭なかったと言って、大変なけんかになったわけでありましたけれども、だんだん、日本みずからが、侵略戦争をやったようなことを言い出す。
私は、国家の意思がどこにあったかということは宣戦布告の詔書で考えるべきだという論者でございまして、いろいろな見方があることを否定はしません。否定はしませんけれども、余りにも他国の意に沿うことを第一に考えまして、言うべきことを言うていない。これでは、内閣のこれからのあり方に危惧の念を持つ。若者が、今度会うときには靖国神社で会おうと言って散っていった。散っていたにかかわらず、別な追悼の施設をつくろうという研究会を持ったりする。情けない日本になっているものだな、こう思っているわけでございます。
まだ言いたいことはたくさんあるんですけれども、大分時間が少なくなったようでございますから、これで遠慮させていただきます。
ありがとうございました。