羽田雄一郎の発言 (共生社会に関する調査会)

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○羽田雄一郎君 民主党・新緑風会の羽田雄一郎でございます。
 障害者の自立と社会参加に向けて、参考人の方の意見や政府の説明を聞き、私たちは議論を深めてまいりました。ともに生きる社会構築のためには超党派で一つのことに向かい、現場の声や当事者の声を聞き、参考にし、省庁横断的な議論をしてまとめていくことの必要性を強く感じています。
 二十世紀は戦争の世紀であったとか高度成長期であったとか言われてきましたが、地域社会の中で差別や偏見があり、いろいろな場面で隔離政策が取られてきたと言っても過言ではないでしょう。二十一世紀に入って、平和の世紀にしよう、人権の世紀にしよう、安心、安全、心の時代をと言われておりますが、平和も安心、安全も崩れているのが今の現状ではないでしょうか。
 そんな中で、障害を持つ人、健常者と言われる人、また子供からお年寄りまですべての人が安心して豊かな心を持ち、住んでいける地域社会をどのようにして構築していくのかが問われていると考えます。一般的に社会生活をしていく中で、障害を持つ人と出会う機会は昔も今も少ないような気がします。
 私は、中学生のころまで何も不自由なく、そして不自由を感じている人といえば半身麻痺であった祖父ぐらいでありました。自分たちが住んでいるところがどれだけ不自由であるか、また不親切な町であるか、バリアフリーとかユニバーサルデザインの町づくりなどということを考えもしませんでした。
 高校がキリスト教の学校だったことや意識の高い仲間がいたことによって初めていろいろなことを考え始めました。高校、大学時代にはハンセン病によって隔離政策が取られてきた施設の話をそこに研修に行った仲間、高校生の仲間から聞いたり、自立のための共同作業所を見学させていただいたり、知的障害のある人たちがともに生き、そこから地域に働きに出ている場所を見せていただいたり、障害のあるなしに関係なく一緒に通園し過ごしている幼稚園に行ってボランティアをさせていただいたり、障害を持つ青少年たちの中にも、特別扱いされることによってわがままややりたい放題、親を困らせ、我々ボランティアととことん話し、けんかする中からチャレンジする心を持った仲間も身近に見てまいりました。
 私が言いたいことは、ふだんから当たり前のように受け入れられる社会を作らなければ、要らぬ隔離をしたり特別扱いをしたり、どう接してよいのか分からないという言葉が出てしまうのではないかということです。幼稚園や保育園は普通に友達と通園していたのに、小学校に一緒に友達と行きたいと思ったら小学校では受け入れられませんと言われて、子供に何と説明し納得させればいいんでしょうかという親の声を私たちは聞きます。チャレンジドとして、受けるだけでなく、納税者になりたいんだという声を私たちは聞きます。
 我々共生社会調査会は、障害者基本計画の基本方針である障害の有無にかかわらず、国民だれもが相互に人格と個性を尊重し合える共生社会を目指し、すべての人が自己選択と自己決定によって社会のあらゆる活動に参画するとともに、社会の一員としてその責任を分担できるような社会を目指したいものだと考えます。
 このことを議題とするごとに出てくることであり、大切なこととして、まず一人一人の意識を変えることが一番であると。そのためには、やはり幼稚園や保育園に始まり、義務教育である小中学校には求めれば障害の有無にもかかわらず、だれもが選択して通うことができるようにすることが必要であると考えます。
 ここで、五月十日に朝日新聞に載りました、新聞を御紹介をさせていただきたいと思います。高三の障害者の進学サポート、ボランティアら音訳、点訳ということで、河和旦さん十八歳、今大学進学を目指して頑張っておりますけれども、この河和さんは、幼いころから強度の弱視で、右の目の視力がない。左の目は視野の範囲は二十度程度、わずかに視力が残るのみ。脳性麻痺によって左手、左足も不自由な状態。しかし、幼いころから、障害があっても健常者に交じって自分の世界を広げたいという思いが強かったそうです。小学校時代は、盲学校に通学しながら、週一回地元の小学校に通い、音楽会などにも参加。地元中学の普通学級に入学し、高校も一度は都内の盲学校に入学しましたが、先生の反対を押し切って約十か月で自主退学。そして公立の高校を受験し、合格を果たした人であります。そして、彼が望んでいる、そして目標にしているのは、日本初の盲聾大学生となり、現在は福祉の研究に取り組む福島東大助教授が彼の目標であり、自分も障害者と健常者がともに学べる社会の実現に取り組みたい、それが支援してくれた人への恩返しにもなると思っていますと語っております。
 日常的に個性を持った一人一人が、一人一人の個性や人格を認め合いながら生活をする。急に大人になってから共生社会だから尊重し合って支え合ってと言われても、接する方法が分からないということでは前に進んでいかないんであろうと考えます。現在も、学校や企業、社会活動の中で、車いす体験や目隠し体験、ヘッドホンを付けての体験など、学習という形ではいろいろな形で行われる場面はございますけれども、自分自身のこととして受け止めている人はどれだけいるのでしょうか。少なくとも、今社会で生きていて不自由さを感じない人も必ず生きていく中で不自由は感じるはずであり、ともに生きることにより早く一人一人が気付く、気付き合う社会ができることを願っております。
 政治家は、願いをかなえ、将来に夢や希望の持てる社会を作り、実現することが仕事であります。共生社会調査会では、なかなか目に留まらないような、しかし生きる者として一番大切な部分を議論してきていると感じております。我々の議論が日の目を見て、社会に浸透していくよう努めていきたいものです。
 まとまりませんが、意見発表を終わらせていただきます。

発言情報

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発言者: 羽田雄一郎

speaker_id: 27533

日付: 2004-05-12

院: 参議院

会議名: 共生社会に関する調査会