渡辺昭夫の発言 (武力攻撃事態への対処に関する特別委員会)
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○渡辺参考人 平和安全保障研究所の渡辺と申します。
平和安全保障研究所というのは、防衛庁と外務省の指導のもとに、関連の研究や世論活動をやっている民間の研究機関でございます。
なぜそのことを申し上げるかといいますと、平成九年、今から六年ぐらい前に、私どもの研究所の前理事長の阪中友久理事長時代に、「有事法制についての提言」という文書をまとめて、世の中に問うたことがございます。この中には、その研究報告書や、あるいは阪中前理事長からのお話をお聞きになった方がいらっしゃるのではないかというふうに思います。
それから六年がたったわけでございますが、現在、この委員会及び国会全体として、いわゆる有事法制という問題について真剣に御議論いただいているということに対して、心から敬意を申し述べたいと存じます。
私は、時間の関係もございますので、個々の具体的な法案に関連してコメント申し上げるというよりも、非常に基本的なことについて三点ほど私の考えを述べさせていただきます。
まず第一は、対象の限定といいましょうか、有事の定義。これは、国民緊急事態とか国家非常事態とか、それぞれの国の事情によっていろいろ呼び方があると思いますが、いずれにしろ、国民の生命財産の保護のために国家が強力な措置を直ちにとることが要請されている事態だというふうに私は考えます。
そうしますと、いわゆる外部からの武力攻撃事態というのは、実際に発生する事態というのは余りにも明白であって、これはほとんど議論の余地がないんだろうと思います。一番難しい問題は、その外側にどこまで広げるのかということである。私は、あらかじめ申しますと、余り対象を広げないような限定が必要であるというふうに考えます。
御議論いただいているいろいろな案によりますと、例えば、武力攻撃のおそれがある事態であるとか、あるいは武力攻撃予測事態というような、いろいろな言い方があると思いますが、私個人の好みからいうと、与党の修正案でございましょうか、武力攻撃予測事態というふうにまとめた方がすっきりするように思いますが、いずれにしろ、この場合は、急迫性とか緊迫性というものの判断というのが非常に重要になるわけですね。したがって、これは、一般的に言うと非常に議論のあり得る状態、非常に難しい状態であるということを理解しておかなきゃいけないと思います。
それから、それ以外の緊急事態として、テロとか不審船などの、いわゆる国家以外の武力集団からの脅威への対処ということが今日ではますます重要になってきている。これは非常に悩ましい問題であると思うんですが、これを我々は無視するわけにはいかない。その場合に、まあ多くの場合は何らかの敵対的な国家の意思というものがかかわっているとは思いますが、その関連を明白に判定しがたい事態であっても、我々としては座視するわけにはいかない、こういうことになるだろうと思います。
以上、申しましたように、対象というものを広げても、私はその辺だろうと思います。例えば予防外交とか、もっと、いわゆる広い、低いレベルという言い方がいいのかどうかわかりませんが、もっと広い意味で、紛争が激化しないように国際的にいろいろ協力しないといけない、こういうことは非常に大事な課題になっております。しかし、これは、いわゆる有事法制とか武力事態ということとは区別した方がいいように私は思います。
以上が第一点です。
第二点は、今度は権限の限定ということであります。
これは、必ずしもこの問題だけに限らず、一般的に国家というものに、今日、現代の国家に要求されている機能というのはいろいろ複雑になってきております。経済的な運営というものもそうでございますが。そうしますと、能率的、効果的であるということが非常に要請されるわけですね。したがって、国家は効率的な仕事をしなきゃいけない。そのためには権限を与えなくてはならない。しかし、同時に、他方では個人の人権が守られなければならないという、この二つの要請というものに常に国家というものは直面するわけであります。ある人の言い方によると双頭の国家、二つの頭がある国家というふうに言うわけで、この二つを常に持っていなきゃいけないというのが一般論として言えると思います。
緊急事態といいましょうか、武力事態に関してもそうでございまして、この事態に際して国家が求められる機能、仕事を効果的に遂行するためには強力な措置が必要である。しかし、不当に個人の人権を侵してはならない。これは憲法十三条に、公共の福祉に反しない限り国民の権利を最大限に尊重すべしに書いてございますが、これをひっくり返せば、すなわち、緊急の事態においてはある程度は国民の権利を制限しなきゃならないという認識が同時にあるということになると思うんですね。いずれにしろ、こういうのが必要である。
この問題は、少し別の角度からいいますと、先ほど申しました、国家が何かの事態に対して効率的に機能しなきゃいけないという効率の視点からも実は大事なことであって、つまり国民の自発性を引き出すことが大事だと思うんですね。
つまり、一方では命令ということがありますが、一方では説得ということがあるわけで、一方的に国家が何々しろというふうに国民に対して命令をしても、一つの組織の中で、例えば自衛隊なら自衛隊の中でもそうだと思うんですけれども、命令ということは非常に大事でありますけれども、それぞれの命令を受ける側が、それに対して積極的に支援する、目的を理解してそのために協力をするということが非常に必要なわけでありまして、そういう意味で申しますと、そもそも国民と国家が対抗関係にあるわけではないわけでありまして、それぞれの立場から、この共通の事態にどう対処するかという覚悟が必要であろうと思います。
このことは、国民の協力ということは、現在御用意なさっている法文にあちこちに出てくるので、それは大変結構なことだと思うんですけれども、全体の精神として、その点はもう少しはっきりした方がいいように私は思います。
最後の点は、包括性ということでございます。つまり、権限の集中でございますね。これは、先ほど申しましたように、国家がそういう事態に対して効率的に行動するための権限というのは集中しなきゃいけないということがございます。
これは、個々のお役所はよく仕事ができる、つまり効率性の基準を満たしていると思うんですが、ただし、相互の関係が必ずしもよくないというのが、まあどこの国でもそうだといえばそうなんですが、我が国についてはしばしば言われることであります。つまり、全体としての政府の機能が低下してしまう。
竹下登元首相が、回顧録の中でこういうふうにおっしゃっています。日本の官僚機構は基本的に世界に冠たる頭脳集団です、しかし、これには括弧があって、ただし縄張り争いをしなければという、その括弧の中でみんなが切磋琢磨している、それをどうコントロールするかが政治だというふうにおっしゃって、まさにそのとおりだと思うんですね。
ということで、なぜこういうふうに申し上げるかというと、今議論しているのは、武力事態というのは、あるいは緊急事態というのは、もちろん自衛隊とか防衛庁が中核的な役割を果たすわけでございますが、防衛庁や自衛隊が活動できるようにどういうふうに邪魔をなくすかという精神ではなくて、国家の全機能がそこに総合的に動員されなければならない、動員されなくてはならないという意味でございますので、これは何か、どこか、あそこの官庁の仕事だろうというふうにほかの官庁が思ってはならないわけであります。
そういう意味で、トップの政治主導というのがどうしても不可欠になるということを、この際、改めて確認しておく必要があると思います。
以上でございます。(拍手)