神本美恵子の発言 (共生社会に関する調査会)

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○神本美恵子君 民主党の神本美恵子でございます。
 この共生社会に関する調査会では、この障害者の問題については、障害の有無にかかわらず、一人の人間としてその人権、人格が尊重され、社会の一員として個性と能力が発揮できる社会、それがともに生きる社会として、その実現を目指して論議が進められてきたと思います。
 一九九四年、サラマンカで行われたいわゆるインクルーシブ教育宣言とも言われる、一般にサラマンカ宣言と言われるんですが、その中では、「特別な教育ニーズを有する人びとは、そのニーズに見合った教育を行えるような子ども中心の普通学校にアクセスしなければならない。」というふうにしております。このとき初めて、ただ障害児といわゆる健常児と言われる人たちが統合されるだけではなくて、統合される社会そのものが変わらなければ真の統合にならないということが明確に意識されております。
 このときの教育ニーズというのは、障害者の障害を理由とするニーズ、そのニーズを社会、ここで言えば学校やクラスが受け止めて、この社会がニーズを満たすように変わることが求められているというふうに受け止められると思います。
 ところが、今の日本の教育制度の現状を見ますと、これは改めて読み直してみたんですが、学校教育法七十一条を読んでみますと、盲・聾・養護学校は、それぞれ盲、聾、知的、肢体不自由、病弱者に対して、幼、小、中、高校に準ずる教育を施し、併せてその欠陥を補うために必要な知識技能を授けることを目的とするというような条文になっております。
 この中で言われている、施し、欠陥を補うために教育を授けるというこの認識から見ましてもよく分かるように、また七十一条の二や七十四条では心身の故障の程度という、障害児、障害者に対して心身の故障という認識が如実に表れていることから分かるように、障害者というとらえ方が、心身に故障があるのでその欠陥を補うために特別な場を設けて特別な教育、準ずる教育を施すというようになっております。今の日本の教育制度における障害児を分離した分離教育は、単なる分離という問題だけではなくて、隔離されている、隔離ということによって差別意識を助長、再生産しているのではないかというふうに思います。
 このテーマであります共生の感覚の育成についてということにつきましては、是非とも原則統合ということを是非大前提にして、その上で、本人や保護者が選択できる、選択をした場合には、選択したところの教育の場が十全に特別なニーズを満たすことができるような条件整備をすることが国及び設置者の責務であるということを明確にしないことには、共生社会というのは実現しないのではないかというふうに思います。
 最後に、このような制度になぜ日本がなったままなのかということで、私は自分の経験からも、障害児とともに学習をしてきて自分自身の教育観が本当にがらがらと音を、崩れていくことを実感しました。それは何かというと、教育の効率主義あるいは能力主義、それに基づく教育観では障害者とともに学ぶ場は作ることができません。行き過ぎた効率主義や能力主義、競争主義を是非とも是正する、そういった社会にしていくためにも、原則統合の教育制度に変えていくこと、その実態を作っていくことが急務ではないかというふうに思います。
 以上です。

発言情報

speech_id: 115914046X00620040512_007

発言者: 神本美恵子

speaker_id: 20014

日付: 2004-05-12

院: 参議院

会議名: 共生社会に関する調査会