井上喜一の発言 (憲法調査会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○井上(喜)委員 保守新党の井上喜一でございます。
最近の国際情勢あるいは国際協力との関連において、日本国憲法のどういうところが問題なのかというようなことについて、意見を述べてみたいと思います。
中東のイラクの問題でありますとか、あるいは北朝鮮の問題が現実の問題として要請されてまいりまして、今さらながら、我が国の憲法制定当時の状況と今日の状況、この彼我の差というのは非常に大きいということを痛感するものでございます。
私は、憲法制定当時、あるいは憲法そのものに、当時の占領軍の占領政策が色濃く反映した部分がありますけれども、憲法九条あるいは前文なんかはその典型的なものだというふうに考えます。当時、我が国は戦争に負けまして、これからどう復興していくかというようなことが中心でありまして、国際関係とは余り直接に関与をしない状況におったわけでございます。
また、占領軍といたしましても、我が国を徹底的に非武装化していく、軍備をなくしていく、こういうことを考えておりましたので、ある意味では、日本の国の状況それから占領軍の考え方が一致をしたといいますか、相矛盾することなしに日本国憲法がつくられた、こんなふうに私は理解するわけであります。
今日、日本の国も当時とは随分変わりまして、経済的にも非常に大きな国になってまいりましたし、またそれなりに国際社会に対して責任を持つようにもなってきておりますし、また一定の役割を果たすことを要請されてきている、こういう状況だと思います。
そういったことで、我が国も、国際的な平和と安全の維持でありますとか、あるいは自由貿易体制の維持など、これは日本の国益を守るためにも必要になってきている、こういう状況だと思います。
イラクの問題、中東紛争の問題を考えますときには、エネルギーの安定供給の確保というのが、我が国の経済活動あるいは国民生活の上で死活的に重要になっているわけでありまして、こういうようなことを十分念頭に置いてこれらの問題に対処していかないといけない、こんなふうに思います。
さらに、北朝鮮の核開発の再稼働宣言でありますとか、あるいはミサイルの発射実験、これは我が国に対する直接の脅威、これを現実のものにしているわけでありまして、これに対処していくことは当然のことだと思います。
また、テロ活動が世界的に拡大をしておりまして、テロ、ゲリラが世界の平和と安全に対する一大脅威になっているということ、これまた周知のことでありまして、そういった撲滅のための国際協力が求められるに至っておりますし、我が国としては、最大限そういったことに協力をしていかないといけないと思います。
これは、憲法調査会でありますので、制度的に国内の憲法あるいはその他の法体制をいかに整備していくかということが今日の議論だと私は思うのでありますけれども、状況の変化に対応いたしまして、憲法九条の解釈というのも微妙に違ってきたと私は思うのであります。
日本政府の基本の考え方は、自衛権と集団的自衛権は本来の権利としてある、固有の権利としてあるんだけれども、集団的自衛権の行使については憲法九条で禁じられている、こういう解釈をしているのでありまして、その集団的自衛権の行使であるかないか、これを判断する基準として、武力の行使の一体化ということを言うわけであります。他国の軍と武力行使を一体化して行う、それが判断の基準で、集団的自衛権の行使になるのかならないのか、こういうことを言ってきたと思うのであります。
どうもこの解釈も、近代兵器が飛躍的に発展してまいりますと、なかなか明快に説明できる区分でなくなってきていると思うんですね。一体になっているのかなっていないのか、どういう状況をもってそういうことを判断するのかということが非常に難しいということで、こういうことを言うこと自身が非現実的になってきている、こんなふうに思うのであります。
私は、そういう意味で、日本国憲法の解釈、集団的自衛権についての解釈あるいは武力の一体化の解釈、これについてもう少しやはり詰めていく必要がある、解釈の変更を含めてこれはきちっと詰めていく必要がある、こんなふうに考えております。
九条の問題というのは、まさに日本の国の存立にかかわる基本の問題でありますので、今日の状況をよく考えた上で柔軟に対応できるように、かつまた一つの原則というようなものも必要でありますので、そういう原則もしっかりと規定をしていく、そういうようなことが必要だ、私はこんなふうに思います。
どうも、九条をそのままにしておいて解釈を自由に変えていくというのもいかがかと思うのでありまして、解釈を変えるならば、これがもう限界だというような解釈の変更をすべきでありますし、その解釈でどうも現実に対応できないというような場合は、九条の見直しそのものをしていかないといけない、こんなふうに考えております。
いずれにしましても、法律を墨守して日本の安全がないがしろにされることのないようにするということであります。憲法も現行法でありますから、死文の憲法になるというのはやはり一番の問題でありますので、生きた憲法として現実の諸問題に対応できるような憲法の見直しをしていく、あるいは憲法解釈をしていくということが必要である、こういうことを申し上げまして、陳述を終わります。
〔仙谷会長代理退席、会長着席〕