江田五月の発言 (憲法調査会)
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○江田五月君 私は、民主党憲法調査会の事務局長として、国民主権と国の機構について現段階での民主党の考え方を御説明します。そして、その後で首相公選制と二院制の在り方について私見を述べます。
昨年十二月十八日、民主党憲法調査会は中間報告を発表しました。その第二作業部会の「首相主導の議院内閣制度の確立に向けて」が本日のテーマに関するものであり、民主党は基本的に内閣総理大臣主導の政府運営の実現を目指します。
明治維新から現代に至る日本の統治機構の最大の特徴は中央集権官僚制でした。明治維新以後、天皇主権の国家体制の下で官僚制度による中央集権システムが構築され、同時に内閣総理大臣の権限を強く制約する内閣制度が確立され、それが慣行化されました。帝国憲法の下では主権は天皇に存したので、行政権は主権者である天皇から直接に統治の正統性を与えられていたのです。しかし、現憲法では行政権はそのような統治の正統性を有しません。逆に、公務員は国民の公僕なのです。行政権の正統性は、主権者である国民から直接に権限を与えられる国会により選ばれる内閣総理大臣が国務大臣を任命し、行政各部を統括するからにほかならないのです。それなのに、この内閣総理大臣の権限を強く制約する内閣制度は、国民主権の民主主義に基づく新憲法が成立しても基本的に維持されました。
現在の統治の仕組みは、三権は同格だとして、内閣総理大臣の権限行使は閣議によるとしています。さらに、閣議は現実には、前日の事務次官会議によって議が調ったことだけをなぞっています。憲法六十九条、六十六条一項、三項、七十四条などがこの運用の憲法的根拠とされており、内閣法もこの考え方に貫かれています。これは、明治憲法下で行われていた憲法解釈や行政権の運用方法を惰性でそのまま踏襲したにすぎません。憲法秩序は革命的変化を経たのに、行政実態は旧態依然であります。これが日本の中央集権の官僚優位国家の法的根拠となっており、ここに国民主権が形式だけで実質を伴わない根拠があるのです。
同じことは司法権についても言えますが、今日は触れません。
しかし、憲法が国民主権を最重要原則としていることは言うまでもありません。したがって、憲法の諸規定も、この大原則の実現に資するように解釈する必要があり、下位の法律や慣行でこの大原則の障害となるものは改めなければなりません。事務次官会議及び与党の事前審査制の廃止などによる閣議の実質化と責任の明確化を実現することなどを民主党は強く求めています。
第二作業部会の報告には、もう一つ「違憲立法審査制の確立」という項目があります。憲法第八十一条に規定された違憲立法審査権は、司法の場では具体的な事件について憲法適合性を判断するので、憲法適合性についての抽象的審査権が最高裁判所ではなく事実上内閣法制局の判断にゆだねられているのが日本の実情です。本来は政府の一機関にすぎない内閣法制局が、事実上憲法解釈の権威となってしまっている姿は異常としか言いようがありません。
司法権以外の権限を裁判所にゆだねることは、さて、憲法上できないことでしょうか。
私は、個人的には、内閣法制局が事実上行使している憲法適合性についての抽象的審査権を、司法権とは別の国家機能として最高裁判所に移すことも憲法上できないことではないと思います。憲法改正が現実の課題になれば、この点は当然検討の対象とすべきであり、民主党としては、「ヨーロッパや韓国などが採り入れている憲法裁判所もしくは憲法院など、違憲立法審査のできる司法機関を新たに整備することを検討すべきである。」と提言しております。
次に、首相公選制と二院制について私見を述べます。民主党憲法調査会の中間報告では、首相公選制や国民投票制、さらには二院制の在り方について検討すべきであるとしていますが、それ以上のことは書いてありませんので、あくまで私個人の意見です。
首相公選制については、国民の皆さんの中に、首相が自分たちとはるか離れたところで政党内の派閥の権力争いで決定されることを嫌悪し、自分たちに決めさせろと国民投票制を、首相公選制を求める声が強い、これは十分理解ができることです。
しかし、政党が与党も野党も現在のように国民の期待にこたえ切れていない状況で首相公選を導入すると、政党による首相候補選定機能、又はスクリーニングが十分果たされないまま不適切な選任が行われてしまうおそれが強いと思います。現実に首相が選ばれる過程に対する国民の不満は、議院内閣制と政党の機能不全についての不満です。まず実現しなければならないことは、政党政治による議院内閣制の成熟です。そのことが困難だからといって、これを放棄して首相公選制に頼ると、結果は悲惨なことになりかねません。
さらに、現在の二院制とともに新たに首相公選制を導入することには問題があると私は思います。
それは、首相公選で示された民意と、衆議院選挙で示された民意と、三年ごとに参議院選挙で示された二つの民意、合計四つの民意が存在することになり、それらがばらばらの民意であった場合にはどれか一つの民意が事実上の拒否権を持つことになって、国政の運営がなかなか前へ進まないことになるのではないかと危惧するからです。
二院制も一つの意味ある制度ですが、日本の二院制は、周到に設計された制度とは言い難いところがあります。衆参の権限が重複し過ぎており、結局同じことを二度行っていることが多いというのが実態です。もっとめり張りのある権限の分配をすべきです。
もっと大胆に考えれば、権限の分配の実現は衆参の統合によって端的に実現することができます。例えば、衆議院は三百の小選挙区のみとする、参議院は百のブロック比例と、同じく百の全国比例とします。衆議院に予算と条約の審議、首相選出などの権限を与え、参議院に決算の審議、人事案件などの権限を与えます。法律は両者で審議することとします。その上でこの両者を統合し、国民議会、仮称ですが、とすれば一院制となります。これに政党党首の公選制、これを組み合わせることで、実質首相公選による議院内閣制を実現することを提案したいと思います。
この場合は、四年あるいは五年に一度、解散があれば更に短期の国民議会選挙の民意だけで政権が決まり、政権交代が起こりやすくなると思います。その際、問題となるのは、次の総選挙までの数年間、多数派の政権党が少数意見を無視して独裁的な政権運営を行う危険性です。
この点については、私は国民投票制度を導入することが必要ではないかと思います。すなわち、国民議会で審議される法律案などについて、例えば三分の一以上の議員の要求によってその賛否を国民投票で決めることができるようにすれば、多数派の独裁は十分チェックできると思います。その上に地方分権を強力に進めて、生活にかかわる大部分の決定を地方自治体で行い、そこでの、そこに住民投票制度を実現すれば、より直接的に民意を反映した政治になると思います。ちなみに、国民投票制度は現憲法でも許容をされていると思います。
以上の提案は、国民の皆さんの大多数が現憲法を改正して新しい憲法を制定することを選択する場合の提案で、私はいわゆる憲法改正論者ではありません。私は、むしろ、現憲法の下で安全保障基本法あるいは人権基本法などの幾つかの基本法を準憲法法規、規範として制定して、現憲法を豊富化を行うべきではないかと考えています。そして、その作業が二十一世紀のこの国の形を明らかにするところまで進んだところで、それらの基本法を憲法典の中に取り込む、この作業を行えば、二十一世紀の新しい日本国憲法を作り上げることができると思っております。
最後にもう一つ、憲法改正には政権担当能力のある二つ以上の政党の合意が不可欠だと思います。政権交代のたびに、憲法秩序が不安定になってはいけません。政権を争う有力政党の合意による憲法典であれば、その憲法典の下でいつでも政権交代を円滑に行うことができます。間違っても、多数派が強引に勢力を拡大して憲法改正を強行することがあってはならないということを強く申し上げておきます。
以上です。
ありがとうございました。