中川昭一の発言 (憲法調査会)
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○中川(昭)委員 自由民主党の中川昭一でございます。
御指名をいただきましたので、先ほど会長がお述べになりましたことにつきまして発言をさせていただきます。
日本は、国際社会における民族、宗教、貧困、列強による人為的な国境線画定や経済格差を起因とする地域紛争、テロによる人命、人権の喪失による悲劇に対して、国際社会における真の一員として積極的にかかわり、参加しなければなりません。これまでのように、米国の核の傘のもとで対岸の火事を眺めているわけにはいかなくなっております。
我が国国内で使われている国際貢献という言葉には、国際紛争が日本の国益とは関係ないところで起こっている、それに日本の善意からサポートするにすぎないというニュアンスがあるように思えます。国際紛争が日本からはるか離れたところで発生しても、それは日本国内で起きた事件と同じものだという国際感覚がありません。国際社会や国際法から日本の主体性を考えることを放棄してきたためであります。
ここ十数年の国際情勢、特に九・一一米国同時多発テロを契機として、他人事ではない国際貢献、国際連合憲章、日米安全保障条約と日本国憲法との整合性をいよいよ国会の場において明確なものとしていかなければならないときが到来いたしました。
日本国憲法前文は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、」「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」、あるいはまた「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、」「この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務である」としております。
国連憲章第五十一条は、個別的または集団的自衛権は固有の権利として規定しております。
サンフランシスコ平和条約第五条(c)項におきましても、今会長のおっしゃられたとおりでございます。
日米安全保障条約は、その前文において、「両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し、」と規定しております。
そして憲法第九十八条二項は、我が国が国際法規につきまして、国内法上の遵守義務を負うことを定めております。
他方、現在の内閣法制局による政府見解は、我が国がこのような集団的自衛権を有していることは主権国家である以上当然であるが、憲法第九条のもとにおいて許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限の範囲にとどまるものであると解しており、集団的自衛権を行使することはその範囲を超えるものであって、憲法上許されないというものであります。
それでは、政府見解に言う必要最小限の範囲とはいかなるものであるのか。必要最小限ではなくとも集団的自衛権を行使することはできないのではないか。ここに論理のすりかえがあるのではないか。その区別の基準は論理的か、あるいは国民を説得するものであったのか。私たちは、必要最小限の範囲の流動性をも勘案しつつ、明確な答えを見出さなければなりません。
平成二年八月のクウェート侵攻により人質となった多数の在留邦人の救出について、当時の政府はなすすべもなく、同年十一月に現地入りをし、七十四名の人質救出を実現したのは、中曽根康弘元総理を初めとする自由民主党イラク派遣団であったことは、既に多くの人々にとって残念ながら忘れ去られております。
国会においてPKO協力法が成立したのは湾岸戦争終結の一年四カ月後の平成四年六月であり、我が国は増税までして総額百三十億ドルの財政支援を行いながら、国際社会からは何らの評価も受けることがありませんでした。戦後、ペルシャ湾に派遣された海上自衛隊掃海部隊の奮闘に対しまして、国際社会からの高い評価とは裏腹に、国内では正当な評価がなされなかったことは、戦後の我が国の体質と言って割り切れるものではありません。
湾岸戦争後は、PKO法、極東有事、すなわち周辺事態に対しては周辺事態安全確保法、九・一一同時多発テロの発生を受けての対テロ、アフガン戦争に対してはテロ特措法と、事が起きるたびに対応への限定的対症療法、つまり兵力の逐次投入で後手後手の立法を重ねているのが、残念ながら我が国の現状であります。しかも、テロ特措法は時限立法であり、本年十一月二日の期限が来ればなくなる法律であります。
イラク問題は、周辺事態確保法やテロ特措法で対処できる問題ではありません。我が国は、新法の制定によりこの問題に対処しようとするのでありましょうか。
これは、法的な問題のみならず、我が国の外交戦略の基本問題であります。兵力の逐次投入の立法ではなく、現行自衛隊法第八章「雑則」に運動競技会への協力とともに規定されているPKO活動につきましては、自衛隊法を改正し、自衛隊に期待されている国際的諸任務について、第三条「自衛隊の任務」に明確な規定を設けるべきであります。
国連は、既にポスト・フセイン、戦後処理の検討に着手しつつあります。第一次大戦時、イギリス、フランス、ロシアによるサイクス・ピコ協定を発端として人為的に国境線が画定された中東地域の将来に対して、我が国の外交戦略を明確に世界に対して示すべきときが来ております。
北朝鮮による拉致問題は、我が国の主権を侵害する北朝鮮の国家犯罪であり、我が国国民の人権をじゅうりんするこれ以上重大な人権侵害はありません。拉致問題につきましては、帰国された五人の方々及びその家族、北朝鮮が一方的に死亡と発表した八人の方々のほかに、百人を超えるとも言われております突然の行方不明者が存在しており、北朝鮮に対し、全員の帰国、原状回復と、はかり知れぬ失われたものに対する対価を求めていかなければなりません。
さらに、万景峰92号等の入港による数々の不法行為や国内での北朝鮮によるさまざまな不法行為に、厳然として対処していかなければなりません。しかし、現状では、現行法体系は全く不備であります。
また、北朝鮮が現在保有するミサイルは我が国全土を射程内としておりますけれども、我が国にはこれを迎撃する装備はありません。国民の権利は御丁寧にいろいろ列記されておりますけれども、国民の生命、身体、財産を本質的に守るすべを我が国は持っていないということであります。軍隊は持てない、戦力は持てない、海外での武力行使はできない、専守防衛、集団的自衛権は行使できないといった憲法と安全保障の考え方では、真の国民及び日本の安全は確保できないのであります。
拉致事件を、捏造されたもの、でっち上げと長年にわたって主張してきた一部野党議員の責任をここに明確にしておく必要があると思います。彼らは、戦前、戦争への道を支持した議員を批判する資格はありません。さらに、五人を送還すべきという一部国会議員の意見は、国民の意思、人権への国家権力の悪用、乱用であります。
北朝鮮による一方的なNPT脱退宣言は、世界を震撼させるものでありました。我が国は、拉致問題を最終的に解決せず、北朝鮮の核開発とミサイルの脅威にさらされたまま国交正常化や経済協力を行うことは、絶対にやるべきではありません。
終わりに、今こそ憲法と安全保障の関係を見直し、戦力なき軍隊、軍隊と呼べない軍隊という自衛隊の位置づけを見直し、憲法を改正し、自衛隊法を改正すべきときであります。国連の平和維持活動等との関連からも、集団的自衛権の行使をめぐる政府見解は直ちに改めるべきものであります。
そもそも、外からの侵害に対して国民一人一人の人権、生命を守るということは、我が国の主権を確立することであります。もはや、安易な言葉だけの護憲とか、憲法第九条をPRすれば平和でいられる、悪いのは日本だ、憲法改正は危険で軍国主義になるといった考えこそが危険なのであります。
公共広告機構のテレビCMに「ニッポン人には、日本が足りない。」あるいは「日本人よ胸を張りなさい」という本もあります。いずれも外国人の言葉であります。最低限かつ最も大事な国民の生命、自由といった権利を保障し、真の安全保障の確立なくしては、国際社会への真の貢献はありません。
以上です。