仙谷由人の発言 (憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会)

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○仙谷小委員 アイデンティティーと安全保障の問題との関連でちょっとお伺いするわけでありますが、この日本国憲法、現在の憲法の前文を割と否定的にとらえる人は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」こういう空想的な文言があるからいかぬのだ、こういうことを大声で言う人が日本には相当いらっしゃるようであります。政治家にも相当数いらっしゃるようであります。
 しかし、考えますと、例えば、国際連合憲章に、「正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、」そういう文言があります。「国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、」こういう文言があるわけですね。
 それで、第二次世界大戦後の世界の世論といいますか、あるいは連合国の考え方あるいはその精神というのは、やはり、戦争はやめようよ、武力の行使をするときには国際連合という枠組みでやろうよ、そういう基本から国際法を、手続的にも、あるいは戦争違法化という流れもつくっていこうよと。こういうことが、その精神が抽象化されて現在の憲法の前文にも書かれているだけだ、私はこういうふうに思っているんですね。
 だから、文章とか言葉というのは抽象化すればどんどん抽象化させることができるし、具体化させればどんどん具体化させることができる。それが具体的じゃないからといって、それでそれが丸腰の、全く空想的であって意味がないなんという議論にはならないんじゃないかと思うんです。
 そこで一つお伺いしたいのは、日本人が、日本人のアイデンティティーとして、今の時点で、安全保障との関係で、もしこの前文を書きかえるとすれば、私は、核兵器の廃絶問題については日本人は見解を示すべきだと思うんです。
 つまり、大量破壊兵器であれ、核兵器であれ、唯一、原子爆弾の被爆を受けた国民としては、この問題が二十一世紀の地球社会におけるいかなる問題であって、我々はそれに対してどういう態度をとるのかということだけは書かなければ、日本人のアイデンティティーを国際社会に示せない、こういうふうに考えるんですが、参考人の御意見はいかがですか。

発言情報

speech_id: 115604189X00520030703_017

発言者: 仙谷由人

speaker_id: 31924

日付: 2003-07-03

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会