田島泰彦の発言 (個人情報の保護に関する特別委員会)
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○田島参考人 本日は、本院で発言の機会を与えていただきまして、ありがとうございます。
私は、憲法やメディア法という領域の研究者という立場から、現在本院に上程され審議されております個人情報保護に関する一連の法案につきまして、意見を申し述べたいというふうに思います。その中でも、特に表現の自由などの点で問題を多く抱えているというふうに思われます、主として民間部門を規制対象としている個人情報保護法案を中心に取り上げて意見を申し述べる、そういうつもりでおります。
法案の具体的な検討に立ち入ります前に、個人情報の保護法制という課題、問題を考える際にどういう基本的な考え方を持つ必要があるか、そういう点についての私の意見を最初に述べたいと思います。
私自身は、この点につきましては、二つの視点、二つの観点が非常に重要だというふうに思っております。
一つは、現代社会におきまして、個人情報の保護という問題はプライバシーの確保あるいは人間の尊厳という観点から見てとても重要な課題だと思われます。したがって、そのような個人情報をしっかりきちんと保護できる仕組みを確保する、そういう必要性であります。すなわち、真に守られなければならない個人情報を的確に保護する、そういう法制を確立する必要がある。これが一つであります。
それからもう一つは、他方で、個人情報の保護法制というのは、一般に、個人情報という非常に広い対象を保護範囲とし、情報の収集から管理、利用までの全プロセスを規律する、しかも、本人情報の開示請求などを情報の保有者に義務づけるなど、非常に強力な規制をもたらすものですから、制度のあり方いかんによっては、市民社会の非常に重要な価値である表現の自由あるいは情報の自由な流通、情報の公開、こういう非常に大事な価値や制度を過剰に、あるいは不当に妨げる危険も一方で持つわけであります。憲法が保障し、私たちの自由な社会の基盤となるこのような価値や制度を侵害しないような制度の設計が他方で求められるのではないかということであります。
要するに、本当に保護すべき個人情報をきちんと守るとともに、他方で、表現の自由などを侵害してはならない、そういう価値、そこにもしっかり配慮を加える、こういう制度を探求していくというのが肝要ではないかというふうに思われます。
具体的には、国の行政機関など官に対する厳格な規制、それから、民間につきましては、非常に柔軟で、あるいは緩和された規制という方向が一般的には目指されるべきだと思われます。
まず何よりも実現されなければならない課題というのは、政府や自治体というものは私たちの生活にかかわる非常に重大で膨大な個人情報を収集、管理、利用しているわけですから、こうした行政にかかわる個人情報こそ、それが乱用されたりしないように厳格に規制し、市民によるきちんとしたコントロールが強められなければなりません。
これに対して、民間部門にも膨大な個人情報が蓄積され利用されているのは確かでありますので、これに対する規制の必要性もあるわけですけれども、しかしながら、民間においては、表現の自由や私的自治などの原則により、市民の原則自由な活動というものが保障されてしかるべきでありますし、また、そこには多種多様な活動主体と活動内容が見られます。したがって、その規制のあり方というものについては、厳格で一律的な規制というやり方ではなくて、その多様な活動に即した、あるいは主体に即した規制のあり方というのが丁寧に探られなければならないというふうに思われます。
さて、このような基本的な観点というものを踏まえまして政府案を考えるとどうかということですが、今の修正法案のもとになっている旧法案というのは、以上のように求められている個人情報の本来の制度と根本的に背馳し、むしろ官に甘く民間に厳しい、そういう本末転倒の制度ではないかということで、市民やジャーナリズムなどから厳しく批判されてきました。
今回の政府案は、民間の法案につきましては、基本原則を削除し、義務規定の適用除外の範囲を広げるなど、表現の自由などに対し一定の配慮が加えられており、また、行政機関を対象とする法案につきましても、罰則が新たに導入されるなど、一定の改善がもたらされていることは認められてよいというふうに思います。
しかしながら、官に対しては厳格な規制を行い、民間に対しては表現の自由などに配慮した規制を加えるという本来求められる保護法制の方向は、今回の修正法案でも、旧来の法案と同様、実現されていないというのが私の意見です。今回の政府案も、旧法案の基本的枠組みを維持するものであって、本質的な問題を抱えたままではないかというのが私の意見であります。
それでは、具体的に、中身に立ち入って、今述べた点を述べさせていただきたいと思います。
ここでは主として民間の法案を検討いたしますけれども、まず、その理念規定というものについてですが、基本原則の削除によりまして、表現や取材・報道規制の危険というのが一定除去されたというのは確かだと思います。しかしながら、他面で、基本原則部分の前書きとして置かれていた条項、これは三条ですけれども、これは一部修正の上、基本理念規定として存置されました。何人にも個人情報の適正な取り扱いを図るよう求めているわけです。
これが懸念されるのは、抽象性を非常に高めたとはいえ、この規定が、表現、報道の現場やプライバシー訴訟などの場面で利用され援用されて、削除されたはずの基本原則の役割を実質的に引き継いでしまうのではないか、そういう危険性を私は危惧しているわけです。このようなおそれが残る理念規定というのは、やはりきっぱり取り去る必要があるのではないでしょうか。
次に、義務規定をめぐってもさまざまな問題があります。
主務大臣の行政権限行使につき表現の自由等の侵害禁止をより明確に求めるとともに、報道機関等への情報提供者の行為に対する大臣の権限不行使を定めております。
この点も多少の意味がないわけではないと思います。しかしながら、前者、すなわち、主務大臣の行政権限行使につき表現の自由などを侵害してはならない、そういう規定についてですが、ここで肝要なのは、表現の自由を侵害する権限行使が実際に大臣によってなされた場合、それを矯正したり是正したりすることのできる実効的なチェックのメカニズムが導入されるということなんですね。この具体的な担保となる手続と制度なしでは、この規定は、場合によったら絵にかいたもちになるおそれが強いと言わざるを得ません。
さらに、報道機関などへの情報提供者に対する主務大臣の権限不行使の規定についてですが、これは、内部告発を保護し、報道の自由に一定資するということになるのは認められていいと思います。しかしながら、ここでは行政権限の行使が及ばないということを定めるにとどまっているわけでして、実際に第三者への情報提供自体が原則違法であるという点については変わりがないわけです。そのために、情報提供者への、大臣の権限は及びませんけれども、情報提供者に対して損害賠償の提訴がなされたり、あるいは解雇などの形での身分上の不利益措置が追及される、こういう点でその抑止的な効果は引き続き残る余地があります。第三者提供禁止の例外として、明確に規定される必要があるというふうに思われます。
さらに、義務規定の適用について、フリージャーナリストや作家にもその除外が及ぶように除外の範囲を拡張した点も表現の自由の観点からは一定の評価に値しますが、他方で、広範な市民や市民団体、労働組合などによる表現・コミュニケーション活動などが、大臣の命令や刑罰、刑罰の前提となる逮捕や捜索などの強制捜査の対象となるという点については変わりがありません。同じような活動をしても、プロフェッショナルな報道機関や作家は保護されるけれども、それ以外の普通の市民、市民団体は規制の対象になる。一体ここに本当に説得的な根拠や理由というのが見出せるでしょうか。
それからさらに、今回新しく報道の定義規定というのも導入されたわけであります。ここでは、そこに書かれてありますように、報道の範囲というのが、事実とそれに基づく意見の伝達というものに報道の範囲が狭く限定されています。しかも、それにとどまらず、そもそも、国家が報道とは何かということを定めたり、あるいはそれを枠づけていいのかという根本的な問題があります。ここまで報道の中身に深く立ち入って国家がその枠を決める、これは表現の自由の本質的な原則から問題を持つのではないかというふうに私は思っております。
いずれにしましても、報道目的や著述目的を外れると判断された個人情報の扱いにつきましては、メディアや著述家も大臣の命令や刑罰に服することになります。さらに、メディアや作家は、義務規定の直接の適用は万が一免れたとしましても、安全管理や苦情処理その他個人情報の適正な取り扱いを図る自主努力が引き続き求められております。これは五十条三項ということになりますが、ここからも行政指導などの形で官の介入を招いたり、あるいは疑惑の追及を受けている政治家などからの圧力を受ける、その根拠となる危険というのがあるのではないか、こういうふうに思います。
このように、修正された政府の法案は、民間に広く義務規定の網をかけ、大臣が行政権限を行使するという旧法案の構造と枠組みを基本的に維持する提案であって、これでは抜本的な見直しというふうにはとても言えないのではないかと思います。
それでは、最後に、個人情報のあるべき保護法制の方向とはどういうものかということについて一言申し述べます。
個人情報のあるべき保護制度の方向は、民間規制については、重要緊急な特定領域への個別法規制とそれ以外の分野での自主規制の強化だというふうに私には思われます。万が一、次善の策として、提案されている法案の枠組みを前提とすればどうかということですけれども、その場合には、通信とか信用、金融、あるいは医療、あるいは教育など特定領域に限定して義務規定を適用するといういわゆるポジティブリスト方式というのが必要でしょうし、野党案でも提案されていますように、今や国際標準でもある独立機関による行政規制というもの、この二つが抜本的見直しには不可欠であろうというふうに思います。
他方で、行政機関については、民間に比べて厳格な規制をする、市民による自己情報コントロール権を行政機関に対して加えていく、それを徹底していくということが非常に重要な課題となると思われます。
今回の修正法案では、一定の罰則導入だけにとどまり、適正取得の規制とか、センシティブ情報の収集禁止であるとか、目的外利用禁止規定の徹底であるとか、本人情報開示について大幅な例外を定めているものを限定化するとか、運用チェックなどのために第三者機関を導入するとか、重要な課題が余りにも残されたままであります。これでは本来の、行政機関を厳格に規制する法案にはならないというふうに思う次第であります。
最後に一言、審議へ要望しておきますけれども、いずれにしましても、私の意見では、政府案というのは非常に多くの問題を抱えているというふうに思われますし、しかも、野党からも別な案が出されているわけです。情報や表現のあり方に、この個人情報の保護のシステムというのは非常に重大な影響を及ぼします。我々の民主的な社会がどうあるべきかということにかかわる、そういう制度であると思いますので、ぜひ、さまざまな論点、問題点、これについて徹底した、時間をかけた議論をお願いしたい。余り拙速に、問題を積み残したまま通過させるようなことはすべきではないのではないかというふうに思いますので、慎重な審議をお願いしたいというふうに思います。
どうもありがとうございました。(拍手)