齊藤正彰の発言 (憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会)

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○齊藤参考人 ただいま御紹介を賜りました北星学園大学の齊藤でございます。本日は、私のような浅学の者に発言の機会をいただきまして、大変光栄に存じております。
 本日は、憲法と国際法の関係について総論的に述べるとともに、特に、人権の国際的保障の枠組みやその履行の確保について、また、人権条約の国内法的な規範としての効力についてといった観点から陳述せよとのことでございます。
 憲法と国際法の関係についてということで検討されるべき内容は極めて広範でございますが、広く国際社会の中で、あるいは昨今の国際情勢の中での日本及び日本国憲法のあり方といった大きな問題につきましては、私の能力をはるかに超えておりますし、また、既に国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会におきまして御審議のことと承知しております。また、本日は、特に人権の国際的保障に重点を置いて陳述せよとのことでございまして、時間も限られておりますので、既に安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会において御審議の内容と重複のないように、論点を絞りたいと存じております。また、私は憲法学を専攻しておりますので、研究の領域や観点にも限りがございます。
 そうしたことから、以下、お手元にお届けしておりますレジュメのような項目立てで申し述べさせていただきたいと存じます。
 なお、レジュメの原稿を事務局に提出いたしました後に、事務局から大変に行き届いた資料集、「「憲法と国際法(特に、人権の国際的保障)」に関する基礎的資料」をお送りいただきました。
 そこで、前半は、レジュメの目次では、「I.憲法と国際法」の総論的な部分でございますけれども、こちらについては、多少、用意のレジュメとは順序が前後いたしますが、この資料集の方を参照しながら御説明申し上げることといたします。後半、「II.国内裁判所と国際人権訴訟」のところは、資料集から離れまして、主にレジュメの記載に沿って愚見を申し述べることといたします。
 まず、憲法と国際法の関係について総論的にとのことでございますが、後半の国際人権法の国内的実施の問題を検討する上で必要な範囲で論じるということでお許しいただきたいと存じます。
 また、御承知のとおり、国際法の法源といたしましては、条約と慣習国際法とがございますが、本日は、条約に絞って検討いたします。
 一国の法体系において条約がどのように取り扱われるかということでございますが、国際法としての条約がどのように国法体系の内部に入ってくるかということが、まず問題となります。
 なお、人権保障を内容とする条約、いわゆる国際人権条約の内容の実現につきましては、少なくとも第一次的には、国内裁判所における国内的実施が重要であるとされるところでございます。
 条約の内容が国内においていかに実施されるかということを考える際には、従来から、その前提となる問題がるる論じられているところでございます。お手元の資料では六ページ以下に紹介がございます。
 ごく大ざっぱに申し上げますと、第一に、国内法秩序と国際法秩序とは全く異なる次元にあるのか、それとも同一の次元にあるのかということが論じられます。
 第二に、資料の九ページの図にございますように、条約は、それ自体が国法体系の内部に入ることはできず、国内法につくりかえられなければならないのか、それとも、次の十ページの上の図にございますように、国際法としての性質のままで国法体系の内部に入って、国内で適用されることができるのかということが問題となります。
 第三に、条約が国法体系の内部に入ってきた場合でも、条約の条文には抽象的なものや国家を義務づけるだけのものが多いから、そのまま国内裁判所で適用できないのではないかという議論がございます。資料では、ページが後ろの方になりますけれども、五十五ページに自動執行的という言葉が出てまいります。この問題でございます。
 これらの問題は、レジュメで申しますと二ページの(2)の1から3でございますが、長らく難しい議論がなされてきております。しかし、実際に国法体系において条約がどのように扱われているかという問題を考える上では、各国の憲法規定や国家機関の実行などの分析に力を注ぐべきであると考えるのが、近年の主流でございます。
 そこで、既に御承知のこととは存じますが、日本国憲法がどのように条約を取り扱うことと定めているかということを確認いたしたいと思います。
 まず、憲法第九十八条第二項は、日本国憲法における条約の取り扱いを考える上で極めて重要でございます。資料の一ページから、憲法第九十八条第二項の趣旨について記載がございます。資料の二ページから三ページにかけて述べられておりますように、この制定過程を見ますと、外務省が、資料の二ページの一番最後の行でございますけれども、「日本が条約・国際法を尊重する旨の規定が欠けることは好ましくない」として提出した案がもととなっております。
 さて、一般に、条約の締結は政府が行いますが、立法権を保護し、国家の対外作用の民主的統制のために、現代では、議会が一定の関与を行うことが多くなっております。日本国憲法もそのような仕組みをとっておりまして、条約の締結に際しましては国会の承認を経るということとなっております。
 国会承認の手続につきましては、予算の議決手続を準用しております。ここで留意すべきは、予算の議決手続は第五十九条が定めている法律の制定手続よりも厳格度が緩和されているということでございます。仮に衆議院と参議院が対立いたしました場合、法律制定の場合は衆議院の出席議員の三分の二の賛成が必要ですけれども、条約承認の場合は過半数で足りるということとなるわけでございます。
 国会の承認が必要とされる条約の範囲でございますが、資料の三ページから四ページにかけて記述がございますように、その内容を実質的に考えて判断されております。
 締結された条約は、憲法第七条の定めにより公布され、条約は国法体系において国内的な効力を獲得いたします。資料十ページの中ほどにございますように、一般的受容方式というふうに呼ばれる仕組みでございます。
 国内的効力を獲得した条約が国内法の秩序においていかなる地位を認められるかにつきまして、日本国憲法は明文の規定を持っておりません。憲法第九十八条第二項は、条約の誠実な遵守を要請しておりますけれども、通説は、このことから、条約は国法秩序において法律に優位する、法律よりも上にあると解しております。この点につきましては、幾つか難しい問題がございますので、後ほど論及いたします。
 レジュメでは三ページに参りまして、国法秩序において、条約と他の法形式との優劣関係がどのようになっているかという問題でございます。
 まず、憲法との関係でございます。資料では十四ページから説明がございます。
 資料の十五ページの「参考」というところにございますように、当初は、条約の方が憲法に優位するとする条約優位説が有力でございました。条約優位説の論拠のうちで重要なものは、十四ページの表の「主な論拠」というところの3でございます。しかし、条約優位説は、条約に対する過去の日本の態度についての反省ということを出発点としていたこともございまして、憲法に対する優位が認められる対象をすべての条約であると考えることになり、国際主義の射程の明確化が不十分なものとなってしまったと考えられます。
 条約優位説にかわって通説的な立場を占めることとなりましたのが憲法優位説でございます。憲法の方が条約に優位するという考え方でございます。憲法優位説の根拠、これも幾つかございますが、最も強力な論拠と考えられていますのが、十四ページの表の「主な論拠」のこれも3、その後半部分でございます。憲法改正手続と条約の締結手続を比べた場合、厳格な憲法改正手続に対して、条約の締結手続は、先ほど述べましたように、法律の制定よりも簡易な手続で足りる、そのようにして成立する条約が憲法に優位するとするならば、憲法と抵触する内容の条約を締結することによって、実質的に憲法を改正してしまうことができるということが強く主張されたのでございます。
 このようにして通説的見解となった憲法優位説でございますが、憲法優位には例外があるとする条件つき憲法優位説というものが登場いたしました。憲法優位の例外の内容及び根拠につきましては、幾つかの種類がございますが、詳細は資料の十五ページの後半から十六ページの記述に譲りたいと考えます。
 実は、この条件つき憲法優位説でございますが、政府見解は早くからそのような考え方をとっておりました。これに関する代表的な政府答弁が資料では十六ページから十七ページに掲載されております。
 なお、この憲法制定過程における金森徳次郎国務大臣の答弁において注目されますのは、条約を一律にとらえるのではなく、これを分類して対応を考えるという思考が憲法第九十八条第二項の文言との関係で説明されている点でございます。すなわち、資料の十六ページの下の囲みの中の下から三行目でございますが、「条約と云うものには、種々なる種類があろうと思うのであります。」とされておりまして、さらに十七ページに行きまして、囲みの中の最後の方でございますが、「此の二頁に於きましては、其の両方を含めまして、…そう云う種々なる関係を命令的に規定すると云うことは、なかなかやりにくいのでありますから、斯様な広い言葉を以て遵守すると云うことを書きまして、それから以下は解釈に依ってさせると云う方法に出でたのであります。」と述べております。
 金森国務大臣は、ほかの機会にもこの旨の答弁をしております。
 判例でございますが、レジュメの2の(1)の3に書きましたように、最高裁判所のいわゆる砂川事件における昭和三十四年十二月十六日の大法廷判決につきまして、資料では十九ページに記載されておりますが、十九ページの太字の記述にございますように、判例は憲法優位説の立場から、条約の違憲審査も可能であるとしたものと理解されております。多くの学説もほぼそのような見解でございます。
 なお、国法秩序における条約の地位は各国の憲法の定めるところによりますが、資料では二十ページ以下をごらんいただきますと、オランダとオーストリアでは憲法に対する条約の優位が認められております。ただし、両国とも、憲法と抵触する内容の条約を締結するときには、憲法改正手続に匹敵する手続を踏むということを求められている点に注意が必要かと思います。
 レジュメ三ページに戻りまして、(3)のところでございます。従来、憲法優位説が通説的見解となり得た強力な論拠は、憲法と抵触する内容の条約によって憲法が実質的に改正されてしまうことを防ぐということでございまして、それはレジュメの一つ目の黒丸のような事態を前提としていたものと考えられるのでございます。
 しかし、国際人権条約の規定と憲法の規定との関係を考えますと、いずれも人権保障という意味ではほぼ同じ方向を目指しながら、時に両者の間に相違が生じるというものでございます。そうしますと、両者が全く矛盾、抵触するという場合は必ずしも多いわけではございません。それよりもレジュメの黒丸の1から黒丸の3のいずれかの場合が多いと考えられます。中でも、国際人権条約の方が保障範囲が広いとか、規定の書きぶりが詳細であるという場合にどうするかということが問題となります。この点につきましては、本日の主要な問題の一つとして、後に検討いたします。
 レジュメの3に参りまして、法律との関係でございます。資料では、恐縮でございますが、ページを戻っていただきまして、十二ページのところでございます。
 国法秩序において法律と条約のいずれが優位するかということにつきましては、日本国憲法に明文の規定はございませんが、現在の学説は、ほぼ異論なく、法律に対する条約の優位を認めております。政府見解も同様でございます。その論拠は幾つか挙げられますが、いずれも必ずしも説得的ではございません。実際には、憲法優位説において、憲法に対する条約の優位は認められないとされたことの裏返しとして、法律に対する優位までは認められるというのであって、条約と法律との関係についての詳細な考察の結果としてではないのではないかと考えられるのでございます。
 レジュメの四ページの冒頭のところでございますが、憲法優位説が、憲法改正手続と条約締結手続との対比を根拠とするのであれば、前述のように、条約の国会承認の手続は法律の制定手続よりも簡単でございますので、手続の厳格さという点を根拠といたしますと、法律に対して条約が優位するとは言えなくなってしまいます。憲法九十八条第二項が根拠として援用されることもございます。しかし、例えば、憲法第九十八条第二項は、条約が法律に優位することを認めたものと解することが国際協調主義の立場から見て当然だとしながら、他方で、憲法が国際協調主義をとるといっても、条約が憲法に優位するという趣旨ではないとするのは、結論の先取りとも思われまして、いささか疑問が生じるところでございます。
 法律に対する条約の優位ということにつきましては、憲法の前文はもちろんのこと、条約を国内法と同様に公布することを定める憲法第七条、平和主義についての第九条、条約締結の簡易迅速な手続による国会承認を規定する第六十一条、時宜によっては事後に条約締結の国会承認を経るということをも許容している第七十三条の第三号、違憲審査の対象に条約を明示的に列挙しない第八十一条、最高法規たる憲法の下位に置かれる国法形式に条約を明示的に列挙しない第九十八条第一項、そしてこの第九十八条第二項などから読み取られる、日本国憲法の基本的な態度としての国際主義といったものを基調としまして、他の憲法上の諸原理との調和を求めた結果と解するのが整合的ではないかと考えるものでございます。
 条約が法律に優位するということは、法律を制定し、条約の締結に承認を与えている国会との関係で、難しい問題をもたらす可能性がございます。従来は、国会の承認を要する国際約束の範囲が問題とされてまいりましたが、ここでは、国会承認の重みというものが問題でございます。
 問題は三つございまして、第一に、法律の制定よりも簡易な手続で締結される条約が、国会の制定した法律に優位するということでございます。条約承認の案件についての国会での御審議が、仮に法律案の審議よりも簡潔になされるというようなこととなりますと、さらにこの逆転現象が強まるということになります。
 第二に、二国間の条約はもちろん、近年の多国間条約におきましても、政府や関係省庁が条約を起草する国際機関や国際会議の作業に積極的に関与するという場合が多くございます。このときに、政府が、条約の内容に政府の政策を盛り込むことに成功し、そのようにして作成された条約が簡易な手続で承認されて法律に対する優位を獲得する、さらに国内での実施に必要な法律の制定、改廃も、国際的に要請されている条約の関連法令の整備であるということで正当化できるということとなります。場合によっては、政府は、国会に法律案を提出するよりも、条約を作成してきてその承認を求めるという方法を選択するかもしれません。類似の問題は、EC、EUにおいても問題とされているところでございます。
 第三に、裁判所が、法律に対する条約の優位ということを根拠に法律を条約違反と判断した場合、国会は、通常の立法権ではその解釈、裁判所の解釈に対抗できないということでございます。法律と条約が同位、同じランクにあるならば、後法優先の原則、後からできた法の方が優先するという原則がございますので、後から国会が制定した法律が条約に優先するということになりますが、法律に対する条約の優位が認められているといたしますと、後から国会が幾ら法律を制定いたしましても、条約と抵触する場合は条約の方が優先するということになってしまうのでございます。
 日本の憲法学は、この法律に対する条約の優位というものを半ば自明のものととらえてきましたため、この点についての外国法との比較検討も必ずしも多くはございませんが、そもそも、憲法が法律に対する条約の優位を認めるという例自体、検討を要しないほど一般的と言えるわけではございません。
 法律に対する条約の優位を憲法の明文で規定している例としてすぐに思い起こされますのが、フランスの第四共和制憲法及びフランスの第五共和制憲法でございます。他方で、フランスの裁判所が、長い間にわたって法律の条約適合性審査を行うことをちゅうちょしていた、あるいは拒否していたということも、よく知られていることでございます。
 また、法律に対する条約の優位を定める憲法の規定が、国際協調主義といったもののみを基礎として成り立っているのかどうかということにつきましても、注意を要するところでございます。
 違憲審査において最高裁判所の示した憲法解釈を覆すには、国民代表である議会も憲法改正に訴えなければならないわけでございますが、そのような最高裁判所の権限というものは、憲法第八十一条に明文の根拠がございます。しかし、それでも、裁判所がどの程度の厳格さで違憲審査を行うべきかということは大きな問題でございます。法律が条約に適合するか否かの審査につきましては、憲法第八十一条に相当するような憲法規定はございません。かえって、後に述べますように、訴訟法上は、最高裁判所が法律の条約適合性審査には関与しないということとされているのでございます。
 国法体系における条約についての総論的な検討を終えまして、国際人権条約の国内的実施の問題に入りたいと存じます。レジュメでは、四ページのIIというところでございます。
 日本の国内裁判所の国際人権条約等に対する姿勢につきましては、レジュメの四ページの下の方でございますが、黒丸の1から3のような傾向が指摘されております。さらにこの黒丸の3のタイプは、アルファとベータに分類されております。これは、レジュメの末尾の参考文献欄に掲げました、参考文献の二番目、岩沢教授が指摘されている分類でございます。
 確かに、近年、国際人権条約を積極的に活用したとして高く評価されている裁判例もございますが、それらも、注意して見てみますと、必ずしも法律が国際人権条約違反であると判断したわけではございません。
 このような裁判所の姿勢につきまして、岩沢教授は、先ほどの参考文献の二番の中で、レジュメでは五ページの(3)の1、2のような評価をされております。かぎ括弧の中は、岩沢先生が御論文にお書きになっている部分を引用したものでございます。
 このような裁判所の姿勢ですけれども、国際人権法の違反を示唆しながら、結論としては訴えを棄却して、事態の改善を立法者にゆだねるというタイプの裁判例が存在していることに注目しますならば、裁判所は、法律の条約適合性審査を行うことに十分な根拠を見出せないために、条約違反の判断を避けていると考えられるのでございます。国会の制定した法律を条約違反と判断することは、結果としては憲法違反の判断に匹敵する効果を持つにもかかわらず、そうした権限を行使する根拠、条件あるいは限界といったものが必ずしも明らかではございません。
    〔小委員長退席、船田小委員長代理着席〕
 このように、法律に対する条約の優位というものを根拠として国内裁判所が法律の条約適合性審査を行うという仕組みが、期待に反して論理的にも脆弱であるといたしますと、さきに述べましたレジュメの三ページの2の(3)の黒丸の3ですけれども、「憲法よりも条約の保障内容が広範であったり具体的に詳細である場合」、そういう場合におきまして、国際人権条約の誠実な遵守のためには、国際人権条約の内容を違憲審査制の枠組みの中で実現していく、つまり、違憲審査制とのすり合わせといったものを考えなければならないと思われるのでございます。
 裁判所は、法律などが憲法に違反しないか否かを審査する権限を持っているのでございますが、その際に、国際人権条約を憲法解釈の基準として用いることによって、国際人権条約の内容の国内的な実施を図るという方策が考えられるのでございます。
 まず、憲法解釈に複数の選択肢があり得るという場合でございますが、このときは、可能な限り国際人権条約に適合的な解釈を選択するということが、日本国が締結した条約は、これを誠実に遵守することを必要とすると定めている憲法第九十八条第二項の求めるところにかなうものであろうと考えられます。
 複数の選択肢がある場合、条約に適合的なものを選ぶという考え方と截然と区別することは難しいところもございますけれども、憲法よりも国際人権条約の保障内容の方が広かったり規定が詳細であるという場合には、そうした国際人権条約の規定の内容を憲法解釈を通じて憲法の内容に取り込むということが考えられるのでございます。
 憲法の解釈基準として国際人権条約を援用するということは、憲法優位説の考え方のもとでは、国法秩序において上位にある憲法を、下位、下のランクにある条約を基準として解釈するということになりますので、そのことについて学説の一部には強力な批判もございます。
 しかし、日本国が締結した条約は、これを誠実に遵守することを必要とするという憲法レベルでの決定がございますので、国際人権条約の内容は、憲法解釈を通じて憲法に引き上げられ、取り込まれることになり、そのようにしていわば間接的な憲法的地位を獲得すると考えられるのでございます。
 レジュメの六ページに参ります。
 国際人権条約を憲法の解釈基準とすることにつきまして、憲法レベルでどのような考慮がなされ得るかという問題でございます。
 第一に、国際人権条約を憲法の解釈基準とするということを憲法の明文で規定している例もございます。しかし、国際人権条約の内容が憲法よりも保障範囲が狭いというものであったり、憲法と矛盾、抵触を生じるという場合も考えられますので、憲法条文で一律に解釈基準として指定するということは疑問があるかもしれません。
 そこで、例えばドイツ連邦共和国の例を見ますと、憲法であるドイツ基本法の幾つかの関連規定から、国際的な開放性あるいは国際法に対する友好的な態度といった意味合いでの国際法調和性といったものが、憲法の基本的な態度として認められるとされております。そして、これを基調としまして、国際法を尊重するというドイツ基本法の憲法レベルの決定として国際法調和性の原則といったものが導かれております。
 日本国憲法につきましても、同じように解することが可能ではないかと考えられます。日本国憲法の中にも、前に述べましたように、国際主義に基づく条項が少なからず存在しております。そうした日本国憲法の基本的な態度としての国際主義というものを基調といたしまして、憲法第九十八条第二項に示された、日本国が締結した条約は、これを誠実に遵守することを必要とするという憲法レベルの決定から、日本国が締結した条約の性質に応じて、当該条約に内在する要求を可能な限り考慮に入れるということが求められるのでございます。国際人権条約につきましては、憲法の条約適合的な解釈によって間接的な憲法的地位を認めるということが求められるかと思われます。これを国際法調和性の原則による要請と考えてもよろしいかと思います。
 違憲審査制とのすり合わせということを考える上で極めて重大な問題は、国際人権条約違反を理由としては最高裁判所に上訴することができないという問題でございます。
 レジュメの六ページのbの(1)のところに、園部元最高裁判事の見解を引用してございます。まず第一に、憲法では明示されていないような規定が国際人権条約にある、つまり、国際人権条約の内容が憲法よりも保障範囲が広いという場合には、国際人権規約に沿った憲法の解釈による。それも不可能な場合、つまり、国際人権条約を解釈基準としてその内容を取り込もうにも類似の憲法規定がない、取り込む先がないというような場合には、国際人権規約の国内直接適用を行うということでございます。
 確かに、一般的な考え方としてはそのとおりかと存じますけれども、国際人権条約違反を理由とする最高裁判所への上告及び特別上訴というものは認められないという問題が存在しております。かつては、民事訴訟法上の上告だけは可能でございましたが、平成八年の改正によって、上告ができるのは憲法違反を理由とするときに限られました。
 しかし、法令の解釈を統一する最上級裁判所としての任務、さらには法律の条約適合性という問題と憲法適合性という問題の平仄を確保するという観点からも、法律の条約適合性の問題に最高裁判所が全く関与しないというのは疑問でございます。また、法律に対する条約の優位が日本国憲法の基本的な決定であるとするならば、その実現を確保するということについて最高裁判所が等閑視するというのは果たして適切かどうかも問題でございます。
 レジュメの(3)のところで引用してございますように、「法律等の人権規約違反の主張を憲法違反に準ずるものとして扱い、上告理由に該当するものとすることによって、国内法整備のためのインセンティヴ効果を期待することができる」、樋口先生の見解でございますが、とされてございます。前述のように、類似の憲法規定がなくて国際人権規約に沿った憲法解釈をするということができない場合には、憲法第九十八条第二項を通じて違憲性を主張するという方法が考えられます。
 これは、必ずしも、あらゆる条約違反が直ちに憲法九十八条二項違反になるということを意味してはおりません。
 少なくとも、重要な条約の規定について、安易に憲法の規定と同一視したり、条約違反の主張に対して判断を示さないというような下級裁判所による条約の瑕疵ある適用、不十分な適用、あるいは無視といったものが存在する場合には、憲法第九十八条第二項に反するものとして最高裁判所への上訴を認め、それによって日本がその国際法上の義務に反すると評価されることを防ぎ、そしてさらには、そうすることによって、下級裁判所による国際人権条約についての尊重ないしは配慮といったものを確保するということが最高裁判所の責務ではないかと考えられるのでございます。
 レジュメの最後のページ、七ページに参ります。
 市民的及び政治的権利に関する国際規約、いわゆるB規約あるいは自由権規約と呼ばれるものでございますが、これにつきましては規約人権委員会と呼ばれるものが設けられております。
 規約人権委員会の一般的意見及び見解と国内裁判所の関係というものが近時問題とされております。日本はこのB規約の第一選択議定書をいまだ批准しておりませんので、日本についての個人通報が規約人権委員会で審査されて、それについての委員会の見解が示されるということはございませんが、問題は、ほかの国の事例についての規約人権委員会の見解や一般的意見、その中で示されたB規約の解釈が日本の裁判所でも考慮されるべきではないかということでございます。
 実際に、規約人権委員会の意見、見解といったものやヨーロッパ人権条約機関の判断を援用する主張が裁判所で増加しております。日本の裁判所の対応を見ますと、規約人権委員会の意見、見解を積極的に参照する裁判例、あるいは規約人権委員会で問題とされた事案とは事情が異なるとして直ちに退けてしまう裁判例、あるいはB規約の第一選択議定書をいまだ批准していない以上、日本に対しては規約人権委員会の意見、見解は法的な拘束力がないといたしまして十分に考慮に入れない裁判例などがありまして、裁判所の対応は揺れております。
 一般に、条約機関の判断の先例に従わないということをいたしますと、後に条約機関に申し立てがなされた場合に条約違反の判断を下されてしまうということが予想されますので、締約国の国内裁判所は、条約機関の意見、見解に適合的な解釈を採用することによって自国が条約違反と判断されることを避けようとする傾向が強いというふうに言われております。しかし、日本はまだB規約の第一選択議定書を批准しておりませんので、このような影響力を語り得る状況にはございません。
 ただ、そのような事実上の拘束力が及ばない場合であっても、規約人権委員会の意見、見解に最も適合的な解釈を採用するように国内裁判所が要請されているというふうに言えないかが問題でございます。
 ここで、規約人権委員会の意見、見解といったものの日本の国内裁判所における実効性の確保を考える際に重要でございますのが、るる申し述べておりますように、裁判所による違憲審査の枠組みにおいてB規約が活用される方法を探るということでございます。規約人権委員会の意見、見解が憲法の解釈基準となり得るかということを検討しておかなければならないということでございます。
 そこで、条約機関の意見、見解が当該条約において有する意味というものを考えてみますと、国際人権条約につきましては、締約国の国内裁判所において実施されるということが重要ではあるわけですけれども、条約の規定の解釈が締約国ごとに区々まちまちでありますならば、国際人権条約を結んだ意義というものは大幅に減殺されてしまうのでございます。したがいまして、原則として条約機関の示す解釈が遵守すべき条約の内容を示していると考えられるのでございます。
 B規約も、人権及び自由の普遍的な基準を定めるものでありまして、その規定の解釈を示す機関として規約人権委員会を設けているところでございます。この規約人権委員会によって示された内容というものが、第一次的にはB規約によって保護されなければならない内容と考えられるのでございまして、規約人権委員会がB規約の解釈を示すという仕組みがこのB規約にとって不可欠であるという理解を示しているものと考えられるのでございます。
 先ほど述べましたように、憲法の制定過程において、条約というものは種々なる種類があろうから、その条約の種類、性質に照らしていかに扱うかを慎重に考えなければならぬとされていたことも思い起こしますと、誠実に遵守することというのは、日本国が締結した条約の性質に応じて、当該条約に内在する要求を可能な限り尊重するということを意味していると考えられるのでございます。
 規約人権委員会が解釈を示すという仕組みを有するB規約を締結した以上、国内裁判所においても、規約人権委員会の意見、見解を可能な限り考慮に入れるということが、日本国が締結した条約は、これを誠実に遵守することを必要とするという憲法第九十八条第二項の要請にかなうと考えられるところでございます。少なくとも、条約違反の主張や条約機関の意見、見解の無視ないしは安易な取り扱いというものは、条約を誠実に遵守するという憲法の求めに反するものと解されるのでございます。
 なお、国内裁判所が規約人権委員会の意見、見解に従わなければならないとすることは憲法第七十六条第三項に抵触するという懸念が示されるかもしれません。しかし、規約人権委員会の意見、見解が解釈基準として援用されるとしても、それは、規約人権委員会の判断をもって有効な国内法を排除するということではなくて、それによって国内的効力を有する条約、さらには憲法を含む国内法の内容が確認されるということでありまして、裁判官が憲法及び法律のみに拘束されるという憲法の定めとは矛盾しないと考えられるのでございます。
 さらに本質的であるのは、規約人権委員会の意見、見解についての尊重ないし配慮というものは、憲法第九十八条第二項の求めに基づくということでございます。憲法第七十六条第三項は、裁判官は憲法に拘束されるとしております。規約人権委員会の意見、見解の尊重は、まさに、憲法が国際人権訴訟における国内裁判所の役割として要請するものであると考えられるのでございます。
 従来、規約人権委員会の報告や意見に法的拘束力が与えられていない以上、それをどのように生かすかは最終的には当事国の裁量にかかっていると理解されておりましたが、この裁量を憲法が統制している、コントロールしていると考えるのでございます。
 以上でございます。
 甚だ不十分な内容にもかかわらず、長時間にわたり御清聴いただきましたことに感謝申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
    〔船田小委員長代理退席、小委員長着席〕

発言情報

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発言者: 齊藤正彰

speaker_id: 15076

日付: 2004-04-22

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会