2002-07-04
衆議院
伴野豊
憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会
伴野豊の発言 (憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会)
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○伴野小委員 民主党の伴野豊でございます。
八木先生、本日は、大変お忙しい中、貴重なお話を賜りまして、ありがとうございます。
八木先生は、一九六二年のお生まれというふうにお伺いしておりまして、私は一九六一年の生まれでございまして、同じ世代というようなことで、非常にきょうは興味深く聞かせていただきました。
それから、きょうのお話もさることながら、先生が平成十二年五月一日に産経新聞の「正論」に寄稿されました「憲法を考える あくまで日本の匂いのする憲法を」という記事は、非常に自然に私の体の中に入ってきたな、そんなふうに思い、読ませていただきました。
とりわけ、きょうは国柄ということで、それをにおいという置き方をされた。国柄、あるいは地域柄、それから家庭といいますか家柄というのもあろうかと思いますが、よく私も小さいときを思い出しますと、それぞれのおうちににおいがあったな。玄関へ入ると、その家々の特徴のするにおい、場合によってはそれで覚えていた、だれだれちゃんのおうちと。それから、父のにおい、母のにおいというのもあったような気がいたします。
それで、どうしてもきょうお話しいただいた中で三点ほどお聞かせいただければと思うわけでございますが、その国柄というものを、どう、特におぎゃあと生まれた子に、自分で勝手に息ができたらにおいをかぎなさいというのも一つの方法かもしれませんが、においをかぎ分ける力といいますか、そういうものを与えていくためには、やはり教育というものは避けて通れないものであろうと。
そうしたときに、先生も私も同じ世代ということからすると、我々が受けた教育といいますか、経験上、これは私だけかもしれませんけれども、私の経験から言わせていただけば、あえてそのにおいを消してきたといいますか、無臭がいいという教育をされてしまったのかな。あるいは、とりわけにおいのきついものを避けてというか、かがせない教育をしてきてしまった。それによって、いつの間にかかぎ分ける力も失ってしまったのではないかな。そんなふうに、今先生のこの産経新聞の記事を見せていただきながら思っておりました。
先生は、御経験上、教育の今の姿、今後はどうあるべきか、国柄をどう教えていくかというか、どう伝えていくかというところで、においをどうかぎ分けさせるかという点で、お考えがあればお聞かせいただきたい。
それに関連しまして、二つ目としまして、国を愛する心といいますか、自国を愛する心。よく心理学者の先生から私も聞かされたことの一つに、自分を愛せない人は他人をも愛せない。これを国に置きかえますと、自国を愛せない人は他国をも愛することはできないというふうに置きかえられると思うわけでございますが、今の多くの日本人というと、別に私は統計をとったわけではありませんが、自国すら意識できなくなってしまう、自国のにおいすら感じられなくなってきているのではないかな。
それをグローバル化と勘違いしている方もいらっしゃるような気がするんですが、私は、経済がグローバル化すればするほど、国境がなくなればなくなるほど、あえて、他国を理解するために、自国のにおいを意識しなければ、あるいは自国のにおいをきちっと意識した上で他国とのにおいの違いをかぎ分ける力を持っていないと、本当のグローバル化というのはできないのではないか、あるいは本当の平和というのは求められないのではないか、そんなふうに考えておりますが、その点はいかがでしょうか。
いま一つ、最後の質問といたしまして、先生の「明治憲法制定の姿勢に学べ」というこのお話の中に、私は、今を語らせていただく政治家としまして、新たな日本国憲法を起草するぐらいの気概を持てというように読ませていただいたんですが、先生はそのあたりのところをどうお考えか。もし新たな日本国憲法を起草すべきだというお考えであるとするならば、天皇というものをどう位置づけ、そして、もし具体的にお聞かせいただければ、差し支えなければ、首相公選制との絡みでお話しいただければありがたいかと思います。
以上です。