仙谷由人の発言 (憲法調査会)
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○仙谷委員 民主党の仙谷でございます。
今国会における憲法議論について感想を述べたいと存じます。
今国会、この憲法調査会における議論も、大変精力的に、テーマ別審議という形で行われたわけでありますが、その他、各常任委員会、特別委員会の議論に参加し、もしくはある種横から見ておりまして、この日本の現在置かれた状況がいかにあらゆる意味で変革を迫られているか、別の表現をすれば、あらゆる改革諸課題はすべてこの日本という国家の将来のあり方、国の形、その論議を抜きにしては語れないところに到達をしているという感を強くするわけでございます。換言すれば、現在、日本がある種の閉塞状況あるいは行き詰まりということがよく言われておるわけでありますが、日本はどのような危機に直面しているのか、そのことは一体いかなる危機なのかということを絶えず頭の片隅に置いて議論をする必要があるなということに思い至るわけでございます。
私は、東京大学の神野教授がおっしゃっていることに少なからず同意をしている部分がございます。神野教授は、結論から言いますと、財政の危機というのは社会全体の危機の結果であるということをおっしゃいます。社会全体という広い意味での社会のシステムは、政治のシステムと経済システム、それから狭い意味での社会システムという三つのサブシステムから成っている、しかし、この三つのサブシステム相互間の相互作用を調整する媒介のもの、媒介環が財政である、財政の危機というのは社会全体の危機の結果の表現であるというふうにおっしゃるわけであります。
財政社会学の元祖というふうに言われておりますシュンペーターによりますと、現在の制度が崩壊し始めて新たな制度が生まれ始めているとき、そういうときにはいつも財政が危機に陥るという歴史的な事実があるということでございます。
一九九六年に橋本内閣が六大改革ということを主張いたしました。まさに、一九四六年から数えましてもちょうど五十年目の節目に、あらゆる日本の諸制度を改革せざるを得ないという認識に当時の自民党内閣も到達したのでありましょう。しかし、その時点での財政危機宣言を出されたという事態もあったわけでありますけれども、財政を、増税や、要するに数量の問題だけで決着をつけようとしても、それは決して解決にならない。つまり、政治のシステム、経済のシステム、社会のシステムすべてにわたる改革が行われなければ財政の危機も解決できない。まさにそのことがあらわれているのが現在の事態だろうと私は見ておるわけであります。
そして、今国会の議論を見ておりましても、非常に重要な国家論的、憲法論的争点が提起をされたわけであります。それは、この憲法調査会でも、一月から始まりました憲法調査会で、アメリカ、イギリス両軍のイラクに対する軍事的な攻撃とフセイン政権の打倒ということが結果として行われているわけでありますが、第二次世界大戦後のいわゆる世界秩序として構想され実践されてきた国際連合による安全保障というものが、この米英軍のイラク攻撃の中でどうなっていっているのかということが、まさに私どもが考える国家との関係において、主権国家の主権行使との関係において、非常なる問題として提起をされているというふうに考えます。
私どもは、いわゆるみずからの領土あるいは国民というものをいかにして守るのかという議論に、必ずしも決着がつけられていない。つまり、専守防衛の自衛力というものを保有すること、国連憲章上でいえば、国連による集団的措置が行われるまでの間に行使が許される個別的、集団的自衛権というものを、憲法上いまだ位置づけられていないということでございます。
そういう状態の中で、今度は集団的取り決めを超えた米英軍による攻撃、そしてまた一国の、主権国家の政権を、国連による取り決めではなくして、アメリカという極めて強大な国家による力で政権を倒してしまう。昔の言葉で言えば、これは明らかに内政干渉といいますか、軍事力による内政干渉であり、軍事力による主権国家の打ち壊しというものであろうかと思いますが、そのようなものが国際法秩序、そして主権国家の主権との関係で、いかようにして正当化、合理化されるのかという新たな問題に突き当たっているわけでございます。
そしてまた、今国会では、緊急事態法というものが上程をされ、成立をいたしました。これは、古典的な意味での専守防衛というもの、あるいは自国の領土を守る個別的自衛権、あるいは集団的自衛権との関係で、どのような体制を基本的人権の保障との関係でつくり得るのか。あるいは、主権国家が個人や自治体を含めた団体にどこまで強制をし得るのかという問題でありますから、ある意味で、今度のイラク戦争が提起した問題とは質の違う問題でありますけれども、これも、憲法上の議論として、緊急事態権を基本的人権との関係で議論をし、そこに憲法的な規定として規定が存在することが、同時並行的に本来は行われなければならない問題であると私は考えているところでございます。
今国会では、さらに、個人情報保護の問題、あるいは男女共同参画の問題、あるいは人権擁護法案の問題というふうな問題が提起されておりまして、これも考えてみますと、新しい人権や人権を実効的に保障するためにどのような仕組みが必要かということを考えますと、ヨーロッパ諸国が現在とりつつあるような、憲法上の機関としての人権擁護機関あるいは人権救済機関というふうなものが必要ではないのかという議論を生まなければならない、憲法上の議論を行わなければならないというふうに考えたところでございます。
さらにもう一点、日本は、三位一体の改革ということで、今分権推進法との関係で分権論議がされているわけでありますが、よく考えますと、これはまさに国の形、中央政府と地方政府の権限分配と財源、税源、課税権をどのように規定するのか、まさに憲法上の問題であると思います。
そして、与党と内閣の一元性、一体性の問題というのもまた、政治権力はいかにしてつくられ、それがいかにして組織されなければならないのかという総理大臣の権限問題であると同時に、行政各部と内閣の問題、さらには国家公務員の地位の問題という問題に行き着くはずでございまして、これを憲法上の議論として改めて行わなければならないと思います。
私は、このことしの憲法議論をずっと拝見しておりまして、やはり憲法というのは、基本法のエキスを、あるいは基本法のさらに重要な諸原則を規定する基本法だなということを考えるわけでございまして、そういう憲法的な視点から、あらゆる改革論議、そうして基本法の論議をしなければならない。そしてまた、それを改めて構成し直すと、日本の二十一世紀の国のあり方というものが浮かび上がってくるのではないかというふうに考えているところでございます。
まとまりのない話になりましたけれども、以上で私の発言を終えたいと存じます。