長野英子の発言 (法務委員会厚生労働委員会連合審査会)
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○長野参考人 こんにちは。
私は現在四十九歳になります。十七歳のときに、生まれて初めて単科の精神病院に入院しました。それ以来私は通院を続けておりますし、入退院も何度も繰り返してまいりました。その意味では、私は確かに精神障害者の本人であり当事者であるとも言えると思います。
しかし、この法案について私がこの場で語るということに、私は非常に、ちゅうちょというか、穏やかでない気持ちがございます。このふかふかのじゅうたんの、暖房のきいたところで、暖房もない、日も当たらない保護室にいるたくさんの仲間たちの思いを語れるだろうかという思いもあります。そして、本来ここに来て話すべき人たちがここにいないということです。本来耳を傾けられるべき人たちが耳を傾けられていないということです。
この法案がもし成立したら対象者となったであろう方たちは、今、精神病院の閉鎖病棟の奥深く、あるいは保護室に監禁されています。彼らこそ今ここに来て参考人として話していただきたい。それが無理ならば、ぜひこの審議は精神病院の閉鎖病棟の中に出張してやっていただきたい。私は今、そういう思いでいっぱいです。
恐らく、今私の語る言葉も、その本当の当事者にとってはむなしいと思います。あるいは、この本人抜きの審議に私自身が加担している、裏切り者の言葉だと彼らには受け取られるかもしれません。それでも私はあえてここに来ましたのは、この法案は精神障害者差別だからです。再び三たび、私たち精神障害者は人間でない、おまえらは人間でない、私たちには人権はないと国会が宣言しようとしているからです。
私どもは、全国「精神病」者集団として、そしてこらーるたいとうとして、法務省人権擁護局に、お手元に配りました人権救済申し立てをいたしました。人権侵犯者として名指しいたしましたのは、小泉首相、坂口厚生労働大臣、そして森山法務大臣です。この法案の提出そのものが私たち精神障害者に対する差別であるという趣旨でございます。
私たちは常に一方的に対策の対象としてすべてが語られてきました。今この法案をめぐる審議もそうです。そして、この国の精神医療政策もそうです。そして、あえて言えば、精神医療自体もまた、私たち抜きに勝手に強引な医療を続けてきました。発病した途端、私たちは人間ではなくなります。すべてが、私たち本人抜きで、他人によって決められていってしまいます。
私たちは、確かに病気は苦しいです。病気の苦しさもあります。しかしもっと苦しいのは、私たちが人間として、人として扱われない、差別の苦しさです。発病によって、友は離れていきます。職を失う、学園から追放される、家庭からも追い出される、地域からも排除される、こういうことはまれではありません。そのあげくに精神病院、病院と名はついているけれども、単なる収容所です。収容所に閉じ込められて、拘禁されていく。私たちは、私自身も含め、多くの仲間が多かれ少なかれこういう経験を重ねております。
この差別の中で、最悪の自殺という選択を選ぶ仲間が余りに多過ぎます。今十二月ですね。十二月の年末、それからお正月、これは私たちにとって魔の季節です。皆が温かい家庭で家族とともに過ごすこのシーズンに、何の支援もなく地域でひとりで暮らす仲間が、毎年この十二月とお正月にどれだけ死を選んできたか。それを今私は思い浮かべております。
こうした差別の現実の中で池田小事件がありました。そして、資料でお配りしました人権救済申し立ての添付資料一に、そこで、とりわけ大阪でどんな事態があったか報告されております。せっかく決まった職を失った方や、出かけようとしたらいきなり近所の人に取り囲まれて、おまえは精神病院に通院しているだろう、危なくてしようがない、おまえ、さっさと入院しちまえというようなこともありました。今、大阪の精神病院は池田小以降満床だそうです。それだけではありません。さまざまな患者会や人権活動をしている団体には、いろいろな嫌がらせや脅迫の電話などもありました。
こうしたときに、政府は何をすべきだったか。まず、精神障害者に対する正しい知識を広報すべきですし、偏見を払拭するための広報活動をすべきでした。ところが、それをするどころか、小泉首相は何をしたか。精神的に問題のある人が逮捕されても社会に戻ってひどい事件を起こすことがかなり出ている、医療、刑法の点でまだまだ対応しなければならない、こう言ったんですね、小泉首相は。まだ、この事件で逮捕された方が精神障害者であるのかどうか、実際にやった事件が精神障害ゆえのものであるのかどうか全くわからない事件直後です。何と軽率な、しかし、一国の首相の発言です。どれだけ我々の生活に大きな影響があったか小泉首相は自覚すべきだと思いますが、それは撤回されることなく、しかも、今回のこの法案の準備作業が始められました。
人権救済申し立て書の添付資料、きょうお配りしたものの二というのがございます。法務省刑事局手持ちメモという資料でございます。この法案を提出した法務省の認識はどうであったかと申しますと、「精神障害者を危険な存在(犯罪予備軍)と見ることは社会情勢から見て困難であると考えられる。」そしてまた、「法務省において、犯罪を犯した精神障害者とそれ以外の者との再犯率を比較検討しているが、精神障害を持たない者と比較して精神障害者の再犯率が高いとの調査結果は得られていない。」あるいは、二〇〇〇年十二月に法務省、厚生省の重大な事件を起こした精神障害者の処遇についてという合同検討会が発足して、それに対する記者会見があり、資料が配られましたが、そこでも、精神障害者の犯罪が近年増加している事実もないし、あるいは一般に比べて発生率が高いという事実もないということが言われています。そして、もちろん今までたくさんの質疑の中、あるいは参考人の陳述の中で、精神障害者が野放しになっているというような事実はないんだということは明らかになったと思います。この国では、世界に類がないほど私たちは過剰に拘禁され続けています。社会的入院は七万ともそれ以上とも言われています。
あるいはまた、添付の表が一番最後の方にあると思いますが、そこに読売新聞の記事、起訴を一般と精神障害を比べた記事がございます。そこの例えば殺人のところをごらんください。一般と精神障害者の起訴率を比べれば、著しく、つまり精神障害者が何が何でも不起訴になっているという状態ではないことが御理解いただけると思います。この表を見るところ、殺人事件でも一般で約五割の方が不起訴となっていますね。この人たち、つまり精神障害者じゃない方がたくさん不起訴になっているわけです。ところが、不起訴になったからといって、一度悪いことをしたからもう一度やるに違いないという決めつけでこの方たちが拘禁されるということはないんですね。予防拘禁されることはないんです。しかし、私たち精神障害者だけは、今度の法案は、もう一度やるに違いないということで予防拘禁しようとしているんです。再犯の予測についてもさんざん議論されましたが、要するに、またやるに違いないという決めつけ、何の科学的根拠も正当性も妥当性もないということが明らかになったと思います。
これについても、法務省の、先ほど、皆さんのお手元にある刑事局メモはこう言っています。「「危険性の予測」について誰が、どのようにして行うのか、また、どの程度の確実性をもって可能なのか等これまで指摘されていた理論的・実際的に困難な課題がある。」というふうに法務省自身がおっしゃっています。
精神障害者の事件がとても多いわけでもなく、近年非常にふえているわけでもない。再犯が特別多いわけでもない。しかも、余りに精神障害者が監禁されている実態がある。再犯予測など単なる決めつけにすぎない。それなのに、なぜこの法案が上程されたんでしょうか。皆さん、不思議に思われないでしょうか。何でこんな法案が必要とされるんでしょう、出てくるんでしょうか。
一つの具体例を見てみましょう。お手元に、「「ポチ」と呼ばれた患者」という読売新聞の記事が引用されていると思います。これは、大阪の私立精神病院箕面ケ丘病院で、職員水増しとか違法拘束とかいろいろな問題が昨年暴露されまして、この病院はことしの一月に保険医療機関指定取り消しとなりましたけれども、この中で、一人の患者さんのことが話されています。
大勢の人間が出入りするデイルーム、いわば食堂みたいなところですね、精神病院ではデイルームなどと言いますが、そこの窓の鉄さくに二メートルのひもをつけて、患者を犬のように縛っていたんです。十年近くだそうです。トイレも便器で済まし、食事もそこで済まし、この半径二メートルだけが彼の生活範囲でした。このようなことが実際にありました。
本来、人をかぎをかけて閉じ込めるとか、あるいは縛るとか、そういうのは犯罪です。皆さんよく御存じだと思います。しかし、精神保健福祉法は、本人の医療と保護に欠くことのできない限度でという建前ですが、一定の手続のもと、閉鎖病棟にかぎをかけて閉じ込めるとか、あるいは身体拘束ですら一定認めております。つまり、刑法上の逮捕監禁罪を免責するために精神保健福祉法がありまして、そして、その決定ができるのは精神保健指定医だという構造になっております。
このポチと呼ばれた患者にされたこと、十年にもわたってひもに縛りっぱなしだったということは、さすがに精神保健福祉法ですら合法化できません。犯罪です。単なる犯罪です。刑法上の罪です。しかし、この箕面ケ丘病院のこのポチと言われた患者をつないでいた人はだれ一人逮捕されていません。警察が調べたかどうか私は存じませんけれども、だれも逮捕者が出ていません。さらに、精神保健福祉法違反ということですら挙げられていません。この病院は、保険の請求が水増しだった、単にそろばん勘定のことだけで挙げられたんです。ところが、一人の人間を犬のように縛っていたことに関しては、だれも問題にしなかった、この国はだれも問題にしなかった、そのことをもう一度言いたいと思います。
例えば、同じように一人の少女を監禁していた新潟の事件がありました。この事件は大変な騒ぎになりましたよね。マスコミも非常に大きく取り上げました。そして、この犯人と言われた人は逮捕されて、公判に回されて、刑罰を受けようとしています。確かに、この少女の監禁事件も、ポチと言われた患者さんを縛っていた事件も、本当に憎むべき犯罪だと私は思います。実りあるべき人生を奪った許せない犯罪です。しかし、この国では、精神障害者とみなされた人、この新潟の事件はそのように報道されました、みなされた人が何かをすると大騒ぎになります。マスコミが大々的に問題にされます。ところが、このポチと言われた患者さんが縛られていた事件は、読売新聞ですら全国版に載りませんでした。最近、私、何人かのドクターに聞きましたけれども、このこと自体を知らない精神科のお医者さんも結構いらっしゃいました。
同じような犯罪が起こっても、加害者が精神障害者であるときと被害者が精神障害者であるときと、なぜこれほど差があるんでしょうか。やはり私たちは、精神障害者は、人間ではないんでしょうか。
塩崎議員ほかが御提出された修正案の御説明では、この法案では対象者に医療を提供するんだ、社会復帰を促進するんだという御説明がありました。しかし、今現在ですら、違法行為の前歴があって措置となった方の入院は長期化しています。今、大塚さんがよく説明をなさっています。
例えば、新潮45に、これはことしの夏ですが、「封印された殺人の記録」という、日垣隆さんという方がお書きになった記事が載っております。この記事の中では、松沢病院に長期間収容されている、事件を起こした入院患者さんが実名、顔写真で報道されております。これは何と二十年前の事件です。ということは、二十年間この方は入院させられっぱなしということなんですね。
この方の場合も半年で措置解除にはなっていますが、措置解除イコール退院、社会復帰ではないことをもう一度御確認くださいませ。何か半年で措置入院の半分とかが措置解除だという御答弁があったそうですけれども、措置解除イコール退院ではございません。措置解除されても、医療保護入院や任意入院で入院し続けている方がたくさんいらっしゃいます。昨日私に手紙を下さったある方も、放火事件を起こして措置になって、措置はすぐ解除されましたが、十六年間入院なさっています。
このように、二十年入院している方の実名、顔写真報道がされて、こんなやつが実は松沢病院では外出可で、時々周辺に買い物まで行っているんだというような書き方をされています。
この法案の対象者というものは、精神障害者で、かつ重大な事件を起こして、さらに再犯の危険があった、三重の烙印を特別に押されるんですね。こういう人たちは永久にマスコミに追いかけられると思います。なぜ社会復帰などできるでしょうか。それこそ買い物だって行けない状態になると思います。
政府は、六〇年代に精神病院をやみくもに増床しました。それまで、ある意味では放置されていたと言ってもいいかもしれませんが、辛うじて町の中で精神障害者は生きていたわけですね。ところが、町にいたその精神障害者が皆精神病院に駆り集められて監禁されていきました。したがって、人々は、日常的に精神障害者とおつき合いする機会というのを奪われてしまいました。精神障害者というのは鉄格子の中に入れられて、どこかずっと遠い精神病院に閉じ込められているものだという状況がつくり出されたんですね。これはまさにつくり出された、政府の政策によってつくり出されたんです。いわば、精神障害者は見えない存在、具体的な存在じゃなくて、非常に言葉だけの観念的な存在になってしまいました。それゆえに人々は、精神障害者は怖い、だから鉄格子の中に閉じ込められているんだと思い込むようになりました。この国の政策が人々の精神障害者差別をつくり、助長したのです。この過ちを二度と繰り返してはならないと思います。
一たんつくられた隔離収容を解消するということがいかに困難か。これは今まで坂口大臣も、たくさんの厚生省のお役人の方たちも答弁していますけれども、いわゆる社会的入院の方が社会復帰するのに十年かかるなどとおっしゃっている。それぐらい困難だ、一たん閉じ込めた政策をとったら社会復帰は非常に困難になるわけです。この状況で新たな隔離収容施設をつくることを決して許してはなりません。
ハンセン氏病の判決の中で、国の政策が差別を作出助長した、そして隔離状態を放置してきたことに関して、行政はもちろん、立法の不作為が問われたことを、今、皆さん、思い出してください。国会議員一人一人の責任が非常に厳しく問われたんです。
今現在の精神病院の人権侵害状況、お手元に配りました読売新聞の表が載っておりますね。毎年毎年よくぞというぐらい、いわゆる不祥事というのが精神病院で起きていますね。この状況を放置していらっしゃるのも、もちろん行政がまず責任がありますが、やはり立法の不作為でもあると私は思います。
しかし、この今問題になっている法案が万一にも成立することがあれば、これは立法の不作為ではありません、精神障害者差別宣言を積極的にする行為です。精神障害者差別と隔離の法を二重に成立させるという行為です。精神障害者は精神障害ゆえに犯罪を起こしやすいんだ、危険だ、だから特別な法律をつくって予防拘禁して、強制入院医療をさせなければいけないんだ、こういう精神障害者差別を再び三たび人々に植えつけるということです。
民主主義というのは確かに多数決原理かもしれませんが、私たちは二百万ですが、やはり少数者です。事人権に関する限り、少数者の人権に関する限り、多数決で決められていい問題ではありません。今まさに国会議員の皆さん一人一人の見識が問われています。
直ちにこの法案を葬り去ることを皆さんに訴えます。精神医療の今後の歴史の中で、そしてこの国の人権をめぐる歴史の中で、この法案に賛成した国会議員の名前は永久に刻み込まれるということを私たちはここで宣言します。
どうも長い間失礼いたしました。(拍手)