前原誠司の発言 (憲法調査会)
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○前原委員 民主党の前原誠司でございます。
それでは、イラク問題を通じて、憲法と条約の関係について話をさせていただきたいと思います。
国内法と国際法の関係に関しては、大まかに三通りのカテゴリーが考えられます。まず一つは、国内法と国際法は、それぞれ法的根拠を全く異にした別個独立の法秩序だとする考え方であります。他の二つは、国際法と国内法は、ともに同一の法的根拠に基礎を置く法秩序を構成しているという考え方ですが、どちらに優位を認めるかによってその見方が分かれます。つまり、国際法優位論あるいは国内法優位論とも呼べる考え方であります。
ここでは、どの学説が妥当かという学術的アプローチは本旨ではありませんので割愛しますが、日本では、最高法規である日本国憲法第九十八条に、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」と書かれており、締結、批准した条約などの国際取り決めに違反する行為を憲法は認めていないということを、外交を遂行する上で常に念頭に置いて行動しなければなりません。
日本も加盟している国際連合の憲章には、国連加盟国が他国を攻撃したり、あるいは侵略することを基本的に禁止していますが、自衛権の発動と、国連安保理の決議がある場合の二ケースのみ、例外として他国への武力行使を認めています。
今回の米英などによるイラクへの攻撃が例外の二ケースに該当するかどうかを、それぞれの観点から検証してみたいと思います。
まず、自衛権の行使に当たるかという点ですが、結論からいえば、国際社会全般で採用されている自衛権発動の三要件、つまり、急迫不正の侵害があり、他に手段がなく、必要最小限の武力行使を行うという状況は全く整っておりません。現にイラクは、国連の査察に対して、全面的とは言えないまでも、小出しながらも協力し、まさに米英などを今にも攻撃しようとしている状況にはありません。
確かに、昨年九月にブッシュ大統領が明らかにした国家安全保障戦略、いわゆるブッシュ・ドクトリンが指摘しているように、一昨年の九月十一日にアメリカで起きた同時多発テロ以降、戦争の概念が変わったのだという意見は傾聴に値します。
現在唯一の軍事超大国になったアメリカに対して宣戦布告し、面と向かって戦いを挑む国はなかなか見当たりませんが、そのかわり、アメリカを快く思っていない国がテロ組織に武器や資金を横流しし、そのテロ組織がアメリカやその同盟国などに対して攻撃をしかけるという可能性は今後も十分考えられます。ましてや、その組織が核や化学兵器、生物兵器などの大量破壊兵器を保有してテロ活動を行えば、甚大な被害が出ることは容易に想像できます。したがって、特に大量破壊兵器が拡散してテロ組織の手に入る前に先制行動に出るという説明は、全く理解できないわけではありません。
しかし、だからといって、そのような先制行動は、確立された国際法規では認められておりません。急迫不正の侵害もないのに、ただ、テロ組織を支援しているのではないか、あるいは大量破壊兵器を開発しているのではないかという疑惑だけで他国を攻撃できるとすると、自衛権の拡大解釈につながり、いとも簡単に他国への攻撃が可能となってしまいます。
どの程度で自国に危険が迫っていると考えるかなどの基準は、だれがその判断を下すかによって大きく異なります。まして、現在の安保理常任理事国はすべてが核保有国であり、自分たちの保有はあくまでも善であり、他国が保有すれば悪であると烙印を押すのは、どうひいき目に見ても均衡を失っていると言わざるを得ません。
したがって、危険をあらかじめ除去するための先制行動は、今後議論を経て、国際法規、国際慣習として確立する必要性はあると考えますが、現時点における正当性はないと断じざるを得ません。
次に、今回のイラクへの攻撃は、安保理の決議にその正当性を見出せるかどうかについて考えたいと思います。
ブッシュ大統領やパウエル国務長官は、国連決議一四四一、六七八、六八七をひもといて武力行使の正当性を主張しています。しかし、少なくとも決議一四四一と六八七は、武力行使を認めたものではありません。
決議一四四一は、イラクに対し武装解除の義務を遵守する最後の機会を与え、強化された査察体制を構築し、実施し、イラクにさらなる重大な違反があった場合は安保理会合を即時に開催すると決めています。アメリカのネグロポンテ国連大使も、当初、武力行使への隠されたナイフはない、自動性はないと発言していました。また、川口外務大臣も、衆議院予算委員会で、国連決議一四四一が武力行使を認めたものとは理解していないと答弁をしています。何よりも、当時の非常任理事国であるシリアも含めて十五カ国全会一致だったことを考えると、決議一四四一が武力行使を認めていると考えるのは、極めて恣意的な見方と言わざるを得ません。
決議六八七は、大量破壊兵器やミサイルの破棄などを定めたもので、それにイラクが違反した場合は、過去の諸決議に戻ります。
その一つである決議六七八は、確かに、イラクをクウェートから撤退させるためと同地域における国際の平和と安全を回復するため、クウェート政府に協力している加盟国に対し、あらゆる必要な手段をとる権限を与えるとしています。アーミテージ国務副長官も、国連決議六七八が武力行使の根拠になり得ると発言しました。
問題は、だれが、同地域における国際の平和と安全が脅かされており、回復されなければならないと決めるかという点であります。安保理の一部は、同地域における国際の平和と安全が脅かされていると考え、他の一部の国は、脅かされているとまでは言えない、さらなる査察が必要だと考えているとすれば、当然その判断は一部の国が独断で行うべきではなく、再度安保理で決める性格のものです。したがって、十三年前の古い決議を一部の国が勝手に解釈して、それを根拠に武力行使は可能だとする理屈は正当性を持ち得ず、決議六七八のあらゆる必要な手段をとる状況か否かを安保理で再度議論し、結論を得ることが不可欠となります。
したがって、論理的な帰結として、同地域における国際の平和と安全が脅かされていると判断を下す新たな国連決議が必要であり、それなくしての武力行使は、国連憲章に違反していると言わざるを得ません。アメリカもイギリスもそして日本も、このことに気がついていたからこそ新たな国連決議を模索したのです。それが、最低でも必要となる九カ国以上の賛同が得られず、ましてやフランスなどが拒否権行使不可避な状況になったからといって見切り発車することは、国連憲章をないがしろにすることにほかなりません。
また、日本が新たな国連決議なき武力行使に支持を表明することは、条約や国際法規の誠実な遵守を定めた憲法に抵触する可能性が高いという点もあわせて指摘し、ひいては、閣僚の憲法遵守義務を定めた憲法第九十九条に違反する判断を小泉総理が下したことになり、その政治責任を求めたいと考えます。
政府や与党の一部には、北朝鮮の問題がある以上、国連憲章上問題があろうがなかろうが、アメリカへの支持を打ち出さざるを得ないとの考え方があります。それに対して、幾つかの観点から言及したいと思います。
確かに、北朝鮮の瀬戸際外交はエスカレートしており、緊迫した状況であることは疑いの余地はありません。北朝鮮との交渉において、アメリカの強大な軍事力を背景とした威圧感、抑止力が一定の効果を持つことは否定しません。だからといって、国際法の正当性の乏しい行為に対して支持を与えることは、日本外交のバックボーンである国連を中心とした国際協調主義に反するばかりか、前に述べたように、条約や国際法規の誠実な遵守を定めた憲法に背く行動になることになるのです。一貫性のある外交がまさに日本に求められております。
ましてや、米英などの一方的な武力行使により、国連安保理が機能不全に陥ることは避けられない状況であり、北朝鮮問題の国連の場における解決がむしろ難しくなったと言わざるを得ません。北朝鮮問題を包括的かつ平和裏に解決するためには、当然、中国やロシアの理解、協力が不可欠であり、アメリカの単独行動主義に何が何でもついていくという姿勢ではなく、むしろ国連安保理の機能維持に努めることが北朝鮮問題解決のためには必要な観点なのではないでしょうか。
そもそも、仮に日本がアメリカの武力行使を支持しなかった場合、アメリカは北朝鮮問題に後ろ向きになるのでしょうか。アメリカが今最も執着していることがテロ支援国家の掃討であることを考えると、北朝鮮はまさにその対象として考えられる国の一つではないでしょうか。
さらに言えば、日本はアメリカに対してそれほど卑屈になる必要があるのでしょうか。アメリカがボランティアで日本との同盟関係を結んでいるとは到底考えられません。日米同盟関係は、確かに双方の役割は非対称的ではありますが、アメリカのアジア太平洋戦略にとって死活的に重要な諸基地を日本は提供しており、また、年間六千億円以上の米軍駐留経費負担をしていることを考えると、なぜ、その貢献を明らかにする中で堂々と日本のスタンスを主張しないのでしょうか。
北朝鮮問題を取り上げてアメリカ支持の必然性を説くロジックは、まさに日本外交は場当たり的で、理念一貫性に乏しく、アメリカとの国益をかけた戦略対話を放棄していることを白日のもとにさらすだけであり、憲法が求めた基本理念の一つである平和主義を本気で希求していない理屈であるということを最後に申し上げて、私の発言を終わらせていただきます。